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幕末 恋唄綴り
作:紫苑 りょう



第二十七話


 あかねが屯所を離れたのと同じ頃。
 入れ替わるようにして、屯所に居ついた女がいる。

 名をお梅という。
 
 初めは借金の取り立ての為に芹沢の元を訪れていた、その女がどういう経緯で芹沢の女になったのかはわからない。
 だが、芹沢の部屋に入り浸っているのは確かだ。

 問題は女の素性だ。
 どこかから送り込まれた間者なのではないか?
 ・・・・・・そんな疑いが捨てきれない。

 ここ数日、土方はそんな苛立ちを抱えていた。
 (こんな時・・・・・・・あかねがいれば・・・・・・)

 いないのだから仕方ないのだが。
 そう考えたくなるほどに情報が乏しいのだ。

 監察方を担っている山崎にも、もちろん探らせた。
 だが、報告に挙がってきた事柄は土方を納得させるものではなかった。

 芹沢の元に来るまでは商家の妾。
 その前は島原にいたらしい。
 つまり遊女の時に身請けされ、菱屋太兵衛の妾になったというのだ。
 そして、それ以前の事は全くわからない。

 そこが土方には引っかかるのだ。
 遊里に身を沈めるにはそれなりの理由がある。
 が、遊里に身を置く芸妓の過去は聞かないのが暗黙のルールだ。

 それは客である男に語られることは少ない。
 よほどの信頼を得ていたとしても、遊女自身が語りたがらないのが普通だろう。
 しかも今、芸妓ではないなら尚更のことだ。
 わかってはいた事だったが報告を受けた時、土方は深い溜息をくしかなかった。


 「こんなとき、あかねさんが居てくれたら良かったですよね?」
 まるで自分の考えを見透かしたかのような総司の言葉に土方は一瞬目を見開いたが、すぐにいつもの冷静な表情に戻る。

 「いないものは仕方ねぇだろ」
 そんな土方の様子に総司はククッと笑いをこらえる。
 「?なんだ?」
 「いえ・・・・・・図星だったみたいなので・・・・・・」

 いつのまにあかねは土方の信頼を得たのだろう。
 初めは疑っていたのに。
 それを思うと総司は少し嬉しかった。

 「でも・・・・・・お梅さんって方が来てからは芹沢さんが問題を起こすような事もなくなりましたよね?」
 大福を頬張りながら言う総司に、土方は頷く。

 「まぁ、な。それは確かに良かったのかもしれねぇが・・・・・・」
 「土方さんの考えすぎってこともあるかもしれませんし?」
 相変わらずの呑気な口調で、総司は2つ目の大福へと手を伸ばす。

 「馬鹿野郎が・・・・・・考えすぎなら別にいいんだよ。逆に俺の考えが当たってる方が問題だろうが・・・・・・」
 溜息交じりに呟きながら愛用の煙管きせるを取り出すと、それに火を点け紫煙をくゆらせた。

 「あかねさん・・・・・・どうしてるんでしょうねぇ。あー、もうっ。土方さんが思い出させるから・・・・・・なんか淋しくなってきたじゃないですかぁ」
 どうしてくれるんだ。
 とでも言いたげな目で土方を軽く睨む総司。

 「なんで俺のせいなんだよっ!?っていうか、お前はなんで俺の部屋でくつろいでいやがるんだぁ!?」
 そんな総司を土方は睨み返す。

 「だってぇ、近藤先生はお忙しそうだったし・・・・・・」
 「んだよ、それっ!?俺だってなぁ、お前の暇つぶしの相手をしてる暇はねぇんだよっ」
 言っていることはキツイが、土方が総司を追い出すような事はしなかった。

 わかっているのだ。
 あかねが居なくて一番寂しく思っているのは総司だということが。
 それでも顔に出すようなこともせず、隊務に励んでいるということも。


 その頃。
 あかねはというと。


 ― 三本木 ―

 「いやぁ。ほんに可愛らしいわぁ。よぉ、似合におうてはるえ?なぁ、女将おかあはん」
 顔の前で手を合わせて幾松が顔を輝かせると、隣にいた女将も同意するように深く頷く。

 そんな二人とは対照的に、当の本人であるあかねは顔を曇らせていた。
 「あの・・・・・・本気ですか?」
 不安気に問うあかねに、幾松は満面の笑みで答える。

 「本気も本気。女に二言はありまへん」
 キッパリと言い切る幾松に、あかねは溜息をくしかなかった。

 目の前の鏡に映る自分の姿は別人に見える。
 もしこの姿をあかねを見知っている者が見ても、おそらく気づかないだろう。
 それだけは自信をもって言える。

 こんな姿をしたのは何時以来だろうか。
 そんなことを考えながら、鏡の中の自分をただ見つめていた。
 
 「これやったら、京で一番人気の芸妓になるのも夢やないわぁ。幾松はんもウカウカしてられまへんなぁ?」
 「えっ!?ちょ、女将おかあさん!?」
 女将の言葉に焦るあかね。

 「ほんまやねぇ。お客はんがみ〜んなあかねはんに夢中になってしまうわぁ」
 「い、幾松さんまでっ!こ、これは少しの間だけって!」
 目を白黒させながら慌てるあかねの姿に、幾松と女将は顔を見合わせて笑い声を立てた。

 「ほれ。幾松さんやのうて、幾松さん姐さんやろ?」
 「あっ、すみません・・・・・・幾松さん姐さん」
 「すみませんやのうて、堪忍え?や」
 あかねが口を開く度に女将が京言葉へと訂正していく。

 「少しの間でも、芸妓は芸妓。お客はんの前では気をつけておくれやすな?」
 「はい・・・・・・・」
 「はい、やのうて・・・・・・へぇどす」

 何故こんな事になったのか・・・・・・。

 事の発端は、一人の芸妓が夏風邪をひいたことに始まった。
 それが間の悪いことに他の芸妓にもうつり、お座敷に出れる芸妓が幾松しかいなくなったのだ。
 さすがに、それはマズイ。
 何しろ客商売なのだ。
 お客が呼んでいるのに座敷にあがる芸妓がいないなど、置屋にとっては死活問題だ。

 困り果てた女将があかねに白羽の矢を立てた、というわけだ。
 あかねの方も世話になっている以上、無下に断るわけにはいかないと引き受けた。
 そこまでは良かったのだ。
 そこまでは・・・・・・・。

 一応、お座敷に出る以上は舞のひとつも・・・・・・と言われ幾松に教わったのが間違いだったのだろう。
 なにしろ、一度習っただけで覚えてしまったのだから。
 いや、正確には身体が勝手に動いたという方が正しい。
 島原にいた頃、一通りのことを教え込まれたのだから当然といえば当然だ。

 無論、一度で覚えたわけではない。
 昔に教わったから知っていただけのことだ。

 ただ、幾松も女将もそんなことは知るはずがない。
 二人が驚きながらも、目を輝かせた・・・・・・のは言うまでもない。
 いっそこのまま芸妓になれとまで言い出す始末だった。

 それを、なんとか断り納得させた・・・・・・筈だった。
 が、着替えも済ませすっかり支度を整えたあかねの姿に言わずにはいられなくなったのだろう。
 二人はしきりに褒め言葉を並べている。
 まるで・・・・・・褒め殺し・・・・・・という言葉が浮かぶほどだった。

 「今日は桂はんのお座敷やし、そないかとぉならんでもええよ?」
 安心させようと幾松が言った言葉が、逆にあかねのやる気を引き出した。
 「そうなんですか?」

 桂小五郎の座敷にあがるのなら、その場にいるのは長州藩士だろう。
 運が良ければ朝廷の公家と繋がる者がわかるかもしれない。
 もしかするとそれ以外の情報が得られるかも・・・・・・。
 それは好都合というものだ。

 芸妓として座敷にあがるのは気が引けると思っていたが、これは願っても無い好機だ。
 あかねは自分がここに来た理由を、今更ながらに思い出していた。












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