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木苺はわたしと犬のもの ~司書子さんとタンテイさん~ 作者:冬木洋子
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第一話 お祖母ちゃんの髪飾り事件(7)

 プッシュボタンに指を伸ばして、やっぱり少し、ためらいました。反田さん、自分から教えてもいない番号にわたしが突然電話してきたら、やっぱり変に思わないかしら。ご迷惑じゃないかしら。もしかして、非常識だと思わて嫌がられてしまうかも……?
 いいえ、ためらってる場合じゃありません。わたし、せめて反田さんに相談しようと決心したんだから。このまま何もせずに終わるのは嫌だと思ったんだから。
 でも、電話をしたら、誰が出るかしら。反田さんご本人ならいいけれど、ご家族が出る可能性が高いですよね。そしたら、わたし、なんて言えばいいでしょう。当然、自分の名前を名乗るわけですが、あちらはわたしのことなんか知らないんだから、『誰だろう』と怪訝に思うかもしれません。もしかして、セールスの電話だと思われたりして? よく、わざと社名を出さずに個人名で電話して、ご家族に友達と勘違いさせて電話を繋がせる手口がありますよね。だから、近所のものだとわかるように、『四丁目の』を付けたほうがいいかも。
 用件は聞かれるかしら。それとも、反田さんをお願いしますといえば、何も聞かずに繋いでもらえるかしら。というか、よく考えてみれば、反田さんのご家族は、たぶん全員『反田さん』じゃないですか! 『次男さんをお願いします』というのも変だし、反田さんの下のお名前、何でしたっけ……? そういえば聞いたことなかったような。図書館の利用カードやリクエスト用紙に書いてあったはずだけど、憶えていません。
 ……しばらく考えて思い出しました。たしか、貞二さんというのです。でも、それも、ご本人から名乗られたわけじゃないんですよね。それを、なんでわたしが知っているのかと、変に思われないかしら。利用カードを見て名前を憶えてしまっていただなんて、本当はいけないことなのです。いえ、憶えてしまうのは不可抗力でしょうがないけど、そうやって業務上たまたま知ってしまった個人情報を口外したり、業務外のことに利用してはいけないのです。でも、いきなり自分から『図書館の利用者です、いつも探偵小説をリクエストしている者です』なんて名乗った反田さんが、そういうことをすごく気にするとも思えません。たぶん、わたしに名前を知られていて当然と思っているでしょう。むしろ、常連である反田さんの顔や名前をわたしが憶えていなかったとなったら、逆にがっかりするかもしれません。そういう人も、中にはいます。主に年配の方に多いですが、喫茶店で『いつものやつ』が通じるのが嬉しいタイプの方ですね。反田さんは、たぶん、そのタイプです。
 だからといって、相手が気にしないからいいというものでもないのですが、でも、電話番号を利用者登録情報から調べたわけじゃなし、お名前くらいなら……。だって、わたしと反田さんは、たまたま最初は図書館員と利用者という立場で出会ったけれど、実はご近所同士で、今では犬の散歩仲間で、互いの家から職業、家族構成、その他諸々まで知っている個人的な知り合いでもあるんだから、たまたま下の名前を名乗りあっていなかったというだけで、お互いに、もう、名前さえ隠すような関係ではないはずです。
 しばらくぐるぐる考えて、ご家族が電話に出た場合に何と言うかを頭の中で何度もシミュレートして、思い切って電話番号をプッシュしました。
 どうしましょう、なんだかドキドキします……。

 すっかりご家族が出るだろうと思い込んで覚悟していたので、いきなりご本人が出て、それはそれで動転してしまい、とっさに、「あ、あのっ……!」などと、上ずった声を出してしまいました。ああ、恥ずかしい。いい大人なのに、電話の一つもまともにかけられないなんて……。
 なんとか気を取り直して「司です」と名乗ると、反田さんも、「えっ? あ? 司書子さん!?」と、声を裏返しました。
 驚かれはしても、わたしが電話番号を知っていることや電話をしたことを不快に思われはしなかったようです。「どうしたんですか?」とわたしに問う声が、心なしか弾んで聞こえました。
 それに力を得て、わたしの仮説をお話しすると、反田さんは「きっとそうだ!」と叫び、すぐに光也に電話するから、と、大慌ての様子で、いったん電話を切りました。
 とりあえず肩の荷を下ろした気持ちで、ほっとして朝食の後片付けなどをしていると、しばらくして、反田さんから、息せき切るような声で電話がかかってきました。やはり、光也君が髪飾りを持っていたとのこと。児童室に落ちていたのを、ついポケットに隠してしまい、返したいと思いつつ、言い出せなくなってしまったそうだとのこと。それを、反田さんが説得して、手ずから返しに行って謝る決心をしたとのこと。

 ああ、よかった。琴里ちゃんも髪飾りを取り戻すことができるし、光也君も、琴里ちゃんが許してくれてもくれなくても、少なくとも、ずっと後ろめたい想いを抱え続けずには済むでしょう。これでもう、一件落着は時間の問題ですよね。反田さん、いろいろと無駄に軽挙妄動、右往左往する人だと思ったけど、やっぱり本当は頼りになるのですね!

 ……そう思ったところに、突然言われました。
「司書子さん! 今日、お休みですよね? 今から何か用事ありますか?」
「えっ……? 特には……」
「良かった! じゃあ、司書子さんも一緒に来てください! 琴里ちゃんの引越し、明日だと思ってたら、今日に変更になってたそうなんです。光也と一緒に今からそちらに向かいますから、そうですね、十分後に、家の前で待っててください!」
 ……えっ、えっ、わたしも? わたしが光也君と反田さんと一緒に琴里ちゃんの家に行くの? どういうこと? なぜわたしまで行く必要が? しかも、十分後!?
 少し動転しましたが、幸い、朝の家事も身支度もひととおり終わっているし、出かけられない理由は特にありません。なんだかわからないけど、乗りかかった船です!
 ……それに、わたしも、光也君と琴里ちゃんの顛末を見届けたいですし。
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