装身具店『ジュエリーボックス』
この世界に迷い込んだ、飛ばされた――どっちでもいいけど、こうなった時、元々のプレイキャラクターの容姿に、僕らはそれぞれのリアルの容姿を流し込んだようになった。
元のゲームのままではないし、かといってリアルな方の容姿とも違う。
両方を合わせて、なおかつこの世界に合わせたような。
そこを思うと、ブルーやウルリーケはかわいい美少女だったのだろうし、ガーネットも美少年だったのだろうし、そしてテッカイさんもワイルド系の美丈夫だろうなと思う。惜しいのは基本半裸という女性受けしなさそうな格好と、常に汚れているので美形度が下がることか。
そういうところこそが逆にリアルだ、とレインさんは言う。
良くも悪くも、ゲームのままでは『作り物』。
それは画面を通してみるのはいい。
だけど実際に目の前にする時、自分の身体として眺める時に同じように思うかは、また別問題になる。不自然なほど整った容姿は、時として『不気味』に見えると、彼女は語った。
「そもそも人間の顔というものは、基本的に左右で非対称なのだそうだよ」
「へぇ……」
「そういうアンバランスさが人間の本質なのかもしれない。そして、だからこそ――」
と、レインさんは手のひらの中できらめく、赤いそれを日にかざしながら。
「美しいものに惹かれるのだろうね」
そんなことを、微笑を浮かべてつぶやいた。
金色の瞳を細めて、吐息混じりの悩ましい低音で。
……この人は一応女性だ。わかっている、女性なんだ。あまりジロジロ見るのも、と思うけどちゃんとよく見たら身体のラインは、ふっくらとして柔らかそうな感じだし。
ムキムキでゴツいテッカイさんと並んだら、余計にそう感じる。
だけど声が中性的で、筋肉質じゃない男性のようでもあり、なおかつ女性のお客さんに対するリップサービスがすごく巧みで、時々中身は男性なんじゃないかって感じがしてくる。
女性だからこそ女性向けの言葉選びがうまいのだ、とブルーは言っていたけど。
「やっぱりウルリーケは腕がいいな」
小さく呟きながら、レインさんは箱の中に入った石を見ている。
これは魔物がドロップするアイテムで、ゲーム時代は換金アイテムだった『魔石』だ。
ドロップするそれの大きさはまちまちで、飲み込めるような小さいものから、握りこぶしほどの大きさまで。対象の魔物の強さなどに合わせて、いろいろ違う。
元のゲームだと、大中小の三種類だったそうだ。
基本的には雑魚の魔物がドロップするもので、お金のかわりだったとかなんとか。
当然、この世界ではそんな大雑把な区別には収まらないものも多い。例えばダンジョンボスあたりからは、荷車を使わなきゃ運べないサイズが出るというし、それ目当てにダンジョンを定期的に渡り歩く冒険者も多いそうだ。ダンジョンそのものの数も、だいぶ増えたそうだし。
魔石にかぎらず、あらゆる物をダンジョンから持ち帰る。
これも冒険者の仕事の一つだ。
だから今も『冒険者組合』に持っていけば、魔石はそれなりの値段で売れる。ただしそれはドロップしたての無加工状態、つまり無色透明の結晶のままでなければいけない。
理由は簡単、『組合』が魔石を買い取るのは、各都市にある魔物よけの結晶に使うため。
とにもかくにも、魔石が大量に必要とされているからだ。
各都市の大聖堂の中央に、件の結晶はある。
その結晶は街の中に魔物が入り込むことを防ぐ力があり、人々にとっては神の化身のような存在で祈りを捧げる対象だ。この結晶に未加工の魔石を押し当てると、そのまま吸い込まれてしまうという。こうすることで結晶はエネルギーを補給し、力を発揮し続けるのだそうだ。
そういった理由から、魔石は換金アイテムとして今も存在している。
ただ、ゲーム時代はそれだけだった。
それ以外の価値は、なかった。
だけど実はこの魔石、錬金術師のスキルで加工するといろんな効果を持つ。というか冒険者以外は加工されたものを、日常的に使っているというのだから、僕らは驚いたものだ。
こうならなきゃ知らなかったこと。まぁ、こうなってよかったとは言わないし、そのうち明らかになるかもしれない設定だったかもしれないけど、何にせよ面白い発見だったと思う。
もっとも、この小さな魔石にできることは限られる。
簡単なステータス異常を治したり、簡単な傷を癒やしたり。
そして使い捨てだ。
あの魔物よけの結晶だって、魔石を与えなければいずれは朽ちて消えてしまうそうだ。魔石や結晶といったこれらの物質は、そういうものらしい。詳しいところは、僕も知らないけど。
話を戻そう。
このサイズの魔石は、大きさも値段も手頃なので人気のある商品だ。レインさんの店で使うのはおもにこの、卵くらいの大きさのヤツ。これを加工したものに細工を施し、販売中だ。
ウルリーケはスキルレベルも高いので長持ちしやすく、変な暴発もないそうだ。さらにレインさんが使いやすいよう加工して、使いきったら魔石の取り替えに応じるという細かいサービスのおかげで、他の雑貨屋などと比べてリピーターが多いらしい。
まぁ、お客さんの目当ては商品というより、レインさん本人かもしれないけど。
そんなレインさんは、ウルリーケが加工してくれたという赤い石を見ている。ガラスのように向こう側が透けて見えるそれこそが、一番人気の『火打ち石』だ。ダンジョンに潜るような冒険者はもちろんのこと、ご近所さんなどの一般市民な人にも売れ行き好調だと聞いている。
火打ち石、というからには基本的には適当なものに火をつけるための道具。
でも同時に専用のランプに仕込んで、明かりにもなる。主にランプ用として買われるため消費も激しく、取り換え用に石だけをバラ売りもしていて基本的には五個セット。
ガーネットが用意してくれた袋に詰めて、毎日好評販売中です。
そんな理由もあって、僕らは定期的に素材集めにいかなければならない。
次に行くのは三日ぐらい先、だったかな。
メンバーはたぶん僕とガーネットに、テッカイさんかレインさんのどちらか。三人一組で留守番と素材係を分けている。ちなみに僕は素材組に固定されている、レベル上げのために。
「あぁ、すまないがそっちの箱を持ってきてくれないか?」
赤い石をじっと見ていたレインさんが、別の箱を指さす。すらりとした指先が示す箱のなかには青い石。こっちは治療系だった……と思う。レインさんじゃないと、中身は不明だ。
僕はおとなしく荷物運びを手伝い続ける。
スキルが育っていないので、何もできないのが悔しく、情けない。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
ふわり、とレインさんが僕を見て微笑んだ。すでに渡していたからよかったけど、荷物が手にあったらきっと落としていた。それくらいドキリとしたし、思考が一瞬止まってしまった。
仮にレインさんが正真正銘の男性でも、たぶん緊張するんだろうなと思う。
何とも言えない、言ってはいけない。
そんな気持ちであわあわしている僕の耳に。
「あっちいいいっ」
全身を震わすような大声が階下から、殴り込む勢いで飛び込んできた。