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幕末 恋唄綴り
作:紫苑 りょう



第三十六話


 佐伯を見据えるあかねの瞳は、今までと違って冷酷な色をしていた。
 その冷ややかな眼差しは、まるですべてを見透かしているように思えて佐伯の足は竦む。

 「私は全部知っているのですよ・・・・・・佐伯さん・・・・・・?」
 「!!」
 冷ややかな眼差しで述べられる言葉が、佐伯の身体に鎖のように巻きついて逃がさないとでも言っているようだ。

 「あなたが佐々木さんに脱走を促し、芹沢局長に斬らせたことも・・・・・・あぐりさんを手篭めにしようとしたことも・・・・・・全部」
 ジリジリと一歩ずつ近づくあかねに、佐伯は後ずさりする。

 「教えて下さいませんか?・・・・あなたは、本当にあぐりさんが好きだったのですか?」
 その問いに、佐伯は目を見開く。

  自分はあぐりを好きだったのだろうか?
  本当は自分でもよくわからない。
  ただ自分を見て欲しかった。

 「あぐりさんが佐々木さんを選んだ理由がわかりますか?」

  佐々木を選んだ理由?
  そんなものがあるのか?

 「あなたと佐々木さんのどこが違ったのか・・・・・・」

  自分と佐々木の違い?
  ナンダ。
  それは・・・・・・

 「簡単ですよ?・・・・・愛情があるか、ないか。ただそれだけ」

  愛情?
  あぐりを自分のものにしたいと思った。
  それは愛情ではないというのか?

 「あなたのはただの独りよがり・・・・・・欲しいと思うだけでは人の心は手に入らない」

  ただの独りよがり?
  そうなのか・・・・・・?
  ただ佐々木がいなくなれば、あぐりが自分のものになると思っていた。 
  あぐりに優しく笑いかけて欲しかったんだ。
  佐々木を見るような優しい眼差しを向けて欲しかったんだ。

 「あなたはあぐりさんを好きだったんじゃない。手に入らないから欲しがった・・・・・ただ、それだけ・・・・・・あぐりさんはそれを感じていた」

  そうなのか?
  だから。
  あぐりは自ら死を選んだのか?
  佐々木の元へ・・・・・・愛する男の元へ逝くことを選んだというのか?

 「あなたは誰からも愛されないんじゃない・・・・・・あなたが誰も愛していないんですよ・・・・・・」

  俺は・・・・・・。
  与えようともせずに、与えられないことに勝手に腹を立てていたのか?
  そんな俺を彼女が選ぶはずないということか?
  こんなにも簡単なことに・・・・・・。
  どうして気がつかなかったのだろう。

 「愛は・・・・・・与えられるものではない。与えるもの・・・・・なんの見返りも期待せず・・・・・・注ぎ続けるものだと・・・・・・私は思っています」

  そうか。
  愛とは与えるもの・・・・・・。
  俺は。
  自分の身勝手な考えで二人を死へと追いやったのか・・・・・・。


 「き、君は・・・・・・どうして俺に近づいたんだ!?全部知っていたのなら副長にでも伝えて捕らえればよかっただろうっ!?どうして優しくしたんだっ!?」
 追い詰められた佐伯がわめくように叫ぶ。
 「どうして?・・・・・・あなたが好きだから・・・・・・」
 あかねに驚きの眼差しを送る佐伯。

 「・・・・・・とでも、言って欲しかったですか?残念ながら違いますよ?あなたにも裏切られる絶望を知って欲しかったんです・・・・・・佐々木さんやあぐりさんと同じように」
 そう言って笑みをたたえるあかねの顔は、まるで死神のようにも見えた。

 「あなたは卑怯です。真正面から佐々木さんに挑む事もせず・・・・・・あぐりさんに想いを告げることもせず・・・・・・他人の手を借り佐々木さんの命を奪った・・・・・・それだけでは飽き足らず・・・・・・あぐりさんを手篭めにしようとするなんて・・・・・・」
 あかねの怒りのこもった声が、佐伯の頭に響く。


 「さて・・・・・・どうしますか?自分の罪を認めて武士らしく切腹しますか?それとも・・・・・・」
 あかねの口から「切腹」という言葉が出たのを聞いて、佐伯は身体が震えるのを感じた。

 「長州の間者だと認めて・・・・・・こちらに情報を渡して切腹は免れますか?」
 「!!」

  長州の間者だということまで知られているのか?
  何者だ?この女・・・・・・?

 「どちらを選びますか?」
 氷のような眼差し。
 冷たく言い放つ言葉。

 佐伯はその場から逃げ出したい気持ちで一杯だった。
 だが、足が動いてくれない。
 たとえ動いたとしても、この死神からは逃げられない。


  いっそ情報を渡して見逃して貰うか・・・・・・?
  そうすれば、少なくともこの場からは逃げ切れる・・・・・・。

 佐伯の頭の中はこの場を乗り切る方法でいっぱいだった。

 「・・・・・・近く・・・・・天子様は大和幸行に出向かれる・・・・・・その際攘夷断行の勅許を戴き・・・・・・そのまま長州へと御動座願う・・・・・・その為に・・・・・・京に火を放つ・・・・・・これが長州藩の計画だ」
 佐伯の語る計画にあかねは耳を疑った。

  天子様を長州へ?
  そのために京に火を?
  そんな身勝手な理由で・・・・・・。
  多くの犠牲を承知の上で・・・・・・。

 あかねは怒りに自分の手が震えているのを感じながら、それを抑えようと深く息を吸う。

 「そんな恐ろしい計画が・・・・・・事前に聞けてよかったです・・・・・・でも」
 今までで一番の冷酷な笑みを浮かべて佐伯に近づくあかね。
 口元に笑みを浮かべてはいるが、目は笑っていない。

 「あなたは武士としての魂すら・・・・・・お持ちではないようですね?・・・・・・自分の命惜しさにそんな重大な話をしゃべってしまうなんて・・・・・・間者としても失格ですよ?」

 その言葉と同時に、佐伯の胸に刀を突き刺す。

 「ぐはっっっっ」
 「武士らしく切腹する資格すら・・・・・・あなたにはないようです」

 刺した刀を抜き去るとそこから血が吹き出し、あかねはそれをけるように身体をずらした。

 佐伯はその場に倒れ込むと、息も絶え絶えたえだえにあかねの方へ視線を向ける。

 「裏切り・・・・者に・・・・・相応し、い・・・・・・さい、ご・・・・・だな」
 その言葉を最期に佐伯は動かなくなった。



 同日 夜。

 あかねの報告を土方は黙ったまま聞いていた。
 自分たちが相撲興行で出払っている、この機に。
 あかねが動くのは予想していた。

 芹沢をはじめ、壬生浪士組の隊士が八坂神社にいる間に終わらせてくれれば火の粉が降りかかる可能性は低い。
 それを理解しているあかねが動かないはずはない。

 しかし、わざわざ近づいて信用させた上で処断するとは思っていなかった。
 (つくづく敵じゃなくて良かった・・・・・って心底思うぜ・・・・・)

 そんな土方の心を知る由も無く。
 あかねは折角の相撲をゆっくり見ることが出来なかったと、ボヤいていた。

 「そんなガッカリしなくても、12日には壬生でも開くぞ?その時にゆっくり見物しろ。近藤さんもお前に見せてやりたかったと言ってたからな・・・・・」
 「え?近藤局長がですか?」

 「あぁ、折角連れ帰ったのに一緒に楽しめなかったと嘆いていたぞ?」
 煙管きせるをふかしながら天井に視線を送る土方が、思い出したように言葉を続けた。
 「そういや、総司もお前がいないこと気にしてたぞ?・・・・・勘のイイ総司のことだ。今回のことに気づかねぇとも限らねぇからな・・・・・・うまい言い訳、考えとけよ?」

 「そうですねぇ・・・・・・副長におつかいを頼まれてたことにでもしますよ」
 「チッ・・・・・・また俺のせいかよ・・・・・・」
 総司の膨れっ面が目に浮かんだのか、土方は心底嫌そうな顔をしていた。












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