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木苺はわたしと犬のもの ~司書子さんとタンテイさん~ 作者:冬木洋子
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第二話 ジギタリス殺犬未遂事件(2)

「司書子さん! おはようございます!」

 元気な声に、手元の封筒から顔を上げると、垣根の向こうに反田さんの日に焼けた笑顔がありました。キャンディちゃんは連れていません。今日は犬の散歩ではなく、お貸ししていた本を返しに来る約束になっていたのです。午後からお店番に入らなければいけないということで、あまりゆっくりはしていかれないそうですが、せっかくですので縁側でお茶くらいお出ししようと思い、お茶菓子も用意してあります。

 わたし、最近、反田さんを少し尊敬しているのです。垣根を直してもらったからだけでなく、あの社交的な性格や、人当たりの良さ、コニュニケーション力、行動力を。どれもわたしには無いものばかりですから。
 行動力がありあまっている反田さんは、一見、意味もなく猪突猛進、軽挙妄動、右往左往しているように見えますが、その、一見無駄なような軽挙妄動、右往左往によって、小さな風を起こすみたいに、周囲の状況を動かし、新しい何かを生み出しているのです。

 たとえば、このあいだの、琴里ちゃんの髪飾り事件の時。
 反田さんが子供たちと苑明寺を訪れたのは、髪飾り探しには全く役に立たない余計な行動でしたが、反田さんは、それをきっかけに苑明寺のご住職とお友達になり、今度、苑明寺の境内で商店会主催の子供肝試し大会をやらせてもらうことになりました。わたしも協力を頼まれて、肝試しの前座として、子供たちに怖い昔話をいくつか語ることになっていたりします。そうそう、反田さんが、なぜかそれに浴衣で来てほしいと強く要請なさるので――そのほうが雰囲気が出るからだとかなんとか――箪笥の奥から浴衣を引っ張りだして、準備しておかなくては。せっかくですから髪飾りくらいは新調しようかしら。青年部の皆さんが綿あめやヨーヨーすくいなどの屋台も出すそうで、きっと楽しい催し物になることでしょう。

 そして、あの時に『少年探偵団』として苑明寺行きに参加した子供たちの間には、学年を超えた交流が生まれ、今もときどき、苑明寺の境内で遊んでいるとか。

 さらに、光也君は、反田さんの勧めで、夏休みの自由研究の課題として苑明寺のお千代伝説を取り上げることにし、携帯でお千代の墓や花野橋の写真を撮ったり、図書館で郷土資料を当たったりしています。
 夏休みの宿題で一番面倒なのは自由研究で、自由研究の一番大変な部分って、テーマを決めることですよね。夏休み前からそれが決まっていて、写真などの資料が用意してあったんですから、光也君の今年の夏休みの宿題は、きっと楽勝ですね。

 それもこれも、反田さんのおかげなのです。反田さんが、無駄な行動をしたおかげなのです。

 そんな風に、無駄だろうと意味不明だろうと見当違いだろうと、とにかく行動することで何かが変わる、何にだろうととりあえず体当たりしてみることでいろんなことが動き出すということを、わたしは反田さんから学びました。
 だからといってわたしが急に行動的になれるかというと、そういうでもないのですけど、でも、わたしだって、少しずつ、ゆっくりとなら、反田さんを見習って、ちょっぴり変わっていけるかもしれません。

 ――でも、そんな、尊敬する反田さんですけど、あのTシャツは、やっぱりどうかと思います……。

 反田さんは、いつも、自分のお店のオリジナル商品である、ちょっと変わったTシャツを着ています。それはいつものことなのですが……見れば、今日のTシャツはまた、ひときわ変です!
 ご挨拶を返し、木戸を開いて迎え入れながらも、目は、ついつい、反田さんの黒いTシャツの胸の、おかしなプリントに吸い寄せられてしまいます……。

 反田さんも、その視線に気づいたのでしょう、ぐっと反らした自分の胸を得意そうに親指で指し示しました。
「どうです、これ。うちの新作! 『ババアちゃんTシャツ』です!」
「はぁ?」
 たしかに、おばあさんの絵柄です……。二頭身にデフォルメされた和服のおばあさんなのですが……正直、デフォルメが効きすぎて、ちょっと不気味というか、悪趣味というか、そこはかとなく失礼な感じというか……。

「ね、かわいいでしょう! 我らがかんざしババアを、親しみやすい『ゆるキャラ』にしてみました!」
 胸を張る反田さん。なるほど、たしかに、頭には、やたら大きなかんざしを挿していますし、ポップな虹色のフォントで『妖怪かんざしババア』とプリントしてあります。
 これも、いつものお友達に頼んでデザインしてもらったのでしょうか。反田さんのお友達に、デザイン科を出て趣味で漫画を描いているとかいう方がいて、いつも、その方にTシャツなどのデザインを頼んでいるらしいのです。
 それにしても、これはさすがに、ちょっとどうかと……。
「えっと……。かわいいというか……そのう……ちょっとグロテスクじゃないですか……?」
 思わず、口に出てしまいました。
 反田さんは、ちっちっと指を振りました。
「司書子さん、今はね、ゆるキャラだって、カワイイだけじゃダメなんです! これからは、キモかわ、怖かわの時代ですよ! ババアちゃんは、お茶目でゆるカワイイけど、あくまで妖怪ですからね。妖怪であるからには、やっぱり多少は怖くなくっちゃ! でないと、妖怪としてのアイデンティティが失われてしまいますからね!」
「はあ……キモかわ、怖かわ……」
「そう。キモくてカワイイ、怖くてカワイイ、ですね。そういうのが、次のウェーブなんです!」
 なるほど……。たしかに、かわいいいような不気味なような、怖いような愛嬌があるような……。わたしには理解できないウェーブです……。

 反田さんは、こういう不思議な商品を、どんどん作っているのです。不思議なことに、それなりに売れているようです。Tシャツの絵柄やデザインはともかく、反田さんの熱い郷土愛には心を打たれますし、地域密着型の洋品店で地元の伝説や名産品などをモチーフにしたオリジナル商品を作って売るという反田さんのアイディア、取り組みは、素晴らしいことと思います。――思いますが……このTシャツは、やっぱりちょっと……。

 反田さんが、別にそんなにまずい顔はしていないのになぜかちっとも素敵に見えないのは、きっと、いつもこういう変なTシャツを着ているからですね。
 反田さんだって、ぴしっとスーツを着れば、あるいは……と、ちょっと想像してみしようとしましたが、無理でした。
 私には、反田さんは、いつもの変なTシャツ姿か、でなければ野球のユニフォームを着ているところしか思い浮かべられません。

 なんで野球のユニフォームかというと、実は、見たことがあるのです。このあいだ、反田さんたちの野球チーム『ホワイトラビッツ』の試合の応援に行ったので。
 わたし、野球には全く興味がなくて、ルールもあまり良くわからないので、試合を見てもちっともおもしろくないと思ったのですが、いつもお世話になっている反田さんのたってのお誘いということで、断りきれなくて……。
 でも、せっかくですから、いつもお世話になっているお礼に、お弁当を作って差し入れしたら、反田さんは死ぬほど喜んでくださいました。お仲間の皆さんがあんまりうらやましがるので、他の方にも何か大勢でつまめるようなものを作ってくればよかったと、自分の気の利かなさを、少し悔やみました。
 試合そのものは、やっぱり、なにが起こっているのかよくわかりませんでしたが、反田さんはじめ、皆さんがとても楽しそうだということだけは、よくわかりました。

 ……が、私の趣味からいうと、男の人はやっぱり、野球のユニフォームより、スーツを着たほうが素敵ですよね。大変申し訳ないですが……。

 わたし、実は、スーツの似合う細身で背の高い男性が好みなのです。ちなみに、眼鏡をかけていれば、なお良いです。
 なのに反田さんは、それとは正反対で、背はあまり高くないのにがっちりしているので、スーツを着ると、もしかして、ちょっとずんぐりして見えるのではないでしょうか。残念なことに……。
 こういう方は、もしかすると、和服を着ると意外と様になるかもしれません。結婚式の新郎みたいな紋付袴とか。

 ……スーツ姿は無理でしたが、紋付袴の新郎姿の反田さんなら、容易に想像することができました。やっぱり似合いそうです。
 そういえば、反田さんは、わたしより三つ上の三十五歳だそうですが――だから、中学の校区は一緒だったけど、中学でも入れ違いになって、わたしと出会うことがなかったのです――なんでまだ結婚しないのかしら。まあ、わたしも、それについては人のことは言えませんが。
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