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木苺はわたしと犬のもの ~司書子さんとタンテイさん~ 作者:冬木洋子
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第一話 お祖母ちゃんの髪飾り事件(9)

 幸い、あちらの車線とこちらの車線は同じくらいの流れ具合で、トラックとタクシーは、後になり先になり、何度もすれちがいます。そのたびに、左の窓側の反田さんと光也君が、トラックの窓に向かって手を振り、必死の声を張り上げます。タクシーの運転手さんも、状況を察して、「お客さん、窓から手や顔を出さないでくださいよ」と牽制しながらも、なるべくトラックに速度を合わせてくれているようです。
 何度目かで、トラックの運転手さんが窓の向こうでこちらに顔を向け、タクシーの窓を、けげんそうに見下ろしてきました。気づいてくれたようです!
 でも、ただタクシーの窓から人が喚いているのに気づいただけで、まさか自分が呼びかけられているとは思わなかったのでしょう、不審そうにちょっと首を捻ったきり、また前に顔を戻してしまいました。
 そうですよね、なにを言っているか聞こえなければ、ただヘンな人たちがふざけて騒いでいるとしか思いませんよね……。ああ、もうダメなのかしら。
 と、その時、前方の信号が赤になって、トラックもタクシーも、停車しました。ちょうど良く、トラックの真横です! 今なら気づいてもらえるかも!?

 反田さんが、窓から身を乗り出し、トラックの窓に向かって声を張り上げながら、向こうと自分を交互に指差したり、窓を開けろというような手真似をしてみせました。
 トラックの運転手さんもさすがに自分が声をかけられているのだと気づいたらしく、窓を開けて顔を出します。
「すみません、そちらのトラックに高村さんは乗ってますか!?」
 反田さんの声に、光也君の叫びがかぶさります。
「琴里ちゃん、琴里ちゃーん!!」
 光也君、気持ちはわかるけど、今は黙ってたほうが……。
 たぶん反田さんの言葉が聞き取れなかったのでしょう、思いっきり不審そうなトラックの運転手さん。
「ああ? なんですか?」
「ああ、だめだ! すみません、一瞬だけ、降ろしてください!」
 そう言うなり、反田さんは素早くドアを開けて、運転手さんが止める間もなく車を降り、トラックの窓の下に駆け寄りました。
「すみません、この車に、高村さん、乗ってます?」
「は? ……荷主様のことだったら、この車には乗ってませんよ。この車は貨物専用で、人は乗せられませんから。法令で決まってますから」
「そうですか、すみません、ありがとうございました……」
 そんなやりとりが、切れ切れに聞こえてきます。
 ああ……。
 考えてみれば当たり前ですよね……。なんで琴里ちゃんがあのトラックに乗っているなんて思い込んでいたのでしょう。誰か一人だけならまだしも、家族全員が荷物と一緒に引越し業者のトラックに乗っているなんてわけ、ないじゃないですか。
 光也君が、がっくりとうなだれます。
 タクシーの運転手さんも事情を察したようで、「お客さん、困りますよ」と反田さんにお説教しながらも、声は同情的です。ああ、この方には大変お世話になりました……。わたしたち、迷惑な客でしたね。ごめんなさい。

 それから、わたしたちは、タクシーに元の場所に引き返してもらいました。反田さんが、迷惑をかけたし短距離で申し訳なかったからと、運転手さんの辞退を押し切って少し多めにお渡ししていたようです。そういえば、わたし、お財布も持ってきていませんでした。このタクシー代は、後で反田さんに半分お払いしなくては。
 さっき走り抜けた道を、今度はとぼとぼと歩いて戻ります。肩を落として黙りこくっている光也君が、可哀想です。
 琴里ちゃんの家の前を通り過ぎようとした時、反田さんが声をあげました。
「あれ!? 車があるぞ!」
「あっ、ほんとだ!」
 さっきは空っぽだったカーポートに、紺色の乗用車が止まっています。
「もしかして、戻ってきてる……?」
 光也君と反田さんは顔を見合わせ、わたしたちは門の中を覗き込みました。カーテンも何ももうなくなった、がらんとした窓の向こうで、何か、影が動いたような……?
「おい、光也、ピンポン押してみろ!」
「うんっ!」
「はい、どなた?」
 声と同時に、開けっ放しの玄関から、いきなりひょいっと女の人の顔が覗きました。見覚えのある、琴里ちゃんのお母さんでした。



 琴里ちゃんたちは、荷物の積み込みに立ち会った後、外に食事に行って、ちょうど今、最後の手回り品を自家用車に積み込みに、もう一度戻ってきたところだったのでした。ご近所さんへのご挨拶は朝のうちに済ませてあったため、お隣さんも、琴里ちゃんたちはもう出発してしまったと思っていたらしいです。
 光也君は、玄関先で琴里ちゃんと向き合ったまま、もじもじと俯いて、黙ってしまいました。
 反田さんとわたしは、その様子を、後ろからやきもきと見守ります。琴里ちゃんのお父さんお母さんも、反田さんが手短に事情を説明したので、にこにこと二人を見守ってくれています。
「ほら、光也、がんばれ……」
 光也君があんまりいつまでも黙っているので、反田さんが小さい声で言い、光也君の背中を小突きました。
「う、うん……。あの……っ、琴里ちゃん!」
「……なに?」
「……あの、ごめんね、琴里ちゃんの髪飾り、オレが持ってたんだ。返すよ」
「……なんで光也君が持ってたの?」
「児童室で拾ったんだ」
「じゃあ、なんで、探してる時にすぐ言ってくれなかったの?」
 それまでただ怪訝そうだった琴里ちゃんの声が、少し尖ります。それはそうですよね、あんなに一生懸命探してたんだから。失くしたって言って泣いてるのを、光也君もそばで見てたんだから。
「ごめん。言おうと思ったけど、言えなかったんだ……。ほんとに、ごめん。……あのね、オレ、どうしてもこれが欲しかったんだ。だから、落ちてるのを見つけた時、拾って、つい、ポケットに入れちゃったんだ。でも、琴里ちゃんが一生懸命探してるから、かわいそうになって、返したいと思ったけど、でも、いまさら持ってるって言いだせなくて……。ごめんなさい! 許してください!」
 光也君は、深く深く頭を下げました。そのまま、固まっています。
 わたしたちは固唾を呑んで琴里ちゃんを見守りました。琴里ちゃんは、じっと光也君を見下ろして、何か考えている様子です。
「……なんでそんなことしたの? なんでそれが欲しかったの? 光也君、女の子の髪飾りなんか、しないでしょ?」
「オレ……、オレ……。この髪飾り、琴里ちゃんが、いつもしてたから。だから、欲しかったんだ」
「なんで? どうして?」
「……オレ、琴里ちゃんのこと、忘れたくなかったから! これ見たら、いつでも琴里ちゃんのこと、思い出せると思ったから……」
 俯いたままの光也君の目から、涙が床に落ちました。
「……でも、ごめん! ほんとにごめん! これ、返すから!」
 光也君は、袖口で涙を拭うと顔を上げ、ポケットから、握りしめてくしゃくしゃになった封筒を取り出して、琴里ちゃんに差し出しました。琴里ちゃんは、手を出しません。そのまま、無言で向き合う二人。どうしたんでしょう。ああ、もう、じれったいです!
 しばらくして、琴里ちゃんが、ぽつりと言いました。
「……いいよ。それ、あげる」
「えっ?」
「お祖母ちゃんが、新しいのを作ってくれたから。ほら」と、自分の頭を指さして。前のものとはちょっと違うけどやっぱり可愛い、ちりめん細工の髪飾りが、ちょこんと留まっています。
「だから、それ、光也君にあげる。転校の記念のプレゼントに」
 横から、お母さんがにこにこと言葉を添えました。
「光也君、琴里はね、お友達みんなに、可愛い鉛筆と消しゴムを買って配ったのよ。お友達が記念のプレゼントくれたから、そのお返しに。でも、鉛筆とかはもう全部あげちゃって残ってないから、光也君には、かわりにそれを、ね。ねえ、琴里?」
「うん」
「……ありがとう。でも、オレ、琴里ちゃんに何もプレゼントしてないよ?」
「……いいよ、別に。今まで仲良くしてくれたお礼だから」
「今から何か、プレゼントしてもいい?」
「だって、もう、すぐ出発しちゃうから」
「じゃあ、プレゼント買って、後で送ってもいい?」
「いいよ。でも、高いものはダメだよ。一人二百円以内だからね」
「他のお友達も、みんなそうしてもらったのよ」と、お母さん。
 お母さんが、引越し先の住所をメモ用紙に書いて、光也君に渡してくれました。
「……あの、琴里ちゃん。転校しても、元気でね」
「うん。ありがとう。光也君もね」
「南小のこと、忘れないでね」
「うん。忘れないよ」
 それまで無表情に俯くばかりだった琴里ちゃんが、ふと顔を上げて、にっこりと笑いました。
「忘れないよ。南小のことも、みんなのことも、光也君のことも。ぜんぶ、ずっと、だいじな想い出だよ。少年探偵団も、楽しかったよ」
「その節は琴里がお世話になりました」と、お母さん。わたしは琴里ちゃんのお母さんと図書館で会っていたけど、反田さんも、少年探偵団の件で、琴里ちゃんのお母さんに連絡を取っていたらしいです。それはそうですよね、このご時世、知らない成人男性が小学生の娘さんを無断で連れ回したとなっては、下手すると通報されてしまいます。

 大人たちが頭越しに挨拶を交わしている間に、光也君は、なかなかの大胆さを発揮していました。
「あのさ……琴里ちゃん、ケータイ持ってる?」
「うん」
「メールしてもいい?」
「……うん」
「赤外線ついてる?」
「うん」
 ふたりは、お互いの携帯を取り出して、赤外線通信を始めました。……まあ、生意気。
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