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木苺はわたしと犬のもの ~司書子さんとタンテイさん~ 作者:冬木洋子
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第一話 お祖母ちゃんの髪飾り事件(3)

 翌朝。
 早朝に犬の散歩から帰ってきて、犬を繋いでいるところに、いつものように反田(たんだ)さんが通りかかりました。
 反田さん、まるで狙いすましたかのように、ほぼ毎朝、このタイミングで家の前を通りかかるのです。
 まあ、犬の散歩に行く人は、特に朝は時間がきっちり決まっていることが多いですから、途中のどこで誰と行き会うかも、ほぼ決まっていたりするものですが……。
 昨日、琴里ちゃんの件に巻き込んだのはわたしですから、お礼を言っておきました。
「でも、反田さん、本当に苑明寺(えんめいじ)に行くんですか? 妖怪は関係ないんじゃ……?」と、恐る恐る言ってみると、反田さんは、
「まあね、そりゃあ、いくらなんでも俺だって、本当に妖怪のしわざだとは思ってませんよ」と笑いました。
 反田さんが言うには、琴里(ことり)ちゃんはもうすぐ引越していってしまうのだそうで、反田さんは、そんな琴里ちゃんに、この町での最後の想い出を残してあげたいのだそうです。
「まあ、そうなんですか……」
 わたし、胸を打たれました。反田さん、ただ見当違いに猪突猛進、軽挙妄動しているわけじゃなかったのですね……。
「それだけじゃなく、実は、一番の理由は、俺が子供たちと探偵ごっこがしたいってことなんですけどね」と、反田さんはまた笑いました。「子供をダシに俺が遊ぼうかと。少年探偵団には子供の頃に憧れてましたからね。せっかくの機会です。今はもう少年探偵って年じゃないから、俺は明智探偵役で、坂本君に小林少年をやらせてやろうと思いまして」
 ……なんだ、やっぱり。探偵ごっこがしたいだけかもという疑惑は最初から持っていましたが……。
 でも、反田さんは、真面目な顔に戻って言いました。
「それにね、坂本少年に、琴里ちゃんとの想い出を作ってやりたいんです」
「……どういうことですか?」
 わたしはぽかんとしました。なぜ、一人だけ名指しで光也(みつや)君?
「えっ、司書子さん、気づいてなかったんですか? 坂本少年、琴里ちゃんが好きなんですよ」
「ええっ!?」
 ……全然気づいていませんでした……。
 だって、光也君と琴里ちゃんは、今まで、どちらも常連だからよく児童室で顔を合わせてはいたけれど、どっちかというと仲が悪いほうかと……。仲良く話をするところなんか見たもことないし、光也君はよく、琴里ちゃんにささいないじわるをしている様子でした。児童室は生活指導の場ではありませんし、琴里ちゃんはおとなしい子ですが本気で困らされているわけではなく、迷惑顔をしながらも軽くいなしている様子でしたし、しつこすぎる時には周りの口達者なお友達が倍返しの勢いで撃退してくれていたので、地域の大人として見過ごせない深刻ないじめというわけではないだろうと介入はしませんでしたが、たとえば、琴里ちゃんが取ろうとした本にわざと横から素早く手を伸ばして先に取ってしまうなどの、くだらない嫌がらせです。琴里ちゃんと書架の間に先回りして割り込んでは、琴里ちゃんのお友達にしっしっと追い払われるまで何度でも飽きずに邪魔をして……と、ここまで考えて、光也君と反田さんの出会いを思い出しました。
 あーっ、まさか光也君、あれを狙ってた……?
 びっくりして口元を抑えると、反田さんが苦笑いしました。
「本当に気づいてなかったんですね」
「はい……。光也君が自分で反田さんに話してくれたんですか?」
「まさか。でも、見てればすぐわかるじゃないですか。司書子さん、そうとう鈍感ですねえ」
「……はい、よく言われます……」
 光也君、琴里ちゃんに構って欲しくてちょっかいを出していたのですね。言われてみればよくある事ですが、思いつきもしませんでした……。ああ、こんな自分が情けないです。
 わたし、昔から、人の心に疎いようなところがあるのです。他人の気持ちを察するのが苦手なのです。別に他人のことはどうでもいいなどと思っているわけではなく、周囲の人に気を配り、その気持ちを思い遣りたいと思い、努力してそうしているつもりなのに、それがちゃんとできていなくて落ち込んだりするのです。それでも若い頃よりは、いろいろと経験を積んだ分だけ多少マシになったと思っていますが、やっぱりその欠点は直ってはいなくって、自分のそんなところが嫌で、つい、人と接するのを避けてしまいがちです。仕方なく接するときにも、深入りするのを避けてしまいます。人の気持ちがよくわからないせいで、自分が気づかないうちに人に不快な思いをさせてしまうのが怖いのです。不安なのです。
 反田さんは苦笑しながら顎を撫でて、ひとりごとのように呟きました。
「これは難関だなあ……」
 なにが難関なのでしょう。いえ、言わなくていいです。もうこれ以上何も言わないでください、落ち込みます……。
 反田さんは、わたしの落ち込みにかまわず、
「まあ、そういうわけで、今日は苑明寺に行って来ます。実は、子供たちには内緒ですけど、苑明寺のご住職に、お話を聞かせてくれるよう、電話でお願いしてあるんですよ。司書子さんも来られればよかったのになあ……」と言いながら、今日もまた垣根越しにひょいと手を伸ばして断りもなく木苺を一粒摘み、口に放り込みました。
 反田さん、うちの前を通りかかるたびに、毎回これをやるのです。あーあ、お祖母ちゃんの木苺……。わたしとスノーウィの木苺……。
 犬のキャンディちゃんと去ってゆく反田さんの後ろ姿を見送って、スノーウィにも木苺をやりました。

 それにしても、引越し前の想い出作りは良いけれど、苑明寺に行っても絶対に琴里ちゃんの髪飾りはみつかりませんよね。反田さん、そういえば、本来の目的を忘れてるんじゃ……? 行動力はあるけれど、斜め上というかなんというか……。
 お祖母様に貰った宝物の髪飾りが見つからないと、琴里ちゃんが可哀想。反田さんが光也君のために頑張るなら、わたしが琴里ちゃんのために頑張ってあげなくちゃ。
 でも、どうしたらいいかしら。昨日みんなであんなに探したのに、これ以上、どこを探せばいいのでしょう。
 ……お祖母ちゃん、どう思う? わたし、どうしたらいい?
 いつものクセで、心の中の祖母の面影に問いかけながら、わたしも一粒、木苺を摘んで口に入れると、ふと、どこからか声が聞こえたような気がしました。

『灯台下暗しってね。まずは一番近くを探しなさい』

 ……お祖母ちゃん?
 それは、祖母の声でした。うっかりもののわたしが失くし物をするたびに祖母に言われていた、聞き慣れた言葉です。
 思わず周囲を見回してしまったけれど、もちろん、祖母の姿はありませんでした。
 幻聴でしょうか。
 でも、これはきっと、祖母がわたしに語りかけてくれたのです。わたしが困っているのを見て、助言を与えてくれたのです。やっぱり祖母は、ずっとわたしを見守ってくれていて、生前そのままに、わたしを導いてくれているのです。きっと、そうです。
 ……お祖母ちゃん、ありがとう。諦めないでもう一度、探してみるね……。
 心の中で、そっとお礼を言いました。
 そう、わたしにはお祖母ちゃんがついています。わたしの心の中には、いつだってお祖母ちゃんの面影が生きているのです。お祖母ちゃんの教えが、いっぱい生きているのです……。
 そんなことを思ったら目尻に滲みかけた涙を拭って、スノーウィにエサをやり、家に入りました。
 さあ、わたしもご飯を食べて、出勤の支度です。今日は、図書館で、もう一度、琴里ちゃんの髪飾りを探すのです。『一番近く』って、やっぱり、児童室のことですよね? そこは昨日みんなでさんざん探したのに見つからなかったからって諦めてたけど、簡単に諦めちゃいけませんよね。なんでもすぐに諦めるのが、わたしの悪いクセなのです。お祖母ちゃん、わたし、頑張ります!

 でも、児童室で、やっぱり髪飾りはみつかりませんでした。当たり前ですよね。みんなであんなに探した場所を、同じようにもう一回見て回ったからって、昨日まで無かったものが湧いて出てくるわけがありません。
 しかも、夢中になって探しものをしている間に、カウンターに、本を持った利用者の方が来て、困って立っていました。いつから待たせていたのかしら。ごめんなさい!
 あわててカウンターに飛んで行きましたが、その様子を、ちょうど返却本のブックトラックを運んできた先輩司書の玉置(たまき)さんが見ていて、利用者の方が本を借りて帰ったあとに、「(つかさ)さん、他の作業をしている時もカウンターには目を配っていなきゃ駄目よ」と注意されました。
 玉置さんは『御狩原図書館のヌシ』とか『影の館長』とひそかに呼ばれている古株司書で、わたしの尊敬する大先輩なのです。わたしもあと十数年経った時、玉置さんのような立派な司書になっていたい、なれるかしら……と、いつも憧れている、その、憧れの玉置さんに、叱られてしまいました……。本当にごめんなさい……。
 何かに熱中すると周囲のことをつい忘れてしまうのも、わたしの悪いクセなのです。
 わたし、いったい何をしていたのでしょう。見つかりもしないものを探し回って、本来の仕事に差し支え、その上、結局、何の成果もなく。やっぱり、わたしなんて、何をやっても駄目なんですね……。

 お昼時のカウンター当番の後の、一時間遅れの昼休み。一般カウンターの昼番だった同僚は外に食事に行き、わたしは一人きりの休憩室で、持参のお弁当を食べました。おばあちゃん直伝の甘い卵焼きと、ピーマンの肉詰め、庭のフキで作ったきゃらぶき、にんじんのきんぴら、ミニトマトを添えたポテトサラダ。きゃらぶきときんぴらは作り置きで、ポテトサラダは昨日の残りものです。きゃらぶきもきんぴらもポテトサラダも、お祖母ちゃんと同じ作り方で作っているはずなのに、なぜでしょう、どうしても味が違います。ああ、もう一度、お祖母ちゃんのポテトサラダが食べたい……。
 うっかり滲みかけた涙を押し戻してお弁当を食べ終え、お弁当箱を洗い、食後のお茶を飲みながら本を読もうとしてページを開くと、革の栞が、ひらりと落ちました。拾った栞をぼんやり眺めながら、気がつくとわたしは、結局、涙ぐんでいました。
 昔、まだとても若かったわたしに『広い世界を見なさい』と言った人がいました。とてもお世話になった方でした。その頃のわたしは、今よりももっと内気で、しじゅう俯いてばかりいました。そんなわたしに、その人は、よく言ったのです。
「顔を上げなさい。広い世界を見なさい。下を向いていたら何も見えませんよ。あなたは若い。これからなんでもできます。いろんな人と出会います。それなのに俯いてばかりいたら、あなたの垣根の前を白馬の王子様が通り過ぎたって気づけませんよ。顔を上げて、いろんな経験をして、視野を広げなさい。顔を上げて見回しさえすれば、世界はあなたのものなんですよ」
 けれどわたしは、そう言われるたびに、心の中で、『広い世界なんていらない』と思っていました。泣き虫で人見知りで臆病な、こんなちっぽけなわたしには、ほんの小さな世界で十分、今のこの世界だけでも、わたしにはもう広すぎる……と。
 今でも、そう思っています。だって、この小さな図書館の児童室だけでもわたしには広すぎて、髪飾りの一つもみつけられないのですから……。
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