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幕末 恋唄綴り
作:紫苑 りょう



第三十三話


 文久3年 8月2日 夕刻

 「佐々木・・・・・・ですか?」
 この日、珍しく近藤の部屋を訪れた芹沢。
 その芹沢が佐々木愛次郎を、脱走を計ったとがにより斬ったというのだ。
 

 隊士の一人である、佐々木愛次郎の姿が朝から見えないと屯所内はちょっとした騒ぎになっていた。
 普段から真面目な佐々木が、隊務を疎かにするはずがないと隊士たちが言い始めその話は近藤や土方の耳にも届いていた。
 芹沢が現れたのは、探索に当たらせようとしていた矢先だった。


 「脱走をしたと聞いて探していたんじゃが、朱雀の辺りで見つけたのでこれを処断した。脱走は武士として恥ずべき行為じゃからな」
 「そ、そうですか・・・・・・」
 近藤はあまりのことに、そう答えるのが精一杯だった。
 「ワシの報告はそれだけじゃ」
 「あ、はい。お手数をおかけしました」
 言うことだけ言って、さっさと部屋を出て行く芹沢に近藤は頭を下げる。

 芹沢の足音が遠ざかるのを確認すると、近藤と土方は互いの視線を合わせ同時に頷く。
 「朱雀って言ってたな?すぐに遺体を引き取りに行かせる」
 おもむろに立ち上がる土方に近藤が言葉をかける。

 「脱走に至った理由は・・・・・・なんだ?」
 「さぁな・・・・・・そのへんも含めて調査させるさ・・・・・」
 「あぁ、頼む」
 振り返りざまに答えた土方に、近藤は頷いて見せた。


 遺体を引き取りにいった隊士が戻ってきたのは、陽もとっぷり暮れた頃だった。
 その報告によると、佐々木は自分の刀を握り締めたまま死んでいたとのことだった。
 それは、芹沢に対して無謀にも刀を抜いたことを意味していた。

 そしてもうひとつ。
 佐々木の死んでいた場所から、それほど遠くない場所で女の遺体が見つかった。
 その女の顔を見て、楠小十郎は愕然としていた。
 それが、佐々木の恋人あぐりだったからだ。

 あぐりの手には一本のかんざしが握り締められていて、それで自分の喉を一突きにしたものによる自害・・・・・誰の目にもそう映った。
 が。
 彼女の着物は乱れ、明らかに誰かと揉み合って抵抗したと推測出来る状況だった。


 詳細の報告を受けた土方は、腕を組んだまま険しい表情を浮かべていた。
 「状況から推察するに・・・・・・佐々木は自分の女と逃げるつもりだった・・・・・・そこを芹沢さんが見つけ斬った。その上で女を手篭めにしようとして・・・・・・女は自害した・・・・・・ってことになるな」
 「!!まさかっ!」
 土方の淡々とした説明に、近藤は驚きの表情を浮かべる。

 「じゃあ、女の自害はどう説明するってぇんだ?報告では揉み合った形跡もあるっていうんだぜ?恋人のあとを追ってひとり静かに死んだってことはぇだろ?」
 「いや、それはそうだが・・・・・・しかし、まさか芹沢さんがそんなこと・・・・・・」
 土方の説明に納得いかない表情を浮かべる近藤。

 確かに納得出来ない気持ちもわかる。
 土方自身も納得したくない気持ちがあるのは事実だ。
 もし芹沢が女を手篭めにしようとしたのが事実だとしたら、それこそ侍として恥ずべき行為だろう。
 だが、状況から推測するとこの答えしか出てこないのだ。

 「もう少し探らせてはみるが・・・・・・これ以上何も出てこないと思うぜ?」
 「あぁ・・・・・・そうかもしれないが・・・・・・何か出てくることを信じたいよ」
 「そうだな・・・・・」
 そのまま二人は黙りこくってしまう。

 「そういえば・・・・・芹沢さんは誰から聞いたんだろう?佐々木くんが脱走したことを・・・・・・確か、脱走したと聞いて探した・・・・・って言ってらしたよな?」
 近藤が思い出したかのように沈黙を破ると、土方は顔を上げニヤリと笑った。
 「あぁ、そうだったな。そこから何か出るかもしれねぇ」


 同じ頃。
 八木邸の庭先で、あかねはひとり空を見上げてたたずんでいた野口に声を掛けていた。

 「野口さん?どうかされたのですか?」
 「!・・・・・あぁ、君か・・・・・・」
 急に声を掛けられて驚いたのか、野口の背中がビクッと動いた。

 「お茶でも淹れましょうか?」
 「・・・・・・そうだな。一杯貰えるかな?」
 「はい!」


 野口健司は芹沢派のひとりだが、他の人たちとは少し違っているとあかねは感じていた。
 それを痛切に感じたのは、以前の鯉事件の時だった。 
 芹沢が新徳寺の鯉を持ち帰った、あの時だ。
 あの時、あかねから真実を聞かされるまで出された食事に手をつけようとはしなかった。
 それを見て、あかねはそう感じていたのだ。


 「どうぞ」
 お茶を持って戻ってきたあかねが、未だ庭で立ったままの野口を縁側から声を掛けると野口は少し安心したように微笑んだ。
 「ありがとう」

 二人は並んで縁側に腰を下ろすと、暫く黙ったままお茶をすする。
 「・・・・・・何かあったのですか?私で良かったら話してくださいね?・・・・・・誰かに話すだけで、気が楽になることもありますから・・・・・・」
 そう言って微笑みかけるあかねの顔を野口はジッと見つめる。

 「・・・・・・ありがとう・・・・・・君には前にも救われたことがあったね・・・・・・じゃあ・・・・・・少し話しに付き合って貰おうかな?」
 力ない笑みを浮かべる野口に、あかねはニッコリ微笑んだ。



 翌朝。
 佐々木愛次郎が芹沢に斬られた、という話は屯所内にも知れ渡っていた。
 隊士たちは脱走すれば斬られるという事実に震え上がり、屯所内にはピリピリとした空気に包まれていた。


 そんな空気を土方は肌で感じながら、芹沢の部屋へと足を運ぶ。

 佐々木を斬った張本人である芹沢は、相変わらずお梅と部屋にこもったきり出てこない。
 最近では新見錦も祇園や島原に入り浸っていて姿を見かけない。
 その現状を知っていて、あえて芹沢だけに脱走の報告をした隊士がいるなら何か理由があるはずだと、土方は考えていた。

 もしかすると芹沢はうまく踊らされたのかもしれない。
 だとしたら狙いはなんだったのだろう。
 隊士をひとり斬らせたぐらいで、芹沢の地位が危ぶまれることなどない。

 では狙いは佐々木を斬ること?
 そう考えると、脱走をうながした疑いも出てくる。

 佐々木に脱走の罪を犯させて、それを芹沢に斬らせる。
 だとすれば佐々木を斬らせて、得したこととは何だ?
 佐々木が死んで得れるもの?

 そこまで思考を巡らせて、土方は思い当たった。
 (あの自害した女か?)

 そこで全てが繋がった。
 それならば、納得がいく気もする。
 あとは、それが誰かということだけだ。


 「芹沢局長。土方です」
 芹沢の部屋の前に立つと、中からお梅の笑い声が聞こえたが土方は構わず声を掛ける。
 「なんじゃ?お主がワシを訪ねるなど珍しいこともあるな?」
 中から開けられた襖の前には、お梅が座っていた。

 「少し、よろしいですか?お伺いしたいことがあるのですが」
 土方はチラリとお梅の方へ視線を流し、部屋の中へと入った。
 「何用じゃ?」
 芹沢は愛用の鉄扇を取り出すと、自分の前に座れと示した。

 「昨夜の件です。局長は誰から聞かれたのですか?佐々木の脱走のことを」
 背中にお梅の視線を感じながら、土方は単刀直入に言葉を投げる。
 「なんじゃ・・・・・そんなことを聞いてどうする?」
 「少々気にかかることがあります故・・・・・・お教え頂きたいのですが?」
 言葉は丁寧だが、その口調は挑戦的なものだった。

 それを感じたのか、芹沢はニヤニヤと笑みを浮かべる。
 「お主がワシに頼みごととは、珍しいのぉ?」
 「・・・・・・」
 芹沢とは対照的に土方は口を真一文字にギュッと閉じていた。

 「気にかかることとは、なんじゃ?その返答によっては答えてやらなくもない」
 手にした鉄扇で口元を隠してはいるが、明らかに土方を困らせて楽しんでいる様子が見てとれた。
 それに少し苛立ちを覚えながらも、土方は至って冷静な態度で口を開く。

 「佐々木の遺体の近くで、女が死んでいるのが見つかりました」
 「何っ!?」
 笑みを浮かべていた顔が、みるみる驚きに変わる。

 「誰かに手篭めにされそうになって、自害したものと思われます」
 芹沢の顔色が変わったのを見て、追い討ちをかけるかのように言葉を続ける。
 「なんじゃとっ!?」

 「佐々木の女とは面識がおありですか?」
 「あぁ・・・・・一度ぉたことがある・・・・・・」
 「その女に横恋慕されていた・・・・・・などということはありますまいな?」
 「!あ、あるわけなかろうっ!ワシにはお梅がおるのじゃぞっ!?」

 「では、お教え願えますか?・・・・・・局長の元に誰が知らせに来たのか・・・・・・誰が今回のことを企てたのか・・・・・・心当たりはおありですよね?」
 土方の言葉に、芹沢も全て理解出来たのかワナワナと拳を震わせた。

 「いや、ワシの手で決着をつける」
 怒りのこもった声。
 芹沢からは殺気すら感じられた。

 それをの当たりにしながらも、土方は冷静な表情を崩さない。
 「なりません。そのようなことをされれば、局長が口封じの為にその者を斬ったと思われます。ここはわたしに任せてくださいませんか?」
 その冷静な声に芹沢は首を縦に振るしかなかった。

 「すまぬ。ワシが浅はかじゃった。無駄な血を流してしもうた」
 そう言って肩を落とす芹沢。
 「無駄・・・・・・ではありませんよ。脱走者の末路を知って、他の隊士たちの気が引き締まったのですから・・・・・・それに、責めるべき咎人とがびとは局長ではありません」
 「お主に慰められるとは・・・・・・」
 自嘲気味に笑った芹沢は、知らせに来た隊士の名を告げた。












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