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ギルド『暇人工房』の割と穏やかで喧しい日常  作者: 若桜モドキ
工房の他愛無い一日の流れ
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集合商店『暇人工房』 ―夜―

 ブルーの食堂は、開店直後は普通に食堂で昼前後から夕方はカフェで、そこから閉店までは酒場でもある。つまりどこかの時間帯にお客が集中せず、均等に一定数はいる感じだ。

 夜になると別棟の店舗、つまりレインさんテッカイさんの店が終わり、二人が手伝いに来てくれるので僕も楽だ。えぇ、僕は主に食堂でウエイターしてます。厨房にはウルリーケとガーネットが配備、一番の稼ぎタイムである酒場は本日も大繁盛の満員御礼ありがとう。


 仕事終わりのおじさん連中はすっかり常連で、今も気持ちよく酔っ払って笑っている。

 ここの人はみんな明るくお酒を楽しんでいるから、給仕する方も楽しい。どこからともなく楽器が取り出されて、レインさんも参加しての即席楽団による演奏会なんかもある。

 基本的にレーネは田舎だから、来るのも常連さんが中心だ。

 たまに宿で話を聞いて来たらしい冒険者もいて、それとなく情報を交換する。たまに人探しの話なんかも来る程度には、ここは冒険者関係の情報が集まりやすい場所になっている。


「鳥の軟骨唐揚げお待たせしましたー。レモンか塩をかけてどうぞ」


 常連になっているおじさん数人のテーブルまで、注文されたものを届ける。

 そこにはすでに酒のつまみがどっさり。

 食堂でもなく、酒場でもなく、むしろ居酒屋なんじゃないだろうか。

 思うけど言ったらブルーに怒られる。あくまでもここは食堂、そういうことらしい。夜用のメニューが完全に居酒屋風だってことも考えちゃいけない、いけないんだ。


「ブルーさん、天ぷら盛り合わせが二つ、揚げ出し豆腐が三つ、だそうですよー」

「了解なのだ」

「向こうに酒が五人前ーっと。あれ、ねぇな。下から持ってくるわ」

「テッカイ殿、玉ねぎを幾つか酒のついででいいから出してきてほしいのだ。レイン嬢は人参とじゃがいもを、袋ごとで。ガーネット、それが終わったらホールに出て欲しいのだ」

「任された。ほらテツ、行くぞ」

「それとウリ、殻をむいたエビをこっちによこせなのだ」

「……う、ウリじゃないのに」


 厨房の中は賑やかなもの。僕は帰りがけにもらった注文をコルクボードに貼り付け、出来上がった料理をテーブルへと運んでいく。一人でやって来た旅人に、熱燗とつまみの枝豆だ。

 個人的に食べ物関係が充実しているのは、とても幸いなことだと思っている。

 美味しいものを食べられる、それだけで気分が向上するからだ。

 食べ物以外だってそう、飲み物とか、僕は飲まないけどアルコールとかも。

 いや、飲めなくはないのだろうとは思う。この世界の成人は十五歳で、飲酒に関する法的な禁止事項もないらしい。とはいえ気になるわけで、おそらく二十歳になるまで飲まない。

 身内の飲み具合を思うと下戸の家系で、どうせ舐める程度で限界だろうし。


 ブルーなんかも同じような考えらしくって、店に出すお酒を決めるのは基本的にテッカイさんやレインさんの担当だ。お酒は常に同じものを置くのではなく、その時あるものを。

 値段はそう高くないような、庶民的なものを中心に揃えているらしい。

 大衆食堂なのだから、そんな感じでいいんだろう。

 とはいえ、お高いお店ではないので、時として迷惑なお客も多く。


「今日はやけにお客さんが多いですよね」


 と、僕の横で少し休憩していたガーネットが、笑いながら注文をとりに行った時だ。

 彼が向かった方向で、がしゃん、と食器が割れる音がする。

 上半身だけ防具を脱ぎました、といった出で立ちの――おそらく僕らと同じ元はプレイヤーである、現在は基本的に『冒険者』と呼ばれる二人組が、胸ぐらをつかんで睨み合っていた。

 まさに一触即発。

 今にも周囲をなぎ払いながら、取っ組み合いをしそうな雰囲気だ。

 いや、取っ組み合いならまだいいと思う。

 彼らの手の届くところには、それぞれの武器がある。


 それは槍と長剣。

 この混みあった店の中で振り回されたら、迷惑どころの話じゃない。


 こういう時に頼りになるのがテッカイさんだけど、タイミングがなんて悪いんだ。

「おっきゃくさーん、騒ぐなら出てってもらいますよー」

 僕より近いところにいたガーネットが、酔っぱらい二人に応対する。

 彼らの表情は、明らかに彼を甘く見たものだ。あれで結構強いということを、まぁ、知らないのは当然なのだけれど、だったらなおさら売りさばくケンカの恐ろしさを知るべきだろう。

 僕は一度カウンターまで、手にしていたトレイを置きに行く。

 ガーネットにだけ、任せている訳にはいかない。なぜならこの物件の所有者は、一応僕になっている。僕こそが、率先して行動を起こすべきなのだ、せめてこういう時ぐらいには。


 確かに僕は弱いけれど、だからってそれに甘んじていたいわけじゃない。

 腰にある、学生鞄のような四角いポーチをぱちりと開く。

 そこには数冊、それなりに厚みのあるの本が収められていた。幾つかつけられている付箋をガイドにしてあるページを開くと同時に、彼らの意識に僕という存在が入り込んだ。

 ガーネットが心配そうにこっちを見ているけれど大丈夫。

 僕だっていざという時は、ちゃんと『ギルドマスター』をやれるんだから。


「んだぁ、お前ぇ……」

「僕はここの主です。他のお客様の迷惑になりますから、これ以上暴れるなら出て行ってもらいます。ここは誰もが楽しく夕食を取る場所、あなた方のような方はとても迷惑です」

「この……ガキのくせしてっ」

 ぐっと僕の胸ぐら、いや首を狙ってくる腕。

 掴んでそのまま持ち上げて、脅してくるつもりなんだろうけど。


 それより早く、僕は開いた本の文字をなぞる。

 太めの文字で綴られた『タイトル』を、すぐ下の本文を。


 相手の手が僕の首に迫り、つかむために指が曲がろうとした――まさにその瞬間。

 ずる、とも、しゅる、と聞こえる音が、足元に生まれた。

 僕から少し離れるようにしつつ、彼が足元を見る。

 その瞬間、拘束するのにちょうどいい、しなやかで堅牢な蔦が現れ、二人の男をぐるぐると縛り上げていく。逃げようと振るわれた腕を固定し、足の関節には念入りに絡みついて。

 もがくほどに締めあげ、彼らは崩れ落ちるように床に転がった。


 僕が開いていたのは『つる草の魔物』のページ。これという物語はなく、むしろ生体を記したに等しいそれは、シンプルなものではあるけれど――こういう簡単な行為にはもってこい。


 仕上げにぽんっと花が咲き、周囲からどっと笑い声。

 その声が聞こえたのか、酒瓶を抱えたまもなくテッカイさんがやってきて、僕に荷物を任せると件の二人を引きずって外へいく。しばらくの間、腹に響くような低音ボイスによる熱血系の説教が響き続けていたけど、閉店する頃には終わっていたからたぶんきっと大丈夫。

 あぁ、今日も騒がしい営業時間だった。

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