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幕末 恋唄綴り
作:紫苑 りょう



第二十五話


 島原は今日も人の往来が多かった。
 目当ての芸妓おんなに会いに来た男たちは軽やかな足取りで門をくぐりり抜けて行く。
 その脇を御使いでも頼まれたのか、早足で過ぎていく禿かむろ
 夕暮れ時の島原のいつもの風景だ。

 そんな中、島原大門の前を行ったり来たりする男がいた。

 泣く子も黙る、壬生浪士組の副長。
 山南敬助。
 その人だ。

 彼はここ数日とある感情にさいなまれ、悩んでいた。
 そして気がつけば、ここへと足を運んでいたのだ。

 大門の前をウロウロしては、溜息をきその場を後にする。
 そんなことを、ここ三日ほど繰り返していた。

 理由はこの間会った、明里太夫である。
 つまり、彼女に会いたい。
 いや、でも会いたくない。
 ・・・・・・やっぱり会いたい。

 そんな相反する感情が、彼を苦しめていた。
 そしてその感情がなんなのか、彼自身理解していた。

 ― 恋 ―

 そう呼ぶ以外の言葉を、山南は知らない。
 紛れもなく、この気持ちは恋だ。

 それに気づいた時。
 山南は大きな溜息をいた。

 それは相手が遊女だからなのか。
 それとも遊女に恋をしてしまった自分になのか。

 いや、恐らくはどちらも正解だ。

 今まで山南は遊里といわれる場所に抵抗を感じていた。
 そこに通う男たちの気が知れない、とさえ思っていたのだ。

 金で買う女など。
 金で買える愛情など。
 ありはしない。
 いや、あってはならない。
 そうずっと思ってきた。

 だが明里に出会って、自分の考えが間違っていたことを思い知らされた。

 恋とは頭でするものではない。
 感情こころでするものだ。

 結局自分は「井の中の蛙」だった、ということだろう。
 彼女に出会って、そう思った。
 
 恋とはするものではない。
 落ちるものだということを。

 何故?と聞かれてもわからない。
 ただ、彼女の笑顔が頭から離れない。
 彼女に触れられた、手の感触が忘れられない。

 ただ、もう一度。
 逢いたい。

 その感情に突き動かされて、ここまで来た。
 けれど、そこでいつも足を止めてしまう。
 
 逢いたい。
 でも逢うのが怖い。

 逢えば今よりもっと彼女に惹かれる。
 それが怖い。
 
 明里は自分一人のものではない。
 それがわかっているから。
 だから、怖い。

 それでも、自分の昂ぶる気持ちを抑えられない。
 自分が自分じゃなくなりそうだ。

 
 山南は大きな溜息をくと、結局この日も門をくぐることなく帰路についた。



 ― 壬生浪士組 屯所 ―

 他の隊士たちから隠れるように、佐々木は木陰に座り込んでいた。
 今日は久しぶりの休暇だ。
 いつもなら、朝からあぐりの元を訪れている頃だ。

 でも、今日はどうも足が進まない。
 何をするわけでもなく、ただ手に握り締めたかんざしを眺めては溜息を吐く。
 そんな一日を過ごしていた。

 気がつけば、陽は西へ傾き始めていた。
 (何をやってるんだ・・・・・・俺は・・・・・・)
 今日、何度目になるかわからない溜息をく。

 ちょうどそこを通りかかったのは、これまた大きな溜息をく山南だった。
 二人は自然と視線を合わせる。

 佐々木は相手が副長の山南だと気づいて、少し焦った表情を浮かべるが、山南は無言のまま佐々木の隣へ腰を下ろした。

 「・・・・・・・」
 「・・・・・・・」
 暫く、二人は黙ったままだった。

 その沈黙を破ったのは山南の方だ。
 「それは?」
 佐々木が握ったままのかんざしに視線を向ける。

 言われて初めて佐々木はかんざしを握ったままなことに気づく。
 「あっ・・・・・・これは・・・・・・」
 慌てて言い訳を考えるが、そんな時に限って言葉が浮かばない。

 「誰かへの・・・・・・贈り物ですか?」
 「・・・・・・はい・・・・・・」
 山南の問いに佐々木は素直に頷く。

 「渡しに行かないのですか?」
 「・・・・・・今は・・・・・・まだ・・・・・・」
 呟くように答える佐々木の横顔が、辛そうに歪む。

 「今は?」
 「・・・・・・自分に自信が持てないのです。だから・・・・・・」
 そう言って俯く佐々木。

 「自信・・・・・・ですか?」
 「はい。自分は剣もまだまだですし・・・・・・人としての強さも持ってはいません。今の自分では・・・・・・彼女を護れません・・・・・・だから」
 そこまで聞けば、山南にもわかった。
 彼もまた、苦しいのだろう。

 「彼女がそれを望んでいるのですか?」
 「!!・・・・・それは、わかりません・・・・・・でも」

 「人は護るものがあると強くなれる・・・・・・よく近藤さんが言ってました。帰りたいと思う場所がある者は、窮地に陥っても必ず生きる望みを捨てない・・・・・・だから強いのだと・・・・・・」
 「・・・・・・・」
 顔を上げた佐々木の瞳は、先ほどまでの曇りが消えているように見えた。

 「君は彼女が好きなのでしょう?」
 「はいっ、もちろんですっ」
 力強く答える佐々木に、山南は笑みを浮かべる。

 「ならば・・・・・強いとか弱いとか・・・・・護るとか、関係ないでしょう?それとも、その想いは誰かに負けるような小さなものなのですか?」
 「負けませんっ!誰にもっ!彼女を想うこの気持ちだけはっ!」
 佐々木を諭すように言ったつもりだが、その言葉は自分自身に言っているように思える。

 「では、充分なのではないですか?その気持ちだけで・・・・・・迷う事など、ないはずですよ?」
 
 そうだ。
 何も迷う事などない。

 好きならば。
 好きでいればいいじゃないか。
 どうしてこんな簡単な答えがわからなかったのだろう。

 山南は目の前にあった霧が晴れていくのを感じていた。
 それは、佐々木も同じだった。
 朝から座り込んだままだった佐々木が、初めて立ち上がった。

 「山南副長っ、自分は今、目が覚めましたっ!ありがとうございますっ」
 そう言って深々と頭を下げると、彼女に逢いに行くとその場を走り去る。
 それを、山南は微笑みながら見送った。

 「いいえ、お礼を言うのはわたしの方ですよ・・・・・ありがとう」
 そう小さく呟くと、晴れやかな顔で屯所の中へと入って行った。












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