武具工房『鉄塊』
雄叫びを聞いて、僕とレインさんは階段を降りた。
別棟一階は工房兼店舗になっている、テッカイさん曰く『男の城』。作業場と店舗部分が同じ空間にあるレインさんのお店と一緒の作りのはずなのに、何とも大雑把というか……。
レインさんのお店は、友人や家族に引っ張られて連れて行かれた、おしゃれな雑貨屋と似た雰囲気だった。種類別に陳列されていて、彩りを考えた配置。
魔石を使っていないアクセサリーなんかもある。
レーネに伝わる民芸品、みたいなものとか。
艶が出るまで綺麗に磨いた木の板に、まじないの言葉をほったり。木の筒のようなビーズなんかにも当然装飾が施されていて、好きな人にはたまらない感じのお店になっていた。
一方、そのすぐ下にあるテッカイさんの店兼工房は、熱い。
暑苦しい。
まぁ、火を使う仕事だから当然だ。
だけど店主のテンションが、煌々と燃え盛る炉よりも熱く感じる。
テッカイさんは悪い人じゃない、むしろすごくいい人だ。いい人なのだけれど、こっちをぐるんぐるん回してくる。僕の手をとって、ハンマー投げみたいな感じに。
そのまま競技にちなんで遠くに投げられないのはいいことなのか、延々と回される続けるならいっそ投げられる方がいいのか。どちらがより疲れないのか、僕にはよくわからない。
いい人だし悪い人じゃない、だけどすごく疲れる人だ。
店の中も、どどん、とそこらに作ったものが置かれているだけ。
僕とガーネット、それとレインさんの三人で前にせっせと整えてお説教したので、今はそれなりに陳列してはくれるけど、基本的にそこら辺に気の向くままに置くばかり。
特にいろいろまとめて作った後なんかは、散らかり放題だ。
ハサミだとか、包丁、ナイフだったら楽だけど、装備品となるとかなりの重労働になる。
あぁ、後ろから降りてくるレインさんから、凍てつくような気配が漂ってきた。
前に整理した時、すごく大変だったからなぁ……。
テッカイさんは武具制作が生業で、だから品物はとても重い。最初は僕とガーネットだけでやってたんだけど、ひときわ重い鎧を運べなくてレインさんに手伝ってもらったし。
どうも、あれ以降も細々した手伝いをしているよう、だし。
「テッカイ、君は片付けという概念がないのか?」
振り返れば腕を組んだレインさんが、工房の奥にいるテッカイさんを睨んでいる。
常に温和そうな笑みを浮かべる彼女が、そうではない表情を見せるのは珍しいことだ。テッカイさんはよく笑い、よく泣く。喜怒哀楽が幼い子供レベルなのだ、とブルーは言っていた。
なお、そんなテッカイさんが二十代半ばで、このギルド最年長だったりするのだけど。と言うかやっぱり僕がギルマスっておかしいんじゃないかな、とメンバーの年齢を思うと感じる。
特にレインさんがいるわけで、あえて僕を選ぶ必要性は……。
「あー? なんだってー?」
大きな金槌を振り上げ、赤い鉄を叩き続けるテッカイさんは振り返らずに答えた。その手元は止まることはなく、おそらく剣か何かになるのだろう赤い塊を何度も叩く。
レインさんは腕を組んだまま、ため息混じりに言った。
「だから、少しは片付けという概念をおぼえたまえ、と言っているんだよ、わたしは」
「あー、まぁ、そのうちなーっと」
がちーん、と高い音が響く。
まったく聞こうという意思を感じられない。
テッカイさんのこの状態、よくある職人気質と言えば聞こえがいいのだろう。作ること以外は興味が無い、あるいはとてつもなく薄い。人生のすべてを制作することに捧げている感じ。
しかし僕は知っている、これがただの物ぐさ気質であることを。
ただただ、物を作れたらそれでいい人だった。
「……テッカイ、テツ」
かつん、と僕を押しのけるようにレインさんが歩いて行く。
そして歩きながら手にした鞘に納められている剣を手に取ると、それをそのまま振り上げ。
「せめて重いものぐらいは自分で運べ!」
思いっきり後頭部めがけて振り下ろした。
それは何度か繰り返されるけど、テッカイさんは平気な顔で作業続行。
わりぃわりぃ、と笑うだけだった。
何とも言えない恐ろしい光景に、僕は部屋の隅に移動して震えることしかできない。
これは生産職にして後衛職ばかりであるギルドでは唯一の壁役で、防御だけは凄いくらい高めてあるテッカイさんだからこそできることだ。さすがゲーム時代のみならずつい最近もドラゴンの巣に入り、ブレスで火炙りにされながら素材だけ頂いて帰ってきただけのことはある。
ちなみにそういう状態に、いかにして至ったかを簡潔にすると。
戦闘する気がない、戦わずに素材が欲しい。
そうだ、防御を固めればいいじゃない!
そういうことらしい、僕には理解できない世界だった。
「何の騒ぎなのだ」
そこにひょっこりと姿を見せるブルー。
不機嫌そうにしていた表情が、あちゃー、な感じに変化する。見てはいけないものを見てしまったという表情だ。実際、僕もそんな気持ちである。もう何回目かも忘れた光景だけど。
「あのさ……今から食堂の方、手伝おうか?」
「……よろしく頼むのだ」
そそくさ、と二人して出入口から店を脱出する。
昼ごろにはいつも通りの二人が、お昼ごはんを食べに来たので一安心。
……でもどうせ明日もまたレインさんの雷が落ちるんだろうなぁ、と思う。