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木苺はわたしと犬のもの ~司書子さんとタンテイさん~ 作者:冬木洋子
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第二話 ジギタリス殺犬未遂事件(11)

 正一おじいさんが入院している病院は、電車で二駅先の隣り町、鶸岡(ひわおか)市にありました。
 鶸岡は、我が御狩原よりちょっと大きな市で、のどかでこぢんまりした御狩原にくらべると、ちょっと都会で、ちょっと賑やかで、子供の頃、『町に行く』と言えば鶸岡に行くことでした。
 家と職場の往復以外、ほとんど出歩かないわたしですが、鶸岡には、毎月一回は行っています。鶸岡の図書館で、熱心な児童担当の方がストーリーテリングと読み聞かせの勉強会を主催していて、わたしもそれに参加しているのです。図書館主催の公的な研修ではなく、有志が自主的に企画し、勤務時間外に自費で私的に参加するサークル活動のようなもので、図書館職員だけでなく、朗読や読み聞かせのボランティアさんも、熱心な方が何人か、一緒に参加しています。

 そうだ、反田さんをそれにお誘いしてみたらどうかしら。そういえば反田さん、お話会に、ちょっと興味をお持ちのようですから。前に児童室で、わたしがお話会をやっているのを、パーテーションの外に立って聞いていたことがあるそうなのです。よりによって眠り姫を語っていた時なので、付き添いのお母さん方以外の大人の人に聞かれていのは、ちょっと照れくさいです。でも、反田さんは、初めて知った『お話会』というものにたいへん感銘を受け、それでわたしに、肝試し大会でのお話を依頼しようと思いついたのだそうで……。
 反田さん、声が通るし、表現力が豊かだし、絶対、語り手に向いていています。ストーリーテリングや読み聞かせの活動をしている人は、子供のいる、あるいは子供を育て上げた後の女性が多いので、男性の話者は希少価値がありますから、勉強会でも、きっと大歓迎されるでしょう。お話や絵本の中でも、男性が語るとひときわ映えるものもありますし。たとえば『三匹のヤギのがらがらどん』とか……。
 反田さんは独身だけど子供好きで、子供のあしらいにも慣れているから、優秀なお話ボランティアになれるのでは?
 そう、次にお会いした時に、お誘いしてみましょう。
 反田さんは鶸岡の図書館の場所を知っているかしら。知らなければ、最初はわたしと一緒に行けばいいですよね。二人で電車に乗って……。駅と図書館の間に、自家製のパンケーキがとっても美味しい喫茶店があって、よく帰りに寄るのですが、反田さんも甘いものがお好きだから、あのお店を教えてあげたいです。あそこのパンケーキは、本当に絶品ですから。

 でも今日は、反田さんではなく、木原さんちのおばあさんと一緒です。
 木原洋菓子店は、うちからそんなに遠くないのですが、町内会の班が違いますし、うちはケーキや洋菓子をあまり外で買わないので、今まで接点がなく、その家に祖母と同年代のおばあさんやおじいさんがいることも、わたしは知りませんでした。
 でも、おばあさんのほうは、わたしのことは知らなかったけれど、祖母のことは、子供の頃から知っていたのだそうです。おばあさんは祖母より三つほど年下でしたが、祖母はとても目立つ上級生だったのだと話してくれました。

 祖母の一家は、戦前からここに住んでいて、その頃、祖母の父、つまりわたしの曽祖父は、ここで小さな病院をやっていたのだそうです。そのことは、そういえば、祖母からも聞いていました。何でも、曽祖父の父だか、そのまた父の代から、同じ場所で医者をしていたとか。ちなみに、司姓は祖母方の姓で、早くに亡くなった祖父は婿養子だったらしいです。

 祖母は幼少の頃から近所で評判の美少女で、頭も良く、しっかりもので、病院のお嬢さんだからかどことなく垢抜けて大人っぽく、モダンでさっそうとしていて、他の女の子たちとはひと味違っていたのだとか。そんなふうだったから、祖母にひそかに憧れている男の子も、すごく多かったはずだということでした。

「たぶん、うちの人も、子供の頃、あなたのお祖母様に憧れていたのよ」と、おばあさんは懐かしげに微笑みました。「このへんの男の子は、だいたいみんなそうだったもの」と。

 祖母にそんな頃があったなんて……と考えると、ちょっと不思議ですが、祖母がそんなに美少女だったり男の子たちの憧れの的だったりしたというのは、なんだか嬉しく誇らしい気持ちです。

 正一おじいさんは、太平洋戦争末期に十八歳で徴兵されて大陸に渡り、すぐに終戦を迎えたものの、どさくさに紛れて引き上げに取り残され、戦後何年もたってから、やっと戻ってきたのだそうです。おそらく大変な苦労をなさったのでしょうが、家族にはその話を一切しないので、詳しいことはわからないとのこと。そして、その間、手違いで死んだものと思われていたので、帰ってきた時は大騒ぎだったそうです。家業はすでに弟が継いでおり、正一さんは身体を壊していたこともあって、しばらくは家業もろくに手伝わずに腐ってぶらぶらしていたけれど、その後数年して健康が戻った頃、世話する人があって、和菓子屋の一人娘だったおばあさんのところに婿に入ったとのこと。それからは人が変わったように真面目に働いて、二人で力を合わせて和菓子屋を切り盛りしてきたのだそうです。

 ありふれたご近所のお年寄りにも、そんな、激動のドラマがあったのですね……。

 ちなみに、和菓子屋を洋菓子屋にしたのは、正一さんの息子の正嗣しょうじさんだそうです。正一、正嗣、正造と、親子三代、正の字を受け継いでいるのですね。音だけ聞くと、ショウイチ、ショウジ、ショウゾウなので、まるで三兄弟みたいなのが、ちょっとおもしろいです。

 正一おじいさんには、既に、正造さんから、わたしが訪ねることも、その理由も、話してあるとのことでした。
 ただ、うちに花束を持ってきたのがおじいさんだと気づいてわたしにそれを教えたのは、おばあさんではなく正造さんだということにしてあるから、もし経緯を聞かれたらそのように口裏を合わせてくれと言われました。とにかく、おばあさんは何も知らなくて、おばあさんはただ、孫の正造さんに頼まれてわたしを一緒に連れてきただけだということにして欲しいのだそうです。
 ご家族の言うことですから、何かしら理由があるのでしょう。
 わたし、嘘をつくのは苦手ですが、必要があるのなら口裏合わせくらいはできます――たぶん。


 正一おじいさんの病室は三人部屋でしたが、他の方は検査やリハビリで不在で、正一おじいさんだけが、窓際のベッドで身を起こしていました。
 おばあさんは、「司さんのお孫さんがお見舞いに来てくれましたよ」と、わたしとおじいさんを引き合わせると、一階のコインランドリーで洗濯をしてくるからと、わたしたちを置いて病室を出て行きました。

 おじいさんは、しばらく黙ってじろじろとわたしを眺めてから、急に、むすっと言いました。
「あんたがミサ子さんの孫か……。ミサ子さんのほうが美人だったな」
 まあ……。おじいさんってば、近所中で評判の美少女だったおばあちゃんの孫ということで、きっと、どんな大美人が来るかと期待していたのですね。もしかして、がっかりさせてしまったでしょうか。ご期待に添えなくてごめんなさい……。病院だからと配慮したつもりでことさら地味な服を着てきましたが、せめてもう少しおしゃれしてきたほうが良かったかしら。
 おじいさんは、わたしに失礼なことを言ったと思ったのか、
「いや、あんたもあんたで美人だけどな」と、急いで付け加えてくれました。気を使ってくださってありがとうございます。
「ミサ子さんが赤い薔薇なら、あんたは白薔薇か白ユリだなあ」ですって。反田さんと同じようなことをおっしゃるんですね。最初、むすっとした愛想の悪そうな人だと思いましたが、あんがい、お口がお上手な、面白いおじいさんでした。たまにいますよね、お店屋さんとかで、店員さんにペラペラとお愛想や妙な冗談を言う愉快なおじいさん。そのタイプかしら。しかも、なかなかの詩人さんのようです。

 おじいさんは口調を改めて、
「あのジギタリスのことな……。怖がらせてしまったそうで、悪いことをした」と、謝ってくれました。
 おじいさん、ちゃんとあの花の名前を知っていたのですね。たまたま庭にちょうど咲いていたものを、名前も知らずに切ってきたのかと思っていましたが、今も人を薔薇やユリにたとえましたし、あんがい、お花がお好きなのかも。

 それから、おじいさんは、ときおり照れくさそうに窓の向こうの夏空に目をやりながら、ぽつりぽつりと、話をしてくれました。
「今日は、あんたが来てくれたらいろいろ白状しようと、覚悟を決めてたんだよ」とおっしゃって。
 あの花は、おじいさんから、うちの亡き祖母に捧げられたものだったのです。
 おじいさんは、ぶっきらぼうな口調ながらもずいぶんな話し上手で、しかも実は詩心のある方のようで、時にユーモアも交えたそのお話に、わたしは思わず引き込まれました。
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