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幕末 恋唄綴り
作:紫苑 りょう



第十二話


 「なんだとぉっ!!??」
 近藤からの報告を黙って聞いていた土方が思わず声を荒げる。

 まぁ、無理はない。

 下手人を捕縛するのに剣を抜いたのならまだしも、芹沢が斬ったのは力士だ。
 しかも、道を譲る譲らないの理由だというから余計に始末が悪い。

 大阪における壬生浪士組の評判は地に落ちたも同然だった。

 同じく、近藤の話を聞いていたあかねは絶句していた。
 だが、そのわりに近藤は落ち着いて見えた。
 あかねにはそれが不思議で仕方なかったが、口を挟むわけにはいかない。

 「その後、斬られた力士を抱える相撲部屋に詫びに行ったんだが、そこの親方と気が合ってねぇ・・・・・・今度、相撲興行に来てもらうことになったんだよ」
 「は、はあぁっ!?どこでどうなったらそうなるんだよっ!?近藤さん??」
 話の展開についていけない土方が、さらに声を荒げた。

 「いやぁ、ははは。なんでだろうねぇ?」
 土方の剣幕に押されたのか、近藤は頭を掻きながら苦笑いをする。
 「ははは・・・・・・じゃねぇだろ?山南さんっ!!わかるように説明してくれよっ」
 「いやぁ、それが・・・・・・わたしもその場にいたわけじゃないので・・・・・・」
 山南も苦笑いするしかなかった。

 「まぁ、いいじゃないですかぁ。全て丸く収まったわけですし・・・・・・これも近藤先生のお人柄あってのことという事で・・・・・・・」
 総司が割って入ると、土方はギロリと睨みつけた。

 「そもそも、その場にいながら芹沢さんを止められなかったお前も悪いっ!!何の為に守役もりやくとして行かせたと思ってやがるっ!?」
 言い終わらないうちに、総司の頭にゲンコツをひとつ食らわせていた。
 「いたぁっ!」

 「それを言われると面目ない」
 山南以下その場にいた者が揃って頭を下げる。

 「・・・・・・そうか・・・・・・そうだな・・・・・・ふっ・・・・・・」
 ふいに、今まで怒っていると思われていた土方が笑みを浮かべる。

 その場にいた皆の視線が一斉に土方へと集中し・・・・・・凍りついた。
 (((黒っ!)))
 (ぜったい、黒いこと考えてる笑みだっ!あれはっ!)
 (こ、怖いよぉ・・・・・土方さぁん・・・・・・)
 思い思いに心の中で叫びながらも、誰も土方に声を掛けようとはしない。

 「つまり、だ。今回のことで、芹沢さんに貸しを作ったワケだ・・・・・・これで、ヤツらも今までのような態度は取れまい。結果的には近藤さんのおかげ・・・でなんとかなったワケだしな?しかも近藤さんのおかげ・・・で相撲興行を取り付けたワケだろ?」
 自問自答に納得したのか、ついさっき殴った総司の頭をクシャっと撫でた。

 「なんだ、結果的に損をしたのは芹沢さんだけってことじゃねぇか?なぁ?総司?」
 「えっ?えぇ・・・・・そうなるんですか?」
 総司が曖昧な返事をすると、土方はニヤリと笑った。

 (((鬼だっ!)))
 ((笑う鬼だっ!))
 土方の冷酷な笑みは、その場の空気を更に凍りつかせた。

 土方の言葉の真意は理解出来なくても、この男だけは敵にまわしてはならない。
 それだけは皆が本能で感じとっていた。


 「ま、まぁ、それはともかく・・・・・・今回の件は大阪奉行から会津藩に連絡がいってるだろうから、全てが終わったとは言えないがね」
 凍りついた空気を打ち破ったのは近藤だった。

 「どうして会津に連絡がいってるとわかるんだ?」
 土方の問いに近藤はしばし目を閉じ、やがてゆっくり口を開く。

 「実は・・・・・・奉行所に届けに行ったときに、筆頭与力の内山さんにはなかなか納得頂けなくてね・・・・・・恐らくは会津藩に苦言を申し入れているだろうと思ってね」
 その時のことを思い出したのか、深い溜息をつく。

 「・・・・・・それは・・・・・・また、困りましたね」
 総司も初耳だったのか、困ったようにくうを見つめる。

 「ああ・・・・・・いっそ呼び出しを受ける前に申し開きに行くべきかとも思うのだが・・・・・・お忙しい容保公をいきなり訪ねていくのも無礼かと思ってね」
 近藤は組んでいた腕を解き、目の前の茶に手を伸ばす。

 その様子を見ていたあかねが、黙って近藤が飲み干した湯呑に茶を注いだ。
 「ありがとう。あかねくん」
 「あっ、いえ・・・・・・あの、ところで・・・・・・先ほどから斉藤さんをお見かけしていないのですが?」
 急須を持ったままのあかねが、小声で近藤に問うと

 「あぁ、斉藤くんなら寄りたいところがあるからと、途中で別れたよ」
 「そ、そうですか・・・・・・」
 近藤の返事を聞いて、あかねは納得した表情で他の空いている湯呑に茶を注いでいく。

 (先手必勝ってワケか・・・・・・さすがね)

 「そういえば、あかねくん?留守の間、何も変わりはなかったかい?」
 急に思い出したのか、近藤は先ほどまでの表情とは違いいつもの優しい笑みを浮かべていた。

 「は、はい・・・・・・特に変わったことは・・・・・・」
 そこまで言って、あかねは言葉を止めた。
 ふと、悪戯心が芽生えたからだ。

 「困ったことも特にはありませんでしたが・・・・・・」
 「でしたが?」
 あかねの言葉を聞き返したのは総司だった。

 「副長が、夜這いがどうのこうの言われたぐらいで・・・・・・」
 「「よ、夜這い!?」」
 声を揃えて聞き返したのは、近藤と山南である。

 代わって土方は、ギョッとした顔をする。

 「夜這いって何ですか!?土方さんっ!?」
 土方に掴みかからん勢いで詰め寄ったのは、もちろん総司だった。

 「なっ!?何言ってやがるんだっ!?おいっ!?」
 土方は慌てた顔であかねを睨みつける。

 「ほら、仰ったじゃないですか?酔った勢いでどうのこうのと・・・・・・あっ、お茶が切れてしまいましたね・・・・・・淹れ直してきますね」
 あかねはニコリと笑うと、そそくさと部屋を出て行こうとする。

 「「「土方くん(さぁん)っ!!!」」」
 「あっ、あかねっ!コラッ!待てっ!」
 残された土方に総司たちが詰め寄る様子を尻目に、あかねは部屋の戸を閉めた。

 (この間の仕返しですよっ)
 部屋の外に出たあかねはペロッと舌を出すと、スッキリした顔で台所へ向かった。
 

 斉藤こと銀三ぎんぞうが戻ってきたのは、日が暮れる頃だった。
 まわりに人がいないのを見計らって、あかねはそっと近づいた。

 「会津公はなんと?」
 「ぅわぁっ!?」
 急に背後から声を掛けられて、銀三ぎんぞうは思わず飛び上がる。

 「な、なんだっ・・・・・・お前かぁ・・・・・・驚かすなよ!?」
 「失礼なっ!驚かすつもりなんか無かったよっ・・・・・・そんなことよりっ!どうだったの?」
 「な、なにがだよ!?」
 「黒谷に行ってたんでしょ?」
 「・・・・・・・なんでわかるんだよ・・・・・・まったく」
 銀三ぎんぞうは図星をつかれて驚いた顔をするが、すぐに諦めたように溜息をつく。

 「まぁ、心配すんな。大丈夫だ・・・・・・それより誰かに見られるとマズいからな。夜に部屋に行くから、詳しい話はその時だ。いいな?」
 そう言い残すと銀三ぎんぞうはその場を離れた。

 (ぎんが動いたのなら、心配することないか・・・・・・本人も大丈夫だって言ってたし・・・・・)
 銀三ぎんぞうの後姿を見送りながら、あかねも納得したのかその場を後にした。


 銀三ぎんぞうがあかねの部屋を訪れたのは、宵五つ頃だった。

 「今回の一件は容保様にもご説明し、納得も頂けた。ただ、芹沢さんに対する心象は悪くなっただろうが・・・・・・それより、だ」
 「それより?」

 「借財のことが容保様の耳に入ったらしくてな・・・・・・何故なにゆえ今まで黙っていたのかとお叱りを受けたよ。その件もあって、芹沢さんの心象は悪くなる一方ってことだ」

 それもそうだ。
 どちらが先に耳に入ったかはわからないが、容保公にしてみれば『また芹沢かっ』と思ったことだろう。

 「だが、いい知らせもあるぞ?」
 銀三ぎんぞうの声が一転、明るいものになった。
 「?」

 「今までの借財を出して頂けるそうだ」
 「!?」

 「借りたものは早急に返すようにとの仰せだ」
 銀三ぎんぞうの言葉にあかねの顔がパァッと明るくなった。

 「本当に!?」
 「あぁ、まだ皆には内緒だぞ?明日、近藤さんが黒谷に呼ばれてるからな。その時に正式に言い渡される予定だ」
 得意げな顔で言う銀三ぎんぞうに思わずあかねは飛びついた。

 「やったぁ!さすがっ容保様っ!懐がお深いっ」
 飛びついたあかねを抱きとめながら、銀三ぎんぞうは少し顔を赤くした。

 「しかも、だ。今後、浪士組には俸禄が下されることも決まったそうだ」
 照れを隠すかのように、銀三ぎんぞうは言葉を続ける。

 「えっ!?どうして急に?」
 あかねは抱きついていた身体を急に離し、食い入るように銀三ぎんぞうを見つめた。
 「それが・・・・・・」
 あかねが急に離れたのを少し寂しく思いながらも、銀三ぎんぞうは体勢を整える。

 「どうも、天子様が一枚咬んでいるようなんだ・・・・・・おそらくは、お前の元主もとあるじが絡んでいるんだと思うが・・・・・・」

 銀三ぎんぞうが言うには、天子様が容保公に『壬生浪士組』とはどうゆう集まりかとお聞きになり、たいそう関心を示されたとのことらしい。
 そこで、この機に「天子様のご関心を引く浪士組にも俸禄を」と提案したところ、藩内では反対意見も無く決まったとのことだった。
 ただ容保公も何故なにゆえ天子様が浪士組のことをご存知だったのかと、不思議がっておられたらしいが。

 「お前もいいあるじに仕えていたんだな」
 そう言うと銀三ぎんぞうは満面の笑みを浮かべていた。

 「うん・・・・・・こんな私にまでお気をかけて下さるなんて・・・・・・」
 あかねは、少し瞳を潤ませて頷いた。

 (ありがとうございます・・・・・・・)
 あかねは届くはずのない言葉を、心の中で繰り返していた。


 補足です。
 宵五つ=だいたい夜八時頃
 黒谷 =会津藩主 松平容保公のいた本陣











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