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幕末 恋唄綴り
作:紫苑 りょう



第二十八話


 「それが真実まことであれば、我らも報われるな。天子様の勅許とあらば幕府も我らに文句は言えまい」
 「はいっ、やっとあの忌々しい夷てきを一掃出来ますっ」
 力強く答える麻田の言葉を聞きながら、桂は杯に入った酒を飲み干した。

 (天子様の・・・・・・勅許?)
 あかねは麻田の杯に酒を注ぎながらも、二人の話に聞き入っていた。
 (夷てきを一掃?)


 ちょうど三年前の万延2年に、孝明天皇の異母妹にあたる和宮親子内親王が14代将軍徳川家茂の正室として江戸へ降嫁された。
 孝明天皇は攘夷断行の条件を付け自分の妹を江戸へと送り出したのだ。

 当時まだ16歳になったばかりの和宮にとって、慣れ親しんだ京を離れ江戸に行くなど想像も出来なかっただろう。
 天皇の妹・・・・・・それだけの理由だったが、それは充分すぎる理由でもあった。

 孝明天皇も可愛い妹を手放したくはない。
 だがこのまま幕府と手を携えなければ、この国は西洋諸国に飲まれてしまう。
 ここは力を合わせて対抗するしか国を護るすべは無い。
 だからこそ、幕府に攘夷断行の条件を出したのだ。

 それが、どうだ。
 攘夷を決行すると言いながらも三年もの月日が流れ、未だに大願成就とはなっていない。
 朝廷内にも攘夷を叫ぶ声が日に日に強くなっている。

 一部の過激な者達の中には、力なき幕府ならいらないという声まである。
 その声が高まれば、今以上の混乱を招き兼ねない。

 桂たち長州藩は天子様の御意志である攘夷決行を幕府がやらないのなら、自分たちがやるのだという強い信念を持っていた。
 夷てきを排除しなければ、この国に未来はない。
 その強すぎる信念が、表情に浮かんでいた。


 (これが、師匠の言っていたこと?)
 攘夷は確かに孝明天皇の意志。
 だが、それはあくまでも幕府中心の筈だ。

 孝明天皇が将軍家にではなく、長州藩に攘夷を命じることは考えられない。
 天皇自ら将軍家を見限る態度を示すことなど有り得ない。
 江戸に和宮がいる以上、孝明天皇がそれを軽んじる筈はなかった。
 いわば、人質同然なのだ。

 (なにかおかしい・・・・・・)
 あかねにとってそれは直感以外のなにものでもない。
 けれど、しっくりこないのだ。


 「しかし、本当に天子様から勅書を頂けるのか?」
 「今回は公卿が関わっておられるそうですよ?」
 「公卿が?・・・・・・一体、誰だ?」

 「さぁ?誰でしょうねぇ?」
 あっけらかんと答える麻田に、桂は呆れた表情を浮かべる。
 それは、あかねも同じだった。

 (そこが、一番知りたいとこだったのにっ)
 内心、毒吐きながらもけして表情には出さない。
 (でも、関わっているのが公卿とわかっただけでも前進か・・・・・・)

 公卿となれば、数も絞れる。
 しかも、この取り留めのない話に信憑性も出てくる。
 尊王攘夷と唱える公卿が、今の公武合体の流れを快く思っていないのも確かだ。
 公卿ならば天子様の近くにはべり勅書を頂く機会を窺っているとも考えられる。

 「今の話は誰から聞いたのだ?」
 「久坂さんですよ、だから信じられるでしょ?」
 酒がまわってきたのか、やたらと上機嫌な麻田がヘラヘラっと笑みを浮かべる。

 「まぁいい・・・・・・話半分で聞いておくさ。それより幾松?」
 これ以上は無駄だと思ったのか、桂は急に話題を変える。
 「なんどす?」

 「駒野なんて芸妓、おぬしのところにおったかのぉ?」
 「いややわぁ、桂はん。気ぃついたはらしまへんの?ウチとこに最近きた女子おなごいうたら一人しかいまへんえ?」
 口元に手を当て、さも可笑しそうに笑う幾松に桂は目を見開いていた。

 「まさか・・・・・・あかね、くん?」
 「ご名答。他の妓が夏風邪で寝込んでしもうたんで、急遽出てもらうことにしたんどす。ウチとしてはこのまま・・・・・・と思おとるんどすけどな?当の本人はんが首を縦に振ってくれへんのどす。勿体無いやろ?こないに別嬪はんや、言うのに・・・・・・」
 「あぁ、それで駒野というのか・・・・・・」

 幾松の説明に桂は合点がいったのか、深く頷いた。
 「そぉどす。首を縦に振ってくれはったら改めて名をつけて、盛大に祝おう思おてます」
 つまり自分の名から一字与えて姉妹あねいもうととして、迎えたいというのだ。

 「そうか、その時は私も祝わせてもらうぞ?」
 「へぇ、おおきにぃ」
 そんな二人のやり取りに、あかねは反論する元気も沸いてこなかった。



 斉藤一こと銀三ぎんぞうは今見てきた光景を何度も思い返していた。

 あかねが三本木の置屋に入ったのを見届けてから、暇さえあれば様子を見に行っていたが今日のはさすがに驚いた。
 その驚きようは再会した時と同じくらいだろう。
 その姿にやっとあかねが何をしようとしているかが理解できた。

 初めに見たときは自分の目を疑った。
 というより、思わず見惚れてしまった。
 銀三ぎんぞうにとっては初めて見るあかねの艶姿だった。
 幼い頃のあかねではなく、一人前の芸妓の姿がそこにはあった。

 ハッと我に返ったときにはその姿は料亭の中へと消えてしまっていた。
 状況がよく掴めないまま、その料亭で聞き込みをしてみるとその芸妓の名が『駒野』ということだけわかった。

 芸妓として花街に潜入する。
 そんなことは忍びの者であればよくあることだ。
 しかも三本木は長州者の、いわば縄張りだ。

 (もう、ここには戻らない覚悟で行った・・・・・・ということか?あれほど沖田さんの側にいることを望んでいたというのに・・・・・・)
 複雑な心境で空を仰ぐと、そこには無数の星が瞬いていた。

 「斉藤さん?」
 屯所の近くで立ち止まった銀三ぎんぞうの背中に聞き覚えのある声が掛けられる。
 「沖田さん・・・・・・」

 「どうしたのですか?難しい顔をして?」
 人懐っこい笑みを浮かべる総司に、斉藤は表情を変えることなく答える。
 「いえ、なんでも・・・・・・」
 「?」

 あかねが戻らないと知ったら、この人はどうするだろう・・・・・・・。
 ふと、そんな考えが頭をよぎる。

 「綺麗は星空ですねぇ?明日も暑くなりそうだ・・・・・・」
 薄暗い月明かりの中で、夜空を見上げる総司の横顔はどことなく憂いを帯びているように見えた。
 「・・・・・・・」
 掛ける言葉の見つからない銀三ぎんぞうも、総司に習って空を見上げる。

 「あかねさん・・・・・・どうしてるんでしょうねぇ」
 「えぇ・・・・・・」
 「そろそろ戻ってきてくれないと、土方さんの機嫌が悪くなっちゃいますよぉ」
 「え?」

 「飯がマズイって今日もここにシワを寄せてボヤいてましたからねぇ」
 そう言って総司は眉間を指差し、シワを作って見せる。
 「はは。それは確かに困りますね?」
 「でしょ?そのうち八つ当たりされそうですよ」
 心底参ったという表情を浮かべる総司を見て、銀三ぎんぞうは苦笑いを浮かべる。

 「わたしも寂しいですし・・・・・・ね」
 思わず本音が出てしまった総司の言葉に、銀三ぎんぞうの口が勝手に動いていた。
 「では、明日は料亭にでも行かれてはいかがですか?いい店があるんですけど・・・・・」












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