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幕末 恋唄綴り
作:紫苑 りょう



第三十九話


 文久3年 8月18日

 早朝、あかねの言うとおり会津藩から警護のため御所に出向くよう要請がもたらされた。
 それにより、屯所内は戦場いくさばにでも出るかのような騒ぎで朝食あさげもそこそこに、皆は意気揚々と御所へと出発する。

 あかねはそれを見送ると屯所をあとにした。
 壬生浪士組とは別の任務に就くためだ。
 あかねの元に届けられたふみには、密命が記されていた。


 『三条実美を暗殺せよ』


 それが、師匠からの命令だった。
 今回の計画の首謀者である三条実美を逃がせば、幕府に弓を放つのは火を見るより明らかだ。
 それを阻止するためにも、『暗殺せよ』というのだ。
 つまりは危険な芽は先に摘んでおけということだろう。

 師匠たち里の忍びは御所内で孝明天皇の警護に就いている。
 現時点で動けるのは、あかねしかいないということだ。


 あかねは京都から脱出するために公卿たちが集結するであろう、東山七条の妙法院へと続く道で三条実美が来るのを待ちうけていた。
 その先にある妙法院には数刻前から毛利軍が陣を構えており、少し離れた場所にいるあかねにもピリピリとした空気が伝わってきていた。
 もし失敗すれば・・・・・・死が待っていることは確実だ。

 (問題は・・・・・・護衛の数が何人か・・・・・・ということかな。さすがに公卿につける護衛となれば・・・・・・それなりの使い手だろうけど・・・・・・)
 不安がない、といえば嘘になるが。
 それでも、あかねに恐怖はなかった。

 相手が誰であろうと関係ない。
 自分は任務を遂行するだけだ。

 暫くすると、数人の人影がこちらに向かってくるのが目に入った。
 あかねは相手を確かめようと、息を飲んで相手の姿に視線を移す。
 その数、全部で5人。
 そして真ん中を歩くのが、三条実美だと確認する。

 この場から妙法院の門が見えるわけではないが、騒ぎを聞きつければ兵たちが押し寄せるのは確実だろう。
 出来るだけ迅速に行なわなければ、任務を果たしたとしても逃げ切れるかは賭けだ。
 だが、相手は目的地を目前に気を抜いているはず。
 やるなら今しかない。

 あかねはひとつ息を吸い込み、顔に覆面をすると懐から刀を抜く。
 そのまま5人の背後に立つと、まず後ろを護る2人に斬りかかった。

 「なっ!?」
 ひとりは声を発することもなくその場に倒れたが、もうひとりが驚きの声を漏らす。
 その異変に、前を歩いていた3人が身構える。

 「三条様。お命頂戴いたしますっ」
 凛とした声が響くと同時に、三条実美に斬りかかるあかね。
 それを剣で受け止めたのは護衛についていた男だった。


 ― キ、ンッッッ ―


 「させぬっっっっ!!」
 「邪魔をするなっっっ!!」
 声を荒げながらも相手を睨みつけたあかね。
 だが、その男の顔を見て凍りついた。
 「げ、げん・・・・・・にぃ?」

 そう呼ばれたと同時に、その男の目が見開かれた。
 「!?・・・・・・あ・・・・かね?」
 二人の間に流れる時間が一瞬止まる。

 あかねの力が一瞬緩んだのを相手が見逃すはずはなかった。
 「三条様をお連れして、先に行けっっ!!」
 怒鳴るような声と共に、三条実美は残っていた従者に連れられその場を転がるように走り去る。

 慌ててその後を追おうとしたあかねの足が、何故かもつれてそのまま前のめりに転んでしまう。
 「うゎぁっっ!?」
 自分の足が思い通りに動かない。
 視線を下に向けると、自分の右足の太もも辺りから血が流れていた。

 「許せ、あかね・・・・・・この先に行かせるわけにはいかぬ・・・・・・昔のよしみで命だけは取らぬ故、即刻ここから立ち去れ」
 そう言った男の手には血のついた刀が握られている。

 「毒っ!?」
 「案ずるな・・・・・・ただの痺れ薬だ。半日も経てば元に戻る」
 その手際の良さにあかねは目の前にいる男が、自分の知る玄二げんじであることを思い知らされる。

 「ど、うして?げんにぃが・・・・・・?」
 事態を飲み込めないあかねが悲しい瞳を向ける。
 「・・・・・・今の俺は、お前の敵・・・・・・ただ、それだけのことだ」

 「玄にぃ・・・・・・いや、だ。そんなの理解出来ないよ・・・・・・」
 瞳を潤ませるあかね。
 「もう昔の俺ではない・・・・・・次に戦場でうことがあれば・・・・・・俺は容赦なくお前を斬る。そのつもりでいろ・・・・・・」
 そう言い放つ玄二に、あかねは首を大きく横に振った。

 玄二の言葉は里を裏切ることを意味していた。
 ずっと御所警護に就き、師匠の信頼を受けているはずの玄二の裏切り。
 あかねは目の前が真っ暗になるような衝撃を受けていた。

 「何かの間違いだよねっ!?ねぇっ!嘘だって言ってよぉっっっ」
 動かない右足を引きずりながらも玄二の羽織を掴み、その身体を揺するあかね。
 「・・・・・・嘘ではない・・・・・・もう仕えるあるじが違うのだ・・・・・」
 玄二は辛そうに顔を歪ませ、目を伏せる。

 ・・・・・・なぜ?
 ・・・・・・どうして?
 そんな言葉が頭の中をグルグルまわり続ける。

 「嫌だっ、玄にぃとは戦えないっ!そんなこと出来るわけないっっ」
 すがりつくようなあかねの身体を玄二は無言のまま抱きしめる。
 「玄にぃぃぃ・・・・・・」
 その温もりにあかねの瞳からは大粒の涙が零れ落ちた。

 「お前が理解しなくても・・・・・・お前が俺の前に立ちはだかるというのなら・・・・・俺はお前を斬る・・・・・・お前が俺と戦えないとしても・・・・・・俺はお前を斬る。俺達の歩く道は・・・・・・もう違うんだ・・・・・」
 言い終わると同時に、玄二はあかねの鳩尾みぞおちに拳を入れた。

 玄二の言葉を聞きながら意識が遠のくのを感じたあかねの身体がゆっくり崩れ落ち、玄二の腕がそれを受け止める。
 「げ、ん・・・・にぃ・・・・・」

 「すまない・・・・・・あかね・・・・俺に・・・・・・お前を斬ることは・・・・・・」
 玄二の呟きは、薄れゆくあかねの耳に届くことはなかった。



 あかねが意識を取り戻したのは、辺りが薄暗くなった頃だった。
 道からは見えない場所に寝かされていたあかねの身体には、玄二の羽織が掛けられてあった。
 その羽織に顔を埋めると、懐かしい玄二の匂いがする。

 (あれは・・・・・・夢じゃない・・・・・・)
 辺りは気味が悪いほどの静けさに包まれ、昼間の喧騒が嘘のように思われた。
 (玄・・・・・・にぃ・・・・・・)

 玄二に斬られた右足には、白い布が巻かれていて手当てがされている。
 その右足に手を伸ばすと、先ほどのことが急に現実に思えてあかねの頬に涙が流れた。



 「あかねっ!!・・・・・・どこだっ!返事しろっっ!」
 暗がりの中に響く銀三ぎんぞうの声と足音に、あかねは顔を上げる。
 「ぎ・・・・・ん?」
 小さく呟かれた声に、銀三ぎんぞうの足が止まった。

 「あかねっ!!」
 木陰で揺れた人影に銀三ぎんぞうは安堵の声を漏らしながら近づく。
 だが、あかねの姿に固まった。

 涙でクシャクシャになった顔。
 わずかに感じた血の匂い。

 銀三ぎんぞうは飛びつくかのように駆け寄ると、あかねの両肩を掴んだ。
 「何があったっ!?怪我してるのかっ!?」
 「ぎ、ん・・・・・・」
 そんな銀三ぎんぞうの首に巻きつくようにしてあかねは腕をまわし抱きつくと、声を上げて泣き出した。

 「あか・・・・・ね?」
 いつもとは違うあかねの様子に戸惑いながらも、あかねの温もりに生きていることを実感した銀三ぎんぞうはそのまま震える身体を抱きしめていた。












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