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幕末 恋唄綴り
作:紫苑 りょう



第二十六話


 「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!」

 朝っぱらから、家中の者が起きるほどの大きな悲鳴。
 この悲鳴を上げたのは、もちろんあかねである。


 三本木にある置屋の一室。
 最近あかねに与えられた部屋だ。

 いつものように眠っていたが、今朝に限って何故か身体に重みを感じて目を開けた。
 その直後。
 先ほどの悲鳴を上げたのだ。

 何故か?
 それは、自分の布団に見知らぬ男が寝ていたからだ。
 しかも。
 あろうことか、その男は自分に抱きつくような格好で。

 目を開ければ、至近距離に見知らぬ男のどアップ。
 重みを感じたのは、その男があかねのお腹の辺りに腕をまわしていたからである。
 寝起きの上、見知らぬ男が寝ていれば誰でも驚くのは当然だ。
 
 あかねの悲鳴を聞いた幾松、置屋の女将おかあさん、そして他の者たちも何事かと廊下を走って来る音が響く。

 そして、当の本人である見知らぬ男はというと。
 こんな状況でも、未だ夢の中である。

 バァァァンッッ

 勢い良く開け放たれた襖から、皆がなだれ込むように入ってくる。
 「どないしたんえ!?あかねはんっ!?」
 「大丈夫どすかっ!?」

 皆、口々に叫びながら部屋に入って来たが。
 部屋の中の光景に、皆の動きが止まった。

 「なんや、桂はん・・・・・・」
 「あれまぁ、また寝惚けて部屋を間違えはったんどすなぁ」
 なだれ込むようにして部屋に入ってきた割りには、皆の態度は冷静だった。

 「ちょっと、桂はん!?また部屋、間違ごうてますえ?」
 幾松は呆れたように溜息をくと、未だ夢の中にいるその男の身体を揺すった。

 (えっ・・・・・カツラはん・・・・・・って・・・・・・)
 部屋の隅で固まっていたあかねの耳に入ってきた名前。
 その名を聞いて更に驚く。

 「う〜ん・・・・・・幾、松?」
 身体を揺すられてさすがに目が覚めたのか、ゆっくり目を開けると眠そうに自分の目をこする。

 「幾松?・・・・・や、おまへんっ!また寝惚けて部屋を間違ごうたんどすか!?嫁入り前の娘の布団にもぐり込むやなんて、言語道断どすえ!?」
 ぽか〜んとしている桂に、幾松は一気にまくし立てる。

 幾松の剣幕に、目が覚めたのか桂はいきなりその場で土下座した。
 「ス、スマンっっ!幾松っ!」
 「謝るんやったら、ウチにとちごうてあかねはんにどすえ!?」
 そう言うと幾松は、隅で固まったままのあかねの方へと近づいてくる。

 「堪忍え?あかねはん・・・・・・大丈夫?怖かったやろ?」
 桂に対してのそれとは違って、優しい声色で話しかけるとあかねの身体を優しく抱くとその背中を落ち着かせるように、ゆっくり擦る。

 幾松の肩越しに、桂の方へと視線を移すとバチッと目があった。
 その瞬間。
 桂は全てを理解したのか、額を畳にこすり付けるように土下座した。

 「まことにすまないっ。夜中にかわやに行った帰りに部屋を間違えてしまったようだっ。本当に申し訳ないっ!」
 必死に詫びる姿に、あかねは思わず笑ってしまった。

 「いえ、私の方こそ大騒ぎしてすみませんでした・・・・・・あの、もうわかりましたので頭を上げて貰えませんか?」
 そうは言ってみたが・・・・・・心臓のドキドキは治まらない。

 壬生浪士組の屯所にいた頃は、男所帯ということもあってそれなりに気をつけていた。
 特に夜はいつ誰が来ても、対応出来るように枕の下にはいつも短刀を忍ばせてもいた。
 一応、女としては当然の行動だ。

 しかし今は女ばかりの置屋暮らしだ。
 男がいる筈はない、とタカをくくっていたのも事実だ。
 その上、潜入している身だ。
 怪しまれないように、と眠るときも短刀は手放していた。
 つまりは、すっかり気を抜いていたのである。

 そこへもって相手はあの・・桂小五郎だ。
 驚くのも無理はない。
 初対面が夜這い未遂(?)とは、なんとも言い難いが。

  
 皆が一旦、それぞれの部屋に引き上げるとあかねも身支度を整え台所へと向かうと朝食あさげの支度を始めた。
 ここへ置いてもらうかわりに与えられた、あかねの仕事だ。

 支度が整いかけた頃、桂小五郎が顔を見せた。
 「本当に申し訳なかったね?あれから幾松にもこっぴどく叱られたよ・・・・・・」
 心底反省しているのか、よほど幾松にキツク言われたのか、沈んだ表情を浮かべる桂にあかねは少し同情していた。

 「もう大丈夫ですから・・・・・・気になさらないで下さいね?驚いたとはいえ、大騒ぎしてしまって・・・・・・」
 ゴメンナサイ。
 と頭を下げると、桂は少し安心したように笑顔を見せた。

 「良かったぁ。君が許してくれなかったら、幾松に何をされるか・・・・・・」
 「ウチが・・・・・・なんどす?」
 頭を掻きながら言いかけた桂だったが、背後からの怒りのこもった低い声に遮られ身体を強張らせた。

 「わぁっ!?い、い、幾松っ!?」
 怯えた表情を浮かべる桂の横を通り過ぎると、幾松はあかねの前で止まってニッコリ笑った。
 「もう心配いりまへんえ?あの人は出入禁止にしますさかいな?」

 幾松の言葉を聞いた桂は焦ったように、幾松の方へと歩み寄る。
 「そ、そんな事言わないでくれよ?ここは私が安心して眠れる数少ない場所なんだぞ?」
 そんな桂に幾松はギロっと人睨みする。

 「あんたはんにとって安心出来る場所か知りまへんけど、そのせいで安心して眠れへん人かているんどすえっ!?」
 静かな物言いだが、逆に怒りの大きさが伝わって正直怖い。
 桂も同じ思いなのか、少し後退あとずさりしていた。

 「あ、あの・・・・・・幾松さん?私なら、もう大丈夫なので許してあげて下さい」
 「あかねはん?・・・・・・ええの?また部屋間違うかもしれへんよ?この人は」
 ピシッと音でもしそうな程、真っ直ぐ桂を指差す幾松にあかねは笑って答えた。

 「大丈夫です。今日は驚いて何も出来ませんでしたけど、次は引っ叩きますから・・・・・・だから、許してあげてください」
 あかねが手で叩く仕草を見せると、今度は幾松が笑った。

 「そら、ええわ。そん時は思いっきりやっておくれやすな?・・・・・・ウチも喜んで加勢しますさかい」
 二人の女はそう言って頷き合うと、笑みを浮かべる。

 その様子を黙って見ていた桂は顔を引き攣らせながら、
 (絶対間違えないよう気をつけないとな・・・・・・)
 と固く決意していた。 












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