表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギルド『暇人工房』の割と穏やかで喧しい日常  作者: 若桜モドキ
工房の他愛無い一日の流れ
17/136

甘味茶屋『みるふぃいゆ』

 おやつ時の時間には、近所の子供や若い女性らが甘味を求めてやってくる。

 一番お客さんが少なくて、僕らも休息できる時間帯だ。


「にーちゃ、にーちゃ!」

「おにーちゃん、あっそんでー!」


 と、僕の周りをくるくるまわるのは、店のお客さんの子供だ。

 年齢が近いというのもあるんだろう、二人とも同じようなデザインの子供服を来ている。

 淡い茶色、栗色のような、落ち着いた色味の服に、白いブラウス。元の世界でも見かけたようなデザインで、子供服というものはどんな世界でも同じような方向性なんだなと思う。

「そうだなぁ、今日は何をして遊ぼうか」

 二人の手を握って、食堂の隅へ。

 いつもは誰かがもう一人いるけど、みんなそれぞれのお店が盛況で忙しい。

 だから鬼ごっことか、ああいうのはさすがに無理だな。

 じゃあどうやって、このお子様二人を満足させるかというと。


「今日は『荊の城の眠り姫』の話をしようか」


 さっと取り出した絵本の、少し手の込んだ読み聞かせ。

 たったそれだけだ。

 これが意外と食いつきがいい、とくに女の子。

 僕が知っている子供向けの話――つまり童話がどうしても有名どころで、女の子が主人公になることが多いから。今は男の子向けに、創作童話を考えているところだったりする。

 カフェとなった食堂は子連れのお客さんも多くて、そんなお母さん方がそれぞれおしゃべりする間、子守を担当するのは主に僕の仕事。おかげさまで、すっかり子守にも慣れた。

「おひめさま! おひめさま、わーい!」

「うー、きょうはゆーしゃのはなしだとおもったのにー」

「大丈夫、このお話には王子様がいるから」

「じゃあみるー」

 うまい具合に男の子も釣り上げて、さっそく絵本を開く。


 これは僕のお手製の絵本だ。

 うろ覚えの眠り姫の童話をざっくりとまとめ直し、少し男の子も喜びそうな要素――王子様の大活躍シーンを増してみたつもりの話。お陰で魔物が登場するバトルシーンが生まれた。

 まぁ、魔物がいて、冒険者や騎士といった存在に憧れる子供も多い。

 これくらいのチャンバラシーンは、大丈夫だろう……たぶん。


「おまえ、そっちにすわれよ」

「はーい」

 二人は僕の左右にちょこんと座り、広げた絵本をじっと見る。

 それを確認してから、僕は絵本に意識を集中させて。

「むかしむかし、とある平和な国の王様と王妃様がおりました」

 こほん、ともったいぶるように咳払いをし、すっかり読み慣れた内容を語る。すると絵本からふわりと浮かび上がるものがあった。それは絵本に描かれたお城、そして一組の男女。

 ブルーとウルリーケの二人に描いてもらった挿絵が、絵本の上に浮かんでいた。


 男女――王様と王妃様は手を取り合い、楽しそうにくるくる踊る。

 物語はこの二人のもとに、一人娘であるお姫様が生まれた日から始まった。彼女の誕生を祝うために国中の魔女が集められ、彼らは一人ずつお姫様に『祝福』を送ったのだ。

 美しくなるように、心優しくなるように、幸せになるように。

 しかし嫌われ者の黒い魔女だけが、その宴に呼ばれず。

 だから彼女は怒り。


「黒い魔女は言いました、『祝福の代わりに呪いをくれてやろう! 王女は十七で死んでしまうのだ!』。すると一人の魔女が前に出て言いました、『ならば更に祝福を! 王女は死ぬのではなく千年眠るだけ!』。そして黒い魔女は笑いながら、去っていったのでした」


 言葉に合わせ、黒いとんがり帽子の魔女が腕をふるい、それに答えるように白いローブの魔女が両腕をゆっくりと上げる。こうして物語は十数年後のシーンへと至る。

 魔女の呪いは、糸車の針を鍵に発動するものだった。

 だから国王と王妃は、国中の糸車を燃やした。そして王女は大事に大事に、お城の中で守られながら十七歳まで成長したのだけれど、ここで終わるなら物語にはならないわけで。


「王女様は塔を登っていきます。からからから。聞いたことのない音に誘われて」


 国から失われた糸車。

 だから王女様は何も知らない。

 糸車という、その存在すらも知らない。

 だから気になってしまった。好奇心は抑えきれない。彼女は塔の最上階で糸車を操る老婆に出会う。それは黒い魔女が変装した姿。王女様は手を伸ばし、指先に血をにじませ倒れた。

 そして黒い魔女の高笑いが響く城の中は、茨に覆われて封じられた。

 国中の時間が止まり、お姫様と共に眠りについたのだ。


「千年が経った頃、遠くの国から一人の王子様がやって来ました。彼の前に白い魔女が現れて国に起きた悲劇を語ります。そして王子様に一振りの剣を授け、『勇敢な王子よ、どうか非業の眠りに落ちた姫をお救いください』。王子様は力強く頷き、荊の城へと向かったのです」


 茨に覆われた城の中、王子が銀色の光り輝く剣でそれを切り払う。この千年、何人も切り払うことができなかった魔法の茨は枯れ果て、待ち構える魔物をばっさばっさ切り捨てた。

 王子はあっという間に、城の最上階で眠り続ける、王女のもとにたどり着く。

 死んだように眠る王女にキスをすると、彼女は目を覚ました。

 同時に城の時間も動き出して、白い魔女の説明に国王と王妃は涙をこぼし喜んで。


「こうして王女様は王子様と結婚して、みんなが幸せになりました」


 めでたしめでたし、と。

 ぱたり、と本を閉じてから――最後のページを開く。

 幸せそうに寄り添う美しい王女と、彼女を抱き寄せ微笑む王子。

 そして美しい花々。

 ウルリーケの自信作だというこのエピローグの、二人が白い服を着ているところからして結婚式をイメージしたらしいイラスト。それが両脇の子供達に見えると同時に、花が咲いた。

 文字通り、本の上にぽわっとあふれるように。

 それは嬉しそうに女の子が手を伸ばして、でも触れることができない花。

 少し残念がっているけど、きれいきれいと女の子はご満悦だ。


「かわいいお姫様にかっこいい王子様、本日のおやつがさくさくに焼けたのだ」


 そこに現れたブルーの手には、籠の中にどっさりと入った焼き菓子。

 いろんな形のそれは子供達の大好物だ。すぐさま僕は彼らの興味から外れて、一人取り残されてしまう。まぁ、取られた、なんて思わないのだけど、元気だなと飛び跳ねる姿を見た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ