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第百七話
 ― 京に戻って数日 ―

 壬生にある新撰組屯所では。
 新たな問題(・・)が沸き起こっていた・・・・・・。


 「いやぁ、わたしにはなんとも理解し難いことだか・・・・・・」
 「俺は考えただけでも鳥肌もんだぜっ!!」
 「まぁまぁ、二人とも」
 呆れ顔の近藤に、湿疹(しっしん)でも出たかのように身体中を掻きまくる土方。
 その2人の間に座る総司が(なだ)めようとあたふたとしている。

 「でもよぉ、金がありゃぁ島原にでも行って女を買やぁいいが・・・・・・金がねぇんだ。そっちの道に入っちまっても仕方ねぇんじゃねぇの?」
 頭の後ろに手を組んだ永倉が擁護(ようご)するような発言をすると、土方が(さげす)むような冷たい眼差しを送る。

 「おメェ・・・・・・まさか!?」
 「イヤイヤ、勘弁してくれっ!俺にそっちの趣味はねぇって」
 土方からの疑いの眼差しに気づくや否や、永倉は大袈裟なほどに首と手を振り全身で否定する。

 「心配すんな、土方さん。八っあんは無類の女好きだ。俺が保証する。なんたって給金のほとんどを島原で使ってる男だぜっ」
 そう言って親指を立ててみせる原田。
 原田としては永倉を助けようとしたのだろうが、聞きようによればただの悪口である。

 「んな保証、聞きたかねぇよ」
 「ってか、そんな保証していらねぇ」
 土方と永倉、それぞれから冷たくあしらわれた原田だったが。
 当の本人は『なぜ怒られているのかわからない』といった様子で首を傾げていた。

 「元はといえば・・・・・・あの(・・)武田の野郎が隊士のケツを追いかけてやがるのが発端だって言うじゃねぇか。だから嫌だったんだよ、俺はよぉ」
 心底嫌そうに眉を(しか)める土方の表情からも、毛嫌いの度合いが伝わるほどだ。

 「まぁ、まぁ。人にはそれぞれ趣味趣向というものが・・・・・・」
 武田を庇おうとする近藤を土方はギロリと睨みつけ、その迫力に近藤ですら閉口してしまうほどだ。

 「しっかしよぉ。実際、男だらけの生活だぜ?唯一の女っていやぁ、あかねがいるが・・・・・・アレに手をつける訳にはいかねぇ。それだけは隊士たちもわかってやがる。男に走るぐれぇ大目に見てもいいんじゃねぇの?あかねに手を出すよりはマシだろ?なっ、総司?」
 ニヤニヤと意味有り気な顔をする永倉に総司も素直に頷く。

 「確かにあかねさんが危険な目に合わないなら・・・・・・」
 しみじみと頷く総司を尻目に土方は
 「あかねに手を出して死人を出さねぇために、の間違いじゃねぇのか?」
 などと呟いたが、それが耳に入ったのは近藤だけである。

 「・・・・・・っていうかよぉ、いい加減自分の女にしたらどうなんだ?そうすりゃ、誰も(よこしま)な感情を抱かなくなるだろ?」
 「まぁた、そんなこと言って・・・・・・出来る事ならとっくにそうしてますって」
 思わず本音を零す総司に、永倉が待ってましたとばかりに喰いつく。

 「あん?なんだよ、あかねが嫌がってるとでもいうのか?どう見てもお前を好いてるようにしか見えねぇぞ?」
 「まぁ、それはそうですけど・・・・・・」

 さらり。と肯定する総司にもちろん悪気は無い。
 が。
 それが話をどんどん脱線させることになる。

 「!!んだよ、今度は惚気(のろけ)かぁ?やってらんねぇな、全くよぉ」
 「いえ、そんなつもりは・・・・・・」
 照れ臭そうに頭をポリポリ掻く総司だったが、話の方向は更に逸れていく。

 「んで?もうやったのか?」
 「何をです?」
 「バーカ。んなの決まってるだろ?男と女が好きあってりゃ、なぁ?左之?」

 ニヤニヤした永倉が、同じくニヤける原田に話を振る。
 この手の話を好む二人が揃っていることが、更に話しを大きく又ややこしくするのだろう。

 「あ〜、やってらんねぇなぁ。結局、総司とくっつくのかよ」
 「はぁ?」
 「はぁ?じゃねぇよ、良かったか?良かったのか?とうとう総司も男になったのか?」

 こうなるとただの妄想でしかない。
 いつもなら藤堂が二人の暴走を止めようとするのだが、今回に限っては興味津々の顔で黙っている。
 というより「もっと突っ込め!」と顔に書いてある。

 この場にいて内心ヒヤヒヤしているのは、真実を知る近藤と土方ぐらいだろう。

 「な、何言ってるんですかっ!?んな事するわけないでしょう!?」
 「照れるな照れるな。惚れ合った二人がそうなるのはごく自然なことだぞ、総司?」
 親身になっている素振りを見せ付けるかのように総司の肩を抱く永倉。
 原田と藤堂は「言っちゃえ、言っちゃえ」などと(あお)り続ける。

 「おい、お前らいい加減に・・・・・・」
 さすがに止めようと口を挟んだ土方だったが、その声は総司の声によって掻き消されてしまう。

 「実の妹に手を出すわけないでしょうっっ!!!」

 顔を真っ赤にして怒る総司の言葉で、一同が固まった。

 「いも・・・・・?」
 「う、と?」
 永倉、原田、藤堂が目を丸くする姿を見て我に返った総司だったが、時既に遅しだ。


 「「「いもうとぉぉぉ???」」」


 「あ〜ぁ、とうとう言っちまいやがったぜ・・・・・・」
 頭を抱える土方の隣では、近藤が苦笑いを浮かべていた。
 「ははは・・・・・・はぁ。いつかこうなるとは思っていたが・・・・・・はぁ」

 「ど、ど、ど、どういうことだよっ!?」
 「ホントなんですかっ!?今の!?」
 永倉が総司に掴みかかるのと同時に、藤堂は近藤たちに視線を向ける。

 「あ、いやぁ・・・・・・」
 「その、なんだ・・・・・・」
 それぞれが動揺のあまり歯切れの悪い返答をする中。

 なんとも間の悪いことに。
 スーッと部屋の襖が開けられ。
 廊下には人数分の湯のみをのせた盆を抱える、あかねが立っていた。

 「なにやら楽しそうですね?お声が廊下まで聞こえてきましたよ?」
 「あかねっ!!」
 「あかねさんっ!?」

 驚いた表情を見せる永倉、原田、藤堂。
 それとは正反対に泣きそうな顔をしている総司。
 そして奥に見える近藤と土方の引き()った顔。

 何かがあったことは一目瞭然だ。
 あかねは飛びついてきた総司の顔を見つめながらも、平静を装いながらとりあえず笑顔を浮かべる。

 「ごめんなさいっ、あかねさん」
 「どうしたのですか?私に詫びの言葉など・・・・・・」
 「うっかり、しゃべってしまいました。あかねさんのこと」
 「・・・・・・・・・・・・はい?」

 一体何のことを?と聞こうとしたあかねだったが、永倉の声がそれを遮る。

 「お、お、おメェ、ほんとに総司の妹なの、かっ!?」
 「・・・・・・・なるほど。そういうことですか」
 言葉を失っていたあかねだったが、すぐに状況を理解したのかにっこりと総司に笑みを向ける。

 「まぁ、遅かれ早かれこうなる日が来ると思っていましたから・・・・・・気になさる必要はありませんよ?兄さま」
 あえてハッキリ『兄』の言葉を口にしながらも、あかねは総司に優しく微笑む。
 泣きそうな顔をしたままの総司を安心させるかのように。

 「にぃ、さま・・・・・・ってぇことは」
 「本当に・・・・・・?」

 「はい。皆さまに黙っていたのは申し訳なく思いますが、新撰組縁者がいるなどと敵に知られればこの身に危険が及ぶかもしれないと・・・・・・局長が案じて下さり今日まで秘密にして参りました。どうかお許しください」
 あかねはその場に正座すると、手にしていたお盆を置き深々と頭を下げる。

 この状況で動じることなく淡々と説明してみせる姿は、さすがとしか言いようがない。
 土方でさえ動揺して言葉が浮かばなかったというのに、あかねは平然と対応してみせたのだ。
 それも。もっともらしい言葉を並べて。

 「あぁ、そういうことでしたか・・・・・・それは当然のことですね。さすが局長」
 あかねの言葉を素直に受け入れたのは、一番純粋に出来ている藤堂だった。
 「お、おぅ。そうだな」
 藤堂の言葉を受けて永倉も一拍遅れながらも頷く。

 ただひとり。
 原田だけは・・・・・・眉間にシワを寄せて首を(ひね)っていた。

 「・・・・・・ってぇ、ことはよぉ・・・・・・」
 「どうした、左之?」
 「いや・・・・・・今まで総司とデキてるとばかり思っていたけど・・・・・・それは勘違いだったってことだよな?」
 「あぁ・・・・・・ま、そうなるわなぁ」

 「ってぇ、ことはよぉ?あかねは誰のものでもねぇってことだよなぁ?」
 「あぁ・・・・・・そうなるよな」
 「だったら、あかねを口説いてもいいってことなんじゃねぇの?」

 「馬鹿、お前それは手を出すなって・・・・・・アレ?なんで手ぇ出しちゃいけねぇんだっけ?」
 「そりゃ総司の妹って知らずに手ぇつけたら・・・・・・半殺しにされっからだろ?」

 「誰に?」
 「総司に」
 「・・・・・・ってぇ、コトは?」
 「・・・・・・」
 顔を見合わせる二人。

 「そうか。俺らは総司の女だと思ってたが・・・・・・」
 「そう。違う上に妹ときたもんだ」
 「んじゃ、俺らにもまだ望みが・・・・・・?」
 「そうだ、好いた惚れたは当人の自由」
 「・・・・・・あかねが選ぶこと、だよなっ」

 二人は交互に言葉を交わしながら、次第に表情を明るくしていくと最後には声を揃えた。

 「「口説いちゃならねぇ、わけじゃねぇ!」」

 「あっ、おいっ!?」
 焦ったような表情を浮かべる土方が口を挟むが、ノリにノッてる永倉に怖いものなどない。
 近藤に至っては青い顔で額に汗を浮かべている。

 「だって、無理矢理押し倒す以外にダメだと言われる理由はねぇだろ?」
 「あかねが誰に惚れるかは自由ってことじゃねぇか?」
 「だよな?左之?」
 「な、八っぁん!」

 最高に盛り上がる二人に、土方は更に頭を抱えた。
 「だから、この二人にだけは知られたくなかったんだ・・・・・・」

 そんな土方の呟きが二人に届くことはなかった。



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