第四話 オセロ 反転
組みしかれ、見上げる瞳は憮然としていて表情が読めない。というより、非難されている、そう感じた。
私が何かしたって言うの?そう責めようと開いた口元をかすめ、彼の髪が揺れる。
「あっ・・・・」
フル稼働している首筋の動脈。そこに当たる唇に、拍動が頭の中で鳴り響く。
「橙貴ぃ・・・・・」
情けない事に声が出なくって、藍はむしろ泣き出したい気持ちを堪え、唇を噛む。
何だって、こんな・・・・・。馬鹿やろう、こん畜生!!
抵抗も出来ず、体を硬くする。何しろ相手は合気道部元副主将。責めればその力を逆手に押さえ込まれる実力差がある。その方が恐い。
だから、そう多分そうだから、だから抵抗できない。彼女は思った。
「止めて・・・・。」
ただ自分とは思えない声で咽ぶだけ。腰を押さえ込む二本の足の感触は、細身でいながら正真正銘の男だ。
彼の唇は少しづつ下の方へとずれてゆき、半裸の胸を薄い布越しにやわやわと弄る。その瞬間に体を駆け抜けて行った甘い疼き。藍はその一瞬で“女の世界”を垣間見た。
虜になる、官能の世界。抜け出せない、誘惑。
暖かい吐息を浴びせながら、彼はうっとりと柔らかな双丘に頬を寄せた。見た目より豊かな、むしろ大きすぎる乳房。その谷間に顔を埋め、まるで子供の様に、甘える様に、口づけを落とす。
藍の太ももに当たる固まりが、橙貴の欲望をストレートに現している。
「お願い、橙貴、目ぇ覚ませよ・・・・。」
彼女の両手が彼の頭を押しのけようとする。
このまま意志がなく流されるのはい嫌だった。例え慎との間に有るのが男と女の感情ではなくても、それでも抱かれていいと思った。その気持ちとは違うのだ。行き当たりばったり、成り行き、偶発事故。せめて、せめて最後の一線で、自分を大切にしたかった。
二人の間に、風が流れた。彼がほんの少し体を離したのだ。
「俺、マジ、正気。」
彼の鼻先が藍のそれにこつんと当たった。
「藍、綺麗すぎるよ・・・・。」
それは私じゃなくて、あんた。そんないつもの突っ込みを口にしかけ、その中に温かな彼の舌が滑り込む。
「んっ、んんっ・・・・!!」
これ以上無いほど両目を見開き、信じられない、そんな想い目一杯で橙貴を見つめた。
彼は半眼で、その眉間には皺が寄っていた。それはこれから親友をレイプしようとしている欲求不満の駄男、というよりも、命綱の切れそうなクライマーの様だと藍は思った。
こんな時でも、彼は綺麗だ。
悔しい。
舌噛んでやろうか、それとも金的か、なんて考えはどこかで溶けて水になり、彼方へ流れてゆく。
彼女の全身から力が抜けた。
私は彼に勝てないんだ・・・・。
彼との様々な思い出が胸をよぎる。新人歓迎会での乱取りの相手をしてくれた橙貴。セクハラまがいの技を喜ぶ先輩に一発かましてくれた橙貴。学祭での呼び込みに練り歩き、その功績を後輩に譲り退散する橙貴。実力だったら上なのに、主将の顔を絶対に潰さない様に、必要以上に目立たない様に気配りしながら後輩の面倒を見ている橙貴。苦しいときも、馬鹿笑いする訳ではなく、でも笑顔を絶やさない橙貴。いつでも彼は輝いていて、ゴールデンカラーの日差しを背負っていた。
本当はこんなに好きなのに・・・・。
華奢なキャミソールはするりと外され、ヒップハングのジーンズは脱がせ易い。
彼の日焼けしたチョコレートカラーの肌が、彼女の日に焼かない白い肌と交わる。
彼は心の中で唱え続けた。
“性善説。性善説”
綺麗なまんまの藍が自分の手で汚れて行く。でも、それが理。ヒトは汚れていゆくモノだから、と。たまたまそれが自分で、他の誰にもそれを譲れないと気づいた事。そのわりに心の何処かで期待しているのは、彼女は藍染めの綿布の様に、例え染まっても透明な色彩を放つだろう、という事。
彼女の躯がしなやかにくねる。白魚さながら、指の間から滑って行く。だから彼は藍をそのまま呑み込もうとする。封じ込め、舌で味わいながら、躊躇わず。
思考回路ぐちゃぐちゃのの藍を見下ろしながら、やっと自分の本心を解き放てる自由を噛み締めた。
おれいろからー つづく
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