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木苺はわたしと犬のもの ~司書子さんとタンテイさん~ 作者:冬木洋子
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第二話 ジギタリス殺犬未遂事件(7)

 自家製ケーキの木原洋菓子店あらためパティスリー・キハラは、商店街ではなく住宅街の片隅に、昔から、ひっそりとあります。洋菓子店になる前は和菓子屋だったらしいですが、わたしがここに来た頃には、すでに洋菓子店でした。今では商店街に大手チェーンのケーキ屋もできていますが、昔は、このあたりの子供にとって、クリスマスや誕生日のケーキといえば木原洋菓子店で買ってもらうもので、木原洋菓子店は、子供たちの憧れの店でした。洋菓子店と名乗っていますが、もともと和菓子屋だった名残か、どら焼きなどの和菓子も主に贈答用にいろいろと扱っていて、よそのお宅を訪ねる時の手土産も、入院した時のお見舞いも、各種の内祝いも、この辺ではみな、何かといえば木原洋菓子店なのです。
 そんな、昔からの馴染みのお店ではありますが、そういえば、わたしはそこで何かを買ったことが、あまりありません。いえ、もしかすると一度もなかったかもしれません。祖母が手作り派だったからでしょうか。お誕生ケーキも、いつも祖母が焼いてくれていましたし。それはもちろんとても嬉しかったのですが、子供心に、友達のお誕生会で出てくる木原洋菓子店の華やかなケーキが、ひそかに少しだけ羨ましかったりもしたものです。今にして思えば、祖母があんなに手間ひまかけてケーキを焼いてくれていたというのに、子供って恩知らずですね。
 それでも、お友達のお誕生会でも町内会のクリスマス会でも木原洋菓子店のケーキ、家に来るお客様の手土産も木原洋菓子店のマドレーヌやどら焼きと相場が決まっていたので、木原洋菓子店のお菓子の味はお馴染みでしたが、やっぱり、店内に入った記憶がありません……。
 祖母亡き後も、仕事帰りに、お洒落に改装されたこの店の前を通りかかって、ふと、そういえばたまにはコンビニスイーツではないちゃんとしたケーキ屋さんのケーキを食べたいな、などと思ったことも一度ならずありましたが、わたし一人ではケーキも一つしか買えないので、たった一つというのも申し訳なくて買い難い気がして、結局、毎回、店の前を素通りしていました。

 そんな、子供時代の憧れのお店に、わたしは、反田さんと二人で、初めて足を踏み入れました。数年前に改装されていますから、店内の様子も、当時とは変わっているのでしょうが。
 明るく清潔な店内に、ぴかぴかのショーケース、色とりどりの洒落たケーキ、可愛いカゴに盛られたバラ売りの焼き菓子……。ケーキ屋さんって、足を踏み入れるだけでわくわくしますね。
 レジカウンターの端っこには、愛らしいテディ・ベアがちょこんと座っています。インテリアはスイートなパステルカラーであふれていて、本当に夢の国のようです。そして、レジの向こうには……店内のメルヘンチックな雰囲気には思いっきり似合わない、どう見ても『学生時代はラグビーをやってました』みたいな、縦にも横にも大きな、熊みたいな男性が。
 ……いえ、ある意味、似合わなくはないですね、大きなテディ・ベアだと思えば。
 この方が、店主の木原さんでしょうか。

 その、推定木原さんは、反田さんに「おお、タンテイ」とほがらかな声をかけ、続いて入ってきたわたしを見て、「お? おおっ?」と、ちょっと目を見張り、そつなく「いらっしゃいませ」と言いながらも、わたしと反田さんを交互に見比べました。わたしと反田さんが一緒にいるのって、そんなに変でしょうか……。

 そんな店主さんに、反田さんは、何の説明もなくいきなり切り出しました。
「よお、木原。あのさ、最近、ここで誰がケーキ買ったか教えてくんない? ケーキだけじゃなく、箱入りの菓子買ったやつも」
「はぁ? 何だって?」
 木原さんは、思いっきり不審そうな声を出しました。それはそうですよね、いきなりそんなこと言われても……。
「『誰が』って……。ここ、ケーキ屋だからさ。みんなケーキとか菓子とか買ってくよ。店に来た人、ほとんど全員だよ。そんなのいちいち憶えてねえよ。俺だってずっとここに立ってるわけじゃねえしさ」
 ごもっともです。
「じゃあさ、お前がいる時に店に来た客の中に、怪しげなヤツ、いなかったか? 陰気な感じの若い男とか。たとえば、ヒョロくて生っ白くて目つきが陰険で、わけもなくキョドってて、いかにも悪いことしそうな危ない雰囲気の……」
 反田さん……。それは、反田さんの勝手な想像の中の、架空のストーカーさんなのでは……?
 案の定、木原さんもぽかんとしています。
「はぁ? 来ねえよ、そんなヤツ。誰だよ、それ……。知り合い?」

 しかたなく、横から、
「あの……反田さん、最初から事情をお話したほうが……」と、提案してみました。

 反田さんの説明を聞いた木原さんは、難しい顔で、うーん、と、腕を組みました。
「うちの店のリボンって……。こないだ作った新しいヤツだよな? 店名入りの。……それさあ、まだ、使ってないんだよ」

 使ってないって、どういうことでしょう……。わたしたちは首を傾げて顔を見合わせました。

「あのさ、それ、おととい納品されたばかりなんだけど、店にはまだ古いリボンの使いかけのロールが残っててさ。それを使い終わったら新しいのを出そうってことになって。だから、今日もまだ、ほら、そこのあれ」と、木原さんはレジの背後の吊り棚を肩越しに指し示しました。どこにでもある、赤やピンクのありふれたナイロンリボンの、残り少なくなったロールが、棚の下に並べてぶら下げてあります。「あの、古いほうを使ってるんだ。新しいのは、納品された時に開けて検品して、それから、嫁さんがこの――」と、カウンターのテディ・ベアを指さして「熊の首につけただけでさ」

 たしかに、テディ・ベアの首に、花束についていたのと同じシックなリボンが巻かれています。まあ、あれは奥様が付けたのですか。きっと、このお店の可愛い飾り付けも、奥様のお仕事なのですね。

 木原さんは、お店にテディ・ベアが飾ってあることが照れくさいのでしょうか、誰も尋ねていないのに言い訳してくれました。
「この熊、嫁がここに置いたんだよ。なんでも、うちの店のマスコットキャラだとか言って。なんでケーキ屋に熊なんだよ、熊なんかケーキと関係ないじゃん、ねえ? ハチミツ屋だったらわかるけどさあ」
 えっと、それは、たぶん、ご主人が熊さんに似ているからだと思います……。たぶん、奥様もそう思っているんだと……。でも、失礼だから黙っていましょう。

「じゃあ、お客様に売ったものに、まだ一度もこのリボンはかけていないんですね?」
 念のため確認してみると、木原さんは首をかしげました。
「そうなんだよ。それがなんでお宅の庭にあったのか……」
「このリボンは、どこに保管してたんですか? お店に入ってきた人が勝手に取れるような場所には置いてないですよね?」
「取れないと思うよ。ここの」と、ご自分の足元を指さして、「カウンターの裏の棚に置いてあるから、こんなとこ、お客さんは入ってこれないでしょ? 営業中はカウンターに俺たち立ってるんだから。夜中とかに盗みに入れば別だけど、夜はちゃんとシャッター下ろして鍵もかけてるし、だいたい、金目の物ならともかく、リボンの数十センチなんて、わざわざ盗みに入るヤツはいないよねえ……」
「じゃあ、このリボンを使った可能性があるのは、ご家族か従業員の方だけということになりますね」
「うん、別に鍵のあるとこにしまったりしないで、ただレジ下棚に置いてあるだけだから、うちの人間なら、だれでも好きに使えますね。残りのメートル数を測ったりもしてないから、誰かが使って、ちょっと減っててもわからないね」

 そこまで聞いた反田さんが、突然、木原さんに指を突きつけて叫びました。
「じゃあ、お前がストーカーか!?」
「はぁ!?」
 わたしと木原さんと、同時に間の抜けた声を上げてしまいました。
「おい、木原! いくら司書子さんが可愛いからってな、お前には妻も子もいるんだぞ! なのに司書子さんに告白だなんて、ありえねえだろ!」
 反田さんの頭の中で、ジギタリスの花束の意味は、また、警告または嫌がらせから『愛の告白』説に戻ったようです。でも、反田さんの頭の中のストーカーさんは、痩せ型でひ弱そうな若い男性じゃなかったですっけ? 木原さんは全く逆のタイプなんですけど……。

「はぁ? んな訳ねーだろ! 俺、その人のことなんか、今まで知りもしなかったんだから。今日、初めて会ったんだもんよ」
「だって、そのリボンに触ることができたのはお前と家族だけなんだろ? で、シホコさんやミカちゃんが司書子さんのストーカーなわけないだろ? だったら、お前しかいないじゃん!」

 シホコさんやミカちゃんというのは、きっと、奥様と娘さんのお名前ですね。

「バカ言うなよ……」
 呆れている木原さんに、反田さんが一方的に詰め寄ります。
「司書子さんに手ェ出すなよ!」
「出さねえよ! お前の彼女だろ?」

 木原さん、何か勘違いしていらっしゃるようですが、それはまあ、この際置いておくとして。二人が言い争いだしたので、反田さんの背中を後ろからつんつんとつついてみました。
「あの……反田さん? もしかしたら、誰かご家族の方が、おとといから今朝の間に、お友達へのプレゼントとかご近所へのお裾分けの何かを包むのに、このリボンをちょっともらって使ったのかもしれませんよ? で、それをもらった人か、そのご家族がリボンを取っておいて、今朝、お墓参りに行く時に花を束ねたとかでは……?」
「ああ……なるほど」
 反田さんがうなずいてくれました。良かった。
「そうだよ。俺、お袋や美香に店のリボンを使うなって、別に言ってないもん」と木原さん。
「そっか……。悪かったよ。じゃあ、家族の人に聞いといてよ。誰かこのリボン使わなかったかって。使ったなら、どこの家に持ってったかって」
「いいけどさあ……。お袋や美香の知り合いの家族がストーカーなんてことはないと思うよ」
「ああ、まあ、そうだろうけどさ。でも、そこからさらに誰かの手に渡ってってこともあるかもしれないじゃん」
「あるかぁ? そんなこと。しかも一日のうちに……?」
 木原さんは思いっきり疑わしそうにしています。が、反田さんは引き下がりません。
「いいから、とにかくいちおう聞いてみてよ。わかったら、俺の携帯に連絡して」
「おう。んで、タンテイ、お前、なんでそのお嬢さん――シショコさん?――の家にいたわけ?」
「たまたまだよ! 借りてた本を返しに行ったんだよ!」
「へええ……。本の貸し借りなんてしてんだ? いいねえ。青春だねえ!」
 木原さんがニヤニヤしました。
「あのさ、お嬢さん――シショコさん? こいつ、こんな顔して『タラシの反田』って呼ばれてるから。お嬢さんもタラされないように気をつけてねー」
「なっ、なんてこと言うんだよ! 誤解を招くだろうが! 勝手にヘンなあだ名つけんなよ、絞めっぞコラぁ!」
 反田さんはカウンター越しに乗り出して木原さんの首を締めようとしました。反田さんはあんまり大きくないので、カウンターの向こうにいる大きな木原さんの首に手を届かせるのに、がんばって伸び上がっています。木原さんは笑いながら身体を反らせて、反田さんが伸ばした手から、ひょいっと逃げました。
 反田さんは、木原さんに手を伸ばしてぴょんぴょん跳びながら、振り返って叫びました。
「司書子さん、そんなの嘘ですからね! 俺、そんなこと言われてませんから! そんなの、こいつが今、勝手につけたあだ名ですから!」
 木原さんは、相変わらずニヤニヤしながらひょいひょいと逃げ回っています。……おふたりとも、楽しそうですね。
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