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幕末 恋唄綴り
作:紫苑 りょう



第三十一話


 総司たちがあかねと再会を果たしたあの日以降、近藤は度々三本木へと足を運んでいた。
 それも、ひとりで。
 もちろん土方には止められた。
 なにしろ、攘夷浪士たちが近藤の命を狙っているかもしれないのだ。

 それでも近藤は三日と空けず、あかねの元へと通っていた。
 あかねの方も、夜道のひとり歩きは危険だから・・・・・・と何度も言ったが近藤が聞き入れることはなかった。


 あかねの元に来たからといって、何か重大な話をするわけでもなく。
 ただ屯所の様子や、世間話をするだけだ。


 しかし、今夜の近藤はいつもと違っていた。
 口数も少なく、表情は強張っている。
 屯所で何かがあったのだろう・・・・・・とあかねにも想像が出来た。
 何杯目かの酒を飲み干すと、沈黙し続けていた近藤がやっと口を開く。

 「君を・・・・・・身請けしたいと思っている」
 まっすぐ見つめられ告げられた言葉に、あかねは目を見開いていた。
 「え?」

 「あぁ・・・・・・誤解しないでくれ・・・・・・君を妾にしようとか、囲うつもりとか、そういう意味ではないんだ。ただ君を堂々と壬生浪士組の関係者にしたいんだ」
 「ど、どういう・・・・・・意味ですか?」
 「わたしと君はここで出会い、わたしが君を気に入った。だから身請けした・・・・・・と幾松殿に思われれば、少なくとも間者と疑われてその身を危険にさらすことはなくなる。君を死なせるわけにはいかないんだ・・・・・・総司のためにも・・・・・・」
 そこまで言って近藤は目を伏せた。

 「兄さまに、何かあったのですか?どうかされたのですか?」
 総司の名が出た瞬間、あかねの顔色が変わった。
 「・・・・・・最近の総司は・・・・・・どうもおかしいんだ。一見、普通に見えるのだが・・・・・・いや、どう説明すればいいのかわからないな・・・・・・とにかく様子がおかしい・・・・・・恐らくは・・・・・・君が姿を消してから・・・・・」

 「!!」
 「つい先日・・・・・・天誅事件があったのは聞いているかい?」
 「えぇ・・・・・・油商八幡屋卯兵衛が攘夷浪士に暗殺された・・・・・・それが兄さまとどう関係あるのですか?」

 「あの事件以降、我々も市中見廻りを厳しくしているのだが・・・・・・総司が攘夷浪士を見つけては斬っているんだ・・・・・・命乞いをするものまで全て・・・・・・わたしたちの任務は京都の治安回復だ。いくら相手が不逞浪士だからといって、全員を斬る必要はない。もちろん総司にもそう言ったんだが・・・・・・総司は斬らなければ、その者たちがいつかあかね君の命を狙うかもしれないからと言って・・・・・・総司と共に巡察に出ている隊士によると、最近特に容赦なく斬るようになったらしい」
 「!!」

 あかねは近藤の言葉に、愕然としていた。
 壬生浪士組のため、総司のため、そう思ってここに来たが。
 自分の行動が、結果的に総司を追い詰めていたのだ。
 自分がここにいる限り、総司は浪士たちを斬ることを辞めないだろう。

 「確かに君が屯所を出てから、無理して笑っているのはわかっていた・・・・・・でもそれだけじゃなかったんだ・・・・・・すまない・・・・・・わたしもトシも気づいてやれなかった・・・・・・総司に剣を握らせたのはわたしだ。だが、それは総司に人を斬らせる為ではない・・・・・・いや、剣は殺人の道具だったな・・・・・・わたしは矛盾している。そんなものを握らせておいて、人斬りにしたくないなど言えた義理ではないな・・・・・・でも・・・・・このままでは、総司はただの人斬りになってしまう・・・・・・総司をそんな風にはしたくないんだ。だから、君を身請けして堂々と屯所に連れ帰りたい」

 「!!・・・・・・まさか・・・・・・初めからそうするつもりで、ここに通っていらしたんですか?」
 「あぁ・・・・・・一度や二度通ったぐらいで身請け話を持ち出す訳にはいかないと思ってね。本当ならもっと通ってからと思っていたのだが・・・・・・そんな悠長なことを言ってはいられない・・・・・・今にも総司が壊れてしまいそうで・・・・・・痛々しくてね」
 「・・・・・・」

 黙りこくって俯くあかねを見て、近藤はハッとする。
 あかねの目には涙が浮かんでいた。
 隠そうとも拭おうともせず。
 その涙は次から次へと溢れ出ていた。


 あかねが自分の手に落ちる温かいものを、自分の流す涙だと理解出来たのは暫く経ってからだった。
 それに気づかないほどあかねは動揺していた。
 
 胸が締め付けられる気がして、息が出来ないほど苦しい。
 一番護りたい大切な人を、自分が苦しめていた。
 その事実が痛かった。

 痛い。
 苦しい。
 大切な人を追い詰めた自分が憎い。
 そんな感情だけがあかねの身体を支配し、流れでる涙を止めることが出来ない。

 結局自分は総司を理解していなかった。
 総司の心を。
 感情を。
 理解しているフリをして。
 何も知ろうとはしていなかったのだ。


 「すまない・・・・・・君を泣かせるつもりは・・・・・・」
 あかねの頬に流れる涙を拭おうと、近藤は手を伸ばす。
 初めて見るあかねの泣き顔に、近藤も戸惑っていた。

 あまりにも素直に流れ落ちていて、あまりにも綺麗な涙。
 あかねの心の叫びが聞こえた気がした。

 思わず伸ばした手。
 その手は頬ではなくあかねの身体を優しく引き寄せていた。

 「君を苦しませてしまったね・・・・・・すまない・・・・・・」
 あかねの華奢な身体を自分の腕で包む。
 「すまない。君まで傷つけて・・・・・・本当にすまない」

 耳元で聞こえる近藤の言葉。
 抱き寄せられて感じた温もり。
 あかねは我慢することなく、近藤の胸で泣き続けた。
 幼子のように。



 近藤の申し出に置屋の女将も、もちろん幾松も驚いていた。
 それでも正式に抱えている芸妓ではない為、反対する理由はない。
 あかねが同意しているなら、尚更だ。

 「桂はんと近藤はんが、たとえこの先敵同士になったかて・・・・・・うちとあかねはんには関係おまへん。困ったことがあったらいつでも頼ってきてや?」
 「はい、ありがとうございます」

 「ほんまえ?約束したえ?・・・・・・それから・・・・・・たまには顔見せてな?ここにまつりごとは関係おまへんのやし・・・・・・」
 「はい」

 「せやけど、近藤はんは人を見る目ぇおますなぁ?まだ顔出ししたとこのあかねはんを見初みそめるやなんて・・・・・・悔しおすけど、それだけは認めんとね。幸せになっておくれやすな?あかねはんみたいなええ子、幸せにならなあかんのどすさかい・・・・・・」
 幾松は熱くなる目頭を押さえて、出そうになる涙を抑えようと視線を天井へと向ける。

 「幾松さん姐さん・・・・・・」
 「ふふっ・・・・・・もう、幾松でよろしおすえ?もう芸妓やないんやさかい・・・・・せやけど、寂しなるわぁ・・・・・・あかんなぁ、湿っぽぉなってしもた。ちゃんと笑って送り出そうと思おてたのに・・・・・・」
 そう言うと幾松は涙目のままあかねに抱きついた。

 「元気でな・・・・・・あかねはん・・・・・・」
 「はい・・・・・幾松さんも・・・・・・お元気で・・・・・・」
 あかねが幾松の身体に腕をまわすと、二人は暫くそのまま互いの存在を確認するかのように抱き合っていた。












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