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ギルド『暇人工房』の割と穏やかで喧しい日常  作者: 若桜モドキ
精霊さんは『みゅう』と鳴く
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まずは精霊さんを呼びましょう

 工房を建てた土地の、大半を占めるのが畑だ。丁度工房の裏手にあって、獣避けに木の柵でぐるりと囲ってある。魔物より怖いのは獣だ、少なくとも魔物がいない街中にとっては。

 魔物は、それを避けるための処置が施されているから入らないけど、各種獣は我が物顔で普通に入ってきてしまう。警護とは基本ヒトと魔物が対象で、獣は二の次以下だから。

 まぁ、本当に危険なものははいらないのだけれど、畑は荒らされてしまう。


 しっかりと守られているこの畑は、しかし枯れた残骸しかなかった。

 僕の目の前では、固く手を握ってプルプルしているブルー。

 彼女の栽培スキルはかなり高い。食材は自分で作っていたらしく、育てられない種は、ゲーム中ではほとんどなかったのだという。微妙にゲームの名残りを残す世界は、きっと彼女に味方する……はずだったのだ。僕も、ブルー本人も、他のみんなもそう思っていたのに。


 結果はご覧の有様。

 植えた苗はことごとく枯れ果てて、種はどうやら腐っていた。なぜわかるかというと種はウズラの卵ほどの大きさがあり、掘り返して確かめたのだ。でも植える前は普通だったはずで。

 というか、植えたの昨日だったんですけど……。


「う、うそなのだあああああっ!」


 その日、朝早くから工房に彼女の悲鳴が響き渡った。



   ■  □  ■



 朝の早い時間から、工房は騒がしい。

 まだ空の薄暗さが残る時間帯に、いろいろと荷物が届くからだ。

「おはようございます、エリエナさん」

 僕が駆け寄るのは一人の少女、そして数台の荷馬車。青みがかった黒髪をおさげにしたエリエナという名前の彼女は、朝の憂鬱さを吹き飛ばすような満面の笑みを返してくれる。


「あ、おはようございまーすっ」


 彼女――エリエナさんは、レーネ近郊にある『大農園』の主だ。

 年齢は僕やブルーと変わらないくらいの、たぶん女子高生ぐらいだと思う。両親を数年前に亡くしてから、彼女が周囲の協力に支えられながら切り盛りしているのだと聞いている。

 何事もなければ、社交界に華やかな装いで躍り出る伯爵令嬢、だとか。

 だけど本人はドレスよりも畑が好きで、別に一緒に来る必要はないというのに、こうして毎朝の配達にもついてくる。自分があの農園の主なのだから当然です、と笑って。

 エリエナさんは、しかし周囲をきょろきょろと見回した。

 あぁ、ここにいるはずの姿がないのに、やっぱり気づいたんだろう。


「……ブルー、寝坊ですか?」

「それが、ちょっと話せば長いような短いような……」


 疑問符を浮かべるエリエナさんに、説明する。

 昨日、畑に苗やら種やらを、それこそ片っ端から植えたこと。だが、朝起きたら見るも無残に全滅していたこと。それにショックを受けたブルーが、絶賛ふて寝中なこと。

 あれには僕も衝撃を受けた。畑に肥料がなかったというならともかく、それなりに気を使っていたのに。土だってふっくらしているし、どうして一夜にして枯れ果て腐り落ちたのか。

 ふんふんふん、と聞いていたエリエナさんは、少し考え。


「あー、それって『精霊』がいないからかもー」


 エリエナさんいわく、それぞれの土地には『精霊』がいるのだそうだ。それが大地を守り豊かにするのだとか。彼女の『大農園』でも、定期的に精霊を呼ぶ舞を奉納するという。

 聞いた感じではあれだな、神楽……だったっけ。

 そういう感じの身振り手振りを、エリエナさんが披露してくれる。

 土地ごとに対応した『精霊術師』を、何人か雇用もしているのだとか。


「精霊って、いなくなったりするんですか?」

「わりと、すぐに」


 だから気を抜けないんですよね、と。

 そこまでいうと、エリエナさんは一緒に来た屈強なおじさん達に声をかける。いつも通り厨房まで運んでおいて、とか何とか。それから僕は彼女につれられて裏庭の畑に向かった。

 枯れた苗も腐った種も放ったらかしの畑は、何とも言えない雰囲気がある。

 匂いはしないけど、こう、なんだろう。

 ホラーな感じが、びしばしと……。

「でもブルーって確か」

 言いかけたエリエナさんが、最後まで言わずに口をつぐむ。


 あぁ、そうだ。

 ブルーは『精霊術師』なんだ。その力を持つ人は、特別な何かをする必要もなく、世界にあふれている精霊を目にすることができる――という設定で。ゲーム上ではそう書いてあるだけだったのだけれど、この世界では実際にそういう感じなのだという。

 その割にはブルー、何も言っていなかったけれど。


「んー、もしかしたら」

「何か心当たりが?」

「基本的に、ヒトには生まれつき『加護』の付いた属性があるんですよ。例えばあたしは『風と命』。これは『精霊術師』に限らないんですけど、その加護付きの属性の精霊以外は普通は見えないものなんです。あたしの場合は、風や命の精霊しか見えないってことですね」

「えっと、つまり」

「この土地に元からいた精霊と、ブルーの加護が合ってなかったら――」


 彼らがいなくなっても見えない、と。

 職業を『精霊術師』にでもしない限りは、ほとんどロールプレイのネタにしかなっていなかったというあの初期設定の『属性』の重さを、今ほど感じたことは無いと思う。

 しかしまいったな、精霊がいないとどんなに土地を改良しても意味が無いわけだし。

 せめていなくなってしまう前に、気づくことができれば……。

 思案する僕に対し、エリエナさんは明るい笑みを向けて。

「大丈夫ですよ、また新しくここに『住んで』もらえば」

「そんなにうまくいくんですか?」

「ブルーほどの『精霊術師』なら、下位精霊ぐらいたくさん呼べるはず」

 ですし、とエリエナさんが言い切るが早いか。

 頭上の窓がばぁんと開き。


「私の畑が何とかなるというのは本当なのか!」


 飛び降りそうな勢いで身を乗り出す、ブルーの声が響くが早いか。すぐさま階段を駆け下りてきたブルーにも、エリエナさんから精霊と畑に関する一連の説明がなされる。

 それを興味深げに聞いていたブルーは、なんだ、と小さく答え。


「つまりこの子達を、ここで放し飼いにすればいいのだな?」


 薄青色や薄緑色をした、林檎ぐらいの大きさの『毛玉』を大量に呼び出した。

 それはあっという間に裏庭に溢れかえって、その数は――ざっと見た感じでは百ぐらいはいるだろうか。みゅう、みゅう、みゅう、と歌うようなこれは、鳴き声ですかね。

「うふふ、かわいいなぁお前達」

 毛玉を一匹一匹拾い上げては、すりすりと頬を寄せるブルー。


「え、なにこのケセランパサランの大群……」


 驚いて工房から飛び出してくるなり、この光景に絶句したガーネットの前方。

 大量の毛玉に埋もれて、至極ご満悦のブルーがいた。

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