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ギルド『暇人工房』の割と穏やかで喧しい日常  作者: 若桜モドキ
精霊さんは『みゅう』と鳴く
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精霊さんはデリケートです

 みゅう、みゅう、と歌うようなかわいらしい声が響く裏庭。

 普段は芝生と、畑の土色だけがあるそこは、薄い青と緑に覆われていた。

 ビジュアルがカワイイ系だから絶句する程度ですんでいるけれど、これは結構なレベルの衝撃的な光景のはずだ。足元をわさわさと、ふわふわと、毛玉が浮かんで踊って移動している。


 ブルーが大量に呼んだ『この子達』。

 それは『水』と『森』の属性を持った二種類の精霊のことだった。


 これ、これが、この世界の『精霊』らしい。

 こんなふさふさもふもふした、これがこの世界ではそう呼ばれているらしい。

 ……僕がイメージしてきた精霊と違う。


 ほた、精霊といえばある程度こう、人の形をしているとかあるじゃないか。よくあるゲームとかアニメとかマンガとかでは、そういう感じじゃないか。美少女だったりとかして、時としてヒロインを担当していたりなんかして。そういうものだという知識が、僕にはあるけど。


 しかし目の前の毛玉は、どう頑張っても毛玉だ。

 小さい手のようなものが、みちみち、と上下している。

 足は見えない。もしかするとないのかもしれない。

 まるっこい、僕の手のひらに収まる程度の大きさのそれ。

 僕には、ガーネットが言ったようにケセランパサランにしか見えなかった。いや、そもそも精霊は特定の属性のもの以外は、たとえ『精霊術師』といえど見えないのではなかったか。

 僕には、この毛玉の大群がはっきり見えているけど。

 いや僕だけじゃない、おそらくこの場の全員が見えているし。

 何より――足元でさわっさわされて、その、くすぐったいというか。


「……ふふ、もふりたいならもふってもいいのだ」

「え、いやそれは」

「この子達ははぐはぐされるのが大好きなのだ。甘えっ子ばかりなのだ。……ほれほれ、そこのお兄さんが遊んでくれるそうなのだ。さぁ、かわいいお前達、目一杯に甘えてくるのだ」

 ブルーが両腕いっぱいに毛玉、じゃなくて精霊を抱きかかえて笑っている。

 彼女が僕を指さすものだから、数匹がふわふわと僕の方に漂ってきた。

 みゅう、と僕の目の前に精霊がふわりと漂う。

 つぶらな瞳がじーっと、僕を見ている。

 これを何に近いか例えるならば、子猫のような瞳だろうか。形ではなく、その視線というべきか。手を伸ばさずにはいられない、触れずにはいられない衝動がこみ上げてくる。

 おそるおそる、僕は精霊を撫でようとしてみた。

 薄青い、もふりとした毛に僕の指先が埋もれていく。


 ……温かい、柔らかい。

 もわっとして、ふさっとして。


 フェイクファーというものに触ったことがあるけど、あんな感じだ。ふわふわで、暖かくてずっと触れていたい。そんな感じがする。頬をすり寄せて抱きしめて撫で回したいような。

「うわあああ、もふもふだぁ……」

 ガーネットが壊れたように毛玉に飛び込んでいる。

 精霊は嫌がらず、みゅう、と鳴きながらガーネットにすりよっていた。

 甘えているのだろうか、あれは。気持ちよさそうに見える。


 ブルー?

 彼女は毛玉に埋もれて、もう見えない。


 かろうじて時々指先が見えるけど、身体は完全に埋もれている。あぁ、声もする。楽しそうな笑い声だ。……酔っぱらいみたいだなぁ、と言ったら殴られそうなので黙っておく。


 適当に精霊を撫でつつ、僕は隣で絶句したままのエリエナさんを見た。

「エリエナさん、それでこの精霊はどうするんです?」

「えっ、あ、はい。精霊は満足すると、そこに実りをもたらすんです。精霊がいることでこの世界には恵みが与えられて……要するに精霊が気分よく住み着いたらそれでおっけーです」

 ここでエリエナさんによる、精霊と世界とみのりの関係性の講座が始まった。


 この世界において、精霊というものは重要な存在。飲料水となる水が絶えず湧き出しているのも精霊のおかげ、森が豊かなのも精霊の恩恵。彼ら無しには、この世界は成り立たない。

 けれど人の手が入ったところは、なぜか精霊がいなくなってしまう。

 だから人々は、『精霊術師』という存在を、とてもありがたいと思っている。彼らは精霊と持ちつ持たれつの関係で、言うならば相互通訳を担当する大事な立場なのだという。


 そう、精霊にだって意思はあるのだ。


 おなかがすくことだって、寂しいと思うことだって。

 人並みに、あるいは、人よりも、感じたりすることがあるのだ。


 ほんのちょっとしたことで悲しんだり、傷ついたり。いなくなってしまったり。感情の塊とも言われるほどに、彼らはとてもとてもデリケートなのだという。

 だから住み心地のいい環境と寝床と、美味しいご飯が必要――とのこと。

 ブルーが使役するのは水と森の精霊だから、きれいな湧き水や井戸水、それと葉っぱでいいのでは、とのことだ。ハーブがいいらしい、それなら畑で育てるから大丈夫だろう。


 それにしても。

「いなくなったり住み着いたりって、何だか座敷わらしみたいだな……」

 思わずつぶやき、裏庭をもっさもっさと移動する精霊を見る。

 精霊達はブルーやガーネットに群がって、とても楽しそうに鳴いていた。こうしておひさまの下で誰かに甘えられて、とても嬉しい、嬉しい、と全身で喜んでいるのだろうか。

 みゅう、と手のひらに乗っていた薄緑の精霊が僕を見上げてくる。

 甘えるような声に笑みを返し、僕はそっと包み込むようにして優しく撫でてやった。


 精霊は『精霊界』なる、こことは違う場所から呼ぶらしい。こうして誰にでも見ることができる実体ごと呼び出すのは、下位精霊と言えどかなり難しくて負担も大きいのだそうだ。

「ブルーって、高位精霊とか呼んだりしないの?」

「高位精霊? ……あぁ、あれか。どうでもいいのだ、あんなの」

 かわいくない、とブルーはもふもふを愛でる。

 あんなのって……と、苦笑するエリエナさんにブルーは言い放つ。


「私は、痴女い半裸のお姉さんやチャラいホスト野郎に興味ないのだ」


 ブルーが痴女だのホスト野郎だの、散々に言い放っているもの。

 それらは『召喚術師』――というより召喚術実装前のゲームにおいて、アイドルの地位に君臨していた人型の精霊のことである。精霊というところから、肌を晒したものが多いらしい。

 どうやらセリフなんかも設定されているようなのだが、何を思ったのかこう、いろいろ奔放なタイプが多いとのこと。上位に行くほどそれが目立っていて、しかも誰もが連れていて。


「見飽きたのだ」


 こっちがいい、とブルーは再び毛玉を愛でる。

 見目はともかくとして、誰もが連れていた程度には高位の精霊は強い。

 だがしかし、彼女はこの毛玉を選ぶという。

 一匹では何もできないほど弱くとも、集まればとても強くなる――とブルーが褒め称えるこの下位精霊が、ゲーム時代からのお気に入りなのだという。どうやら、精霊魔法を使うとカットインよろしく画面に出ていたらしい、これが。そして一目惚れしたのだという。

 精霊には個別の数値があり、その総量で魔法の威力が変わる。呼べば呼ぶほどMPが削られていくことからして、より高位の精霊をたくさん呼ぶことが強さの秘訣なのだそうだ。

 そこら辺の仕組みはこの世界でも同じ。

 数値なんてものは見えないけど、することは変わらない。

 つまり、ブルーは非常に燃費の悪いことをあえてしている、ということで。


「燃費の悪さなんぞどうでもいいのだ。どーせ戦わないのだから、あえてちっとも興味のないもの見る苦痛より、この子達がみゅうみゅう頑張ってるのを見る方が精神衛生的にいいのだ」


 なー、とすりすりしながらブルーは言う。

 なんというか、やっぱりブルーはどこかおかしい。

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