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木苺はわたしと犬のもの ~司書子さんとタンテイさん~ 作者:冬木洋子
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第二話 ジギタリス殺犬未遂事件(5)

 反田さんは「ちょっと失礼しますよ」と、さっさとパソコンのスリープを解除し、検索をはじめました。
 うちのパソコンはわたししか使いませんから、スリープ解除のたびにいちいちパスワードを要求するような設定にはしていないのです――が、セキュリティ対策を考えると、やっぱり、そう設定してしておくべきでしょうか……。
 幸い、こっそり書きためている創作童話だの、学生時代に若気の至りで書いてしまったセンチメンタルなポエム――そんなもの削除してしまえばいいのでしょうが、古い日記帳や子供の頃に描いた絵などと同じく想い出の品なので、恥ずかしくて読み返せないけど捨ててしまうのも寂しく、まだ取ってあるのです――だのの恥ずかしいものは全部自室のノートパソコンのほうに入っており、こちらのパソコンには、家計簿ソフトと親戚の住所録程度しか入っていません。ブックマークも、父のSNSページだの、お店屋さんのサイトだの、お料理レシピの投稿サイトなど、無難なものばかりですし。――自室のノーパソは、絶対に人に見せられません!

「えーっと、ジギタリス、毒、犬……と」と、反田さんがブツブツ言いながら打ち込みます。一本指打法なんですね。でも、そのわりに速いです。びっくりするほど速いです。わたしのブラインドタッチより早いかも。さすがです……。
 反田さんの後ろから、わたしも一緒に画面を覗き込みました。
「あ、それ、その上から三番目のサイトも、ちょっと開いてみて下さい」
 ふたりでふむふむと読んで、
「あ、それから、その次は飛ばして、その下のも」
 ふたりでふむふむ、と……。

 わたしはあまり目が良くないので、気がつくと、つい、反田さんの背中にほとんど密着して、肩から顔を乗り出してしまっていました。いやだ、わたしったら、なんて失礼なことを……。幸い、反田さんは画面に集中していて気づかなったようですが、顔が熱くなりました。慌てて少し後ろに身を引きます。……画面が見難いです。最近また視力が落ちてきたみたい。そろそろ眼鏡が必要かしら。

 あちこち見てみたところ、スノーウィの症状は、やっぱりジギタリス中毒の可能性もありそうですが、かといって、他のものの中毒や病気ではなく間違いなくジギタリスが原因だと言い切ることもできなさそうです。……要するに、よくわかりません。荻原先生だって断定はしなかったのだから、素人にわかるわけがありませんね。
 が、もしジギタリスだとしても、少しでも食べたら必ず死ぬというようなことはなさそうなので、ちょっと安心しました。花束の様子から見て、スノーウィがこれを食べたとしても、ごく少量でしょうし、小型犬なら少量でも危ないかもしれませんがスノーウィはそこそこ体重がありますし、荻原先生も大丈夫とおっしゃっていたんだから、大丈夫でしょう。さっきは派手な泡ヨダレにびっくりしたので、取り乱して『死んじゃう』などと騒いだり泣いたりして、とても恥ずかしいです……。

 反田さんは、モニターを睨みながら腕組みをしました。
「うーん……。たしかに犬がジギタリスを食べると中毒するらしいですが、やっぱりね、俺、思うんですけど、別に犬を毒殺するのに、特にジギタリスの花を使う必要は、あんまり無さそうですね。もちろん、たまたま自分ちの庭にジギタリスが咲いてたからジギタリスを使うということもあるかもしれませんが、それにしたって、本気で毒殺するつもりなら、さっき言ったように、花束を投げ込むなんていう不確かな方法じゃなく、俺だったら、犬が必ず食べるようなうまそうな肉団子にでも混ぜてやりますね。一口で丸呑みできるような大きさの。もし俺だったらね。――あ、いや、俺はそんなことしませんが」
「……だから、別にスノーウィを毒殺しようとしたんじゃなく、通りがかりの人がたまたま花束を落っことして、それが蹴り飛ばされたか何かして、うちの庭に入ってしまったのでは?」
「お墓参りに行く人がですか? でも、お墓に、こんな花、供えますかね? 墓って言えば菊って決まってません?」
「そんなことはないですよ。本来、仏花の種類に決まりはないと聞きました」
「でも、花屋に売ってますか? こんな花。だって、毒があるんでしょ?」
「あまり見かけませんけど、絶対売ってないってことはないと思います。毒があるって言っても触っただけで害があるものではないので。毒がある花は他にもいろいろあるけど、たとえばスズランとかユリなんて、活けておいたコップの水を飲むだけで毒だと言われているのに、普通に花屋さんで売ってますし。
 ……けど、この花は、花屋さんで買ったものではありませんね。たぶん、お庭のを切ってきたんだと思います。故人がこの花を好きだったのかもしれないし、たまたまその季節に庭に咲いていたものを切っただけかもしれませんが。花屋さんだったら、花束は根本を輪ゴムで束ねて包装紙とかセロファンとかで包みますから。
 でも、お庭のお花でも、それを持って電車に乗ってお墓参りに行くんだったら、普通、新聞紙でもいいから紙で包むと思うんです。だから、これをお墓に供えるために持っていたとしたなら、その人は、お寺に歩いていけるご近所の方で、しかも、最近越してきた新住民の方ではなく、このへんのお寺に先祖代々のお墓がある古くからの地元の方だと思います。
 お墓に供えるのにリボンというのも変ですが、このリボン、たぶん、わざわざラッピング用に買ったものではなく、ケーキか何かの箱にかかっていたのを再利用したものですね。だから、切った花を仮に束ねるのに、たまたま手近にあったものを使っただけかもしれません。それか、普段、あまりお花や花束に興味や縁がない方で、花束といえばリボンという漠然としたイメージだけ持っていて、実際にはリボンをかけるまえに根本を輪ゴムで束ねたり包装紙で包むのだと思いつかないような人。決めつけるようですが、たとえば、年配の男性とか? もちろん、年配の男性で園芸が趣味の人も多いし、女性でもお花に全く興味がない人も大勢いるでしょうけど、確率的に、最もお花や花束と縁が薄い層は、高齢男性ではないかと……」

 話し終わって気づくと、反田さんが、ぽかんと口を開けてわたしを見ていました。
「司書子さん、すごいなあ……。シャーロック・ホームズみたいだ……。俺、そんなこと何も思いつかなかったですよ……」
 えっ……。感心するほどのことじゃないと思いますが……。たぶん、反田さんも、花束に縁のない男性の一人なのですね。

 反田さんは気を取り直したように続けました。
「でも、まだ、墓参り説で確定したわけじゃありませんよ! うーん、でもたしかに、犬を毒殺するのに、ジギタリスをわざわざ目立つ花束に……って、俺もさっきから思ってたけど、やっぱり不自然ですよねえ……。全部飲み込ませちゃえば胃の中でも調べない限りバレないのに、こんなやり方では、絶対、一目でわかる痕跡が残るし。実際、俺たちは残った花束を見て、スノーウィはこれを食べて具合が悪くなったんだと思ったわけですからね。ということは、これは、示威行為、脅迫行為ではないでしょうかね。スノーウィを殺すことよりも、司書子さんを脅すためですね。スノーウィではなく、実は司書子さんが標的なのかも」
「は!?」
「スノーウィに恨みを持つものの犯行ではなく、司書子さんに恨みを持つ人の犯行かもしれません。司書子さんに恨みがあって、嫌がらせに司書子さんの犬を毒殺しようとか、実際に殺さないまでも、犬に毒を食べさせたぞ、と、わざと目立つやり方で誇示して、司書子さんを怖がらせようとしているとか……」
「まさか! 脅かさないでください!」
 そんなことを言われると、ありえないと思っても怖いし、気味悪いです……。
「司書子さんに、誰かに恨まれる心当たりなんて、ありませんよね……?」
「特に無いですけど……」
 そんなの、心当たりは無くたって、わたしが気づいていないだけかもしれないし、わからないじゃないですか。わたし、鈍感だから、そんなつもりはなくても、配慮の足りない言動で知らないうちに人の心を傷つけているかもしれません。だからって殺したいほど恨まれるようなことはさすがにしていないと思うのですが、人によって何をどんなふうに受け取るかは違うでしょうし……。まさかとは思いますが、不安になってきました……。
「いや、司書子さんは人に恨まれるような人ではないですが、世の中には、意味不明な逆恨みをする人もいますからね。うーん……。……ん? 待てよ?」
 反田さんは、さっきから、話しながらもちらちら目をやって操作していたパソコンの画面に、はっとしたように顔を近づけました。開いていたのは、園芸図鑑サイトの、ジギタリスについての解説ページのようです。
「司書子さん、これ……。ジギタリスの花言葉……」
 反田さんに指し示されて、わたしも画面を覗き込みました。
 ジギタリスの花言葉として、『熱愛』『隠し切れない恋』『熱い胸の想い』などの言葉が並んでいます。
 まあ、素敵。どちらかというと地味な花ですけれど、花言葉は情熱的なんですね。でも、それがいったい何なんでしょう……?

 反田さんは、何を思ったのか、今度は『ジギタリス 花言葉』で検索して、次々と該当サイトを開いていきます。どのサイトにも、おおよそ似たような言葉が並んでいます。いったい何を調べたいんでしょう。
「あの……花言葉が何か?」
「司書子さん……」
 反田さんは、妙に思いつめたような声で言いました。
「あの花束……。もしや、誰かから司書子さんへの、愛の告白ではないですか!?」
「は?」
「あの花束は、スノーウィを毒殺しようとしてじゃなく、毒があるなんて知らないで、花言葉に託して司書子さんに思いを伝えようと、庭に投げ入れられたものなんじゃないでしょうか。そういえば、犬に食べさせるのにわざわざリボンを付ける必要なんかないし」
「はぁっ!?」

 思わず、素っ頓狂な声を出してしまいました。そんなバカな。愛の告白をするのに、むき出しの花束をこっそり地べたに置いて行くだなんて、誰がそんな素っ頓狂なことをするというのでしょう……。そもそも、このわたしに誰かが愛の告白だなんて! もういいトシの、こんな地味なハイミスに。

 思わず、声に出して断言してしまいました。
「ありえません!」
「なんでです? なんでありえないんです?」
「だって、わたしなんか好きになる男性なんて、いるわけないじゃないですか」
「なんでですよ! 司書子さんを好きになるのって、そんなに変ですか!? 好きになっちゃおかしいですか!?」
 反田さん、なぜかほとんど喧嘩腰です。
「だって、いいトシだし、地味だし……」
「地味なのはわざとでしょ? せっかくの綺麗な髪の毛、ひっつめちゃってさ。まあ、ひっつめも、それはそれで魅力的ですけどね。司書子さん、自分のこと、わかってないですよ。司書子さんは美人ですよ? 服装とか化粧が派手でないのも、清楚なのが好みな人には、かえってポイント高いんですよ。たとえば俺とかね。俺、最初に図書館に行った時、カウンターに司書子さんがいるの見て、まず、『おっ、好みのタイプの清楚な美人がいる、ラッキー!』って思いましたもん」
「えっ……」
 反田さんったら、こんな際にまで、またそんな無駄なお世辞を……。
「すいません、失礼なヤツで」
 すいませんと言いつつ、実はまったくすまなく思っていなさそうな、開き直った軽い口調です。
 まあ、美人の基準なんて人それぞれですし、もし本当にそう思ったとしても、口に出したら失礼ですが思うだけなら自由ですね。でも、わたしは、そんな軽佻浮薄な男性には、別に美人だと思われたくもありませんが。まったく、図書館を何だと思っているんでしょう。
「そんなわけで、トシだの地味だの、それは司書子さんが勝手にそう思ってるってだけで、相手もそう思うとは限らないんですよ。司書子さんが自分のことをどう思っていようが関係なく、ハタから見れば十分綺麗な女性なのは事実なんだから、男のほうから一方的に好かれちゃうのは防ぎようがないでしょうが」
「だから、そんな人、いませんってば。恋愛なんて若い人がするものです!」

「司書子さんって、あんがい頑固ですよねえ……」と、反田さんはため息をつきました。
「あのさあ、さっきからいいトシいいトシっておっしゃいますけど、それを言ったら、俺のほうが、司書子さんより三つも上なんですが? じゃあ、三十五歳の俺は、もう恋愛しちゃいけないって言うんですか? もう女性を好きになる権利はないって言うんですか? 何歳だろうと、好きになっちゃうものはなっちゃうんだから、仕方ないでしょうが……」
 反田さんがちょっと不貞腐れた声を出しました。しまった、ごめんなさい、そういえば、わたしがいいトシだとしたら、三つ年上の反田さんは、もっといいトシでした……。そんなつもりじゃなかったんだけど、そういえば反田さんに失礼でしたね……。慌ててフォローを試みました。
「あっ、すみません! そんなつもりは……。それはわたしだけのことですから! 反田さんは反田さんですから、別にいいんです。反田さんは、いくらでもご自由にどうぞ!」
「『ご自由に』って……。へこむなあ……」
 反田さんがしょんぼりしました。
 どうしましょう。フォローしようとして、なぜかよけいに事態を悪化させたみたいです……。わたし、本当にダメですね。反田さん、ごめんなさい。

 でも、反田さんは、素早く気持ちを切り替えてくれたようです。
「まあ、いいや。じゃあ、司書子さんは、もしもこの花束が誰かからの愛の告白であろうと、相手にする気は一切ない、と」
「当たり前です!」
「そりゃまあ、そうですよね。ああ、良かった。いいですか、本当に、絶対相手にしちゃダメですよ、そんなキモいことをするヤツ。どうせロクなヤツじゃありませんからね。陰気でヒョロい、根暗なキモメンに決まってますから! きっとロクに風呂にも入ってなくて、頭がフケだらけですよ!」

 反田さん、まるで、もう、わたしに想いを寄せる男性が存在すると決めてかかってるみたいですね。しかも、容姿性格生活習慣まで、いつの間にか勝手に設定ができてます。そんな人、反田さんの想像の中以外に、いやしないのに。

 話しながらも、ときどきパソコンに目をやってはあちこちクリックしていた反田さんが、ふと手を留めました。
「……まだあるぞ、ジギタリスの花言葉。『不誠実』だって」
 花言葉にネガティブなものもあるのは、よくあることですね。ましてや、毒のある花ですから、不吉な花言葉もありがちでしょう。
 が、反田さんは、なんだか、腕組みをして考え込んでいます。しばらく難しい顔で考えて、突然、叫びました。
「司書子さん! これは深刻な状況ですよ! 司書子さんの身に危険が及ぶかも!」
 反田さんは血相を変えて振り向き、わたしの肩を両手でがっしと掴みました。その顔、怖いです……。
「やっぱり、今すぐ、警察に行きましょう!」
「えっ……!」
「これはきっと、ストーカーのしわざなんです!」
「は? ストーカー……?」
「そう。単に司書子さんに密かに想いを寄せている根暗男ってだけじゃなく、司書子さんをストーキングしている異常者なんです! この花束はね、やっぱり、単なる愛の告白ではなく、たぶん、警告なんですよ。毒があるって知ってて、わざとスノーウィが食べるように近くに置いたんです」
「はあ……。警告……」
 あんまりびっくりして、つい、オウム返しをしてしまいました。空想癖を自認してきたわたしでも、反田さんの飛躍した想像力に、ちょっとついていけません……。
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