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全速力で
作:揚羽星


1章

 思えば私は人一倍友達に頼って生きてきたような気がする。あの中の誰か一人欠いたら今の私はない気がする。私は窓を開けた。気持ち良い風が部屋の中を吹き抜ける。
私は風を良いものと感じることができない。何故ならあのことを思い出してしまうからだ。あのスライダーを滑ってるときに肌をなでていったあの風を。あれは私にとって拭い去ることのできないことだ。しかし、あの出来事は私と皆の友情を深めた。あ
の辛い思い出でさえ今の私なら肯定的にとらえられる。ポジティブに考えればあの出来事があったから今の私がいる。世界で一番あの頃の私達の友情は輝いていただろう。
あれは私が中学生のときの話。中学2年生だった私は夏休みに友達とプールに遊びに行った。屋外プールだった。
「ねえねえ、たまきちゃん、スライダーに並ぼう。」
「うん。いいよ。」
 私は友達の奈々美ななみちゃんと一緒にスライダーに並んだ。あんな出来事が起こることなどみじんも知るよしもなく…。
スライダーのスタート地点は標高200メートルはあった。そこからのスライダーなのだ。人気も出るはずである。私達は1時間30分くらい並んでスライダーのスタート地点に座って滑り降りる用意をした。こういうのが嫌いな人は「何で1時間30分も並んで怖い思いをしなきゃいけないんだ」と思うだろう。だけど、これは好きな人にしか分からない楽しみだ。2コースあったので、私と奈々美ちゃんは「せえの」の合図でいっしょに滑り始めることにした。
 私は位置につくと、横のレーンに奈々美ちゃんがついたのを確認して「せえの」と合図をかけた。この合図が私を導く運命も知らずに…。標高200メートルのスライダーは安全のため四方八方壁になっている。安全なのだが逆に言えば滑ってる人が何をしてるのかが分からない。私は全速力でそのスライダーの水流にのった。
“うわー、気持ちいいな!”
 それからどれくらい経ったか分からないが、気がついたときには私は、病院にいた。近くにいた人が、「大丈夫」とか「生きてて良かった」とか言ってるのが聞こえるが、私にはどの台詞もピンと来ない。何があったのかを思い出してみる。なかなか思い出せない。ただ、ベッドで寝てる私の目には奈々美ちゃんや、私のお母さんの佳奈絵かなえさんが心配そうな顔をして、私を見下ろしているのが見えるだけだ。マスコミ関係者も多々いるようだ。そういうマスコミ関係者達は、私をネタにして、何か書いている。おそらく新聞記事だろう。
『私は見せ物じゃない。』
 私はそう思った。第一、怪我人をネタに記事を書いて、その怪我人自身の人権はどうなる!怪我人の気持ちはどうなる!私はわけもなく憤りを覚えた。でも、私には自分が怪我人であるということさえ、まだ分からなかった。
『私は何故ここにいるの。』
 そんなことを考えてるうちに私のお母さんがはじめて私に声をかけた。
「何があったか思い出せる?」
 その声は優しかった。私は、できる限りのことを思い出してみた。
奈々美ちゃんと一緒にプールへ行って、スライダーに乗って。「せえの」の合図で奈々美ちゃんと一緒に滑り始めて。それから、えっと、うーんと、あー、思い出せない。何があったんだっけ?私はあまり何も記憶していないと答えた。お母さんと奈々
美ちゃんは顔をしかめるばかりだ。あまり参考になってないらしい。
そのとき、お医者さんが入ってきた。無数の野次馬達をかき分けて、お医者さんは私の元にかけよった。お母さんは言った。
「この方があんたの主治医のかなめ先生よ。ご挨拶しなさいよ。」
医者、主治医、先生、となるとここは病院、どういうことだ。私はてっきりそれまでは家のベッドで寝かされているのかと思っていたのだ。とりあえず私は挨拶した。
「こんにちは、私は神田環です。これからお世話になります。宜しくお願いします。」
要先生は「あら、ませちゃって!」みたいな顔をして、要渚なぎさと名乗った。
とはいっても、私には自分が病院にいる理由がまだ分からなかった。
「私は何故病院なんかにいるの?」
「私は元気だよ。」
 しかし、私は何も覚えてないということを周囲の人に知られるのが怖かったのでそれを聞けなかった。

「目が覚めてもまだ元気じゃないんだから、まだ寝てなきゃ駄目だよ。」

奈々美ちゃんが言った。
 しかし「寝ろ」と言われたってそうすぐに眠れるものではないことはこういう状況に立たされたことのある人でしか分からないだろう。

 私はおもむろに目を閉じた。気を使ってくれた奈々美ちゃんが子守唄を歌ってくれた。いつもは感じないのにこのときばかりはやけに奈々美ちゃんの声がかよわく、繊細に聞こえる。
「奈々美ちゃんと友達で良かった。他の誰かじゃなくて奈々美ちゃんじゃなきゃ駄目だったような気がする。持つべきものはやっぱり友達だなあ。」
私はそんなことを思いながら、静かに眠りについた。
そのかよわい、繊細な声の子守唄にのって。

2章

 目が覚めたときも、私はベッドの上に横たわっていた。
 何も変わらない。この世界には「変わるべきもの」と「変わらないもの」がある。そんな中で私という人物はどちらなのだろう。変わるべきなんじゃないのか。でも変われない。
ああ、何て無力なの。私は。

 私はベッドから起き上がって今すぐにでもやりたいことが沢山あるというのに何もできない、いや、させてもらえないその自分のもどかしさを嘆いた。
私は涙を流した。ぬぐってもぬぐってもとどまることのない、溢れでてくる涙であった。
今ここには誰もいなかった。時計を見ると深夜の2時。私はどれだけ眠ってきたのだ。
周囲を気にせず私は涙が枯れるまで泣いた。もどかしさ以外にも寂しいという感情も私を泣かせていた。
 自分に何があったのか全く分からないのだ。この寂しさは経験者にしか分かり得ないだろう。いや、分かってもらいたくない。
 長い夜が明け、新鮮な朝が私を包んだ。
 しばらくすると、昨日のようにお母さんと奈々美ちゃんが来た。お母さんは私に「おはよう」と声をかけた。奈々美ちゃんもそれをまねた。
しばらくすると、朝御飯が来た。病室をノックして、調理師のおばさんが入ってきて、「朝食お持ちしました」と言い残し、朝食を置いていった。
 しかし、私にとってはそれが朝食であろうと、昼食であろうと、夕食であろうと、おやつであろうと、夜食であろうとそんなのはどうでも良かった。私はご飯を食べる気にはなれなかった。巡り巡る時間の中で神が私に与えた指命とは一体何なのであろう
か。私が朝食を見つめているのに食べようとしないのを見てお母さんと奈々美ちゃんは「ちゃんと食べなきゃ駄目だよ」と言って私に食事を勧めた。
 私は仕方なく、朝食を食べようとしたが、どうも手が動かない。私の体はどうなったのだ。左手は動く。ぎこちない動きで。しかし、利き手である右手がどうにもこうにも動かない。また私の目から抑えきれないものが溢れでてきた。それだけ私は感傷的になったみたいだ。
 私が手を動かせずにいると、お母さんが思い出したように「あっ、そうだ。ごめんね。麻痺もあったんだよね。大変だね。」
と言って私にご飯を食べさせてくれた。
「食べたいご飯を指さしてね。」
 私は少し動く左手でご飯を指さした。お茶を指さすとお母さんがスプーンですくってくれた。
 しばらくすると、私はどこかに連れていかれた。私にはそこがどこなのか分からなかった。分かるはずもない。そこでは、左手で、箸を使う練習や、漢字練習や、全く動かない右手を先生が触ったりそんなことをさせられた。何のためにこんなことをするの。

 私は病室に戻ると、勇気を出して「自分が何故ここにいるのか」などすべて聞いてみた。お母さんも奈々美ちゃんも私が何も覚えてないことを知り驚きを隠せない様子だ。哀しそうな顔をして、奈々美ちゃんが口を開いた。
「スライダーで、事故に遭ったんだよ。本当に何も覚えてないの?さっきはあまり覚えてないって言ってたけど・・・。」
 私も自分の無力さを嘆きながら、YESと答えた。私は一体どんな事故に巻き込まれたというのだろう。
 確かに単なる事故じゃああんなにマスコミは騒がない。よほど大きな事故だったんだろう。あのとき、私の周りには沢山のやじ馬がいた。被害者である私を苛むかのように。
夢の中であったように監視員は私を助けようとはしなかったのだろうか。プールではいつも監視員が目を光らせている筈だ。
 しばらくすると、調理師のおばさんが朝食を持ってきた。それと同時に今日もお母さんと奈々美ちゃんが入ってきた。
「奈々美ちゃん、いつもありがとうね。奈々美ちゃんの夏休みを奪っちゃって。宿題とかは大丈夫なの?」
「いえいえ。親友の看病の方がずっと大事です。宿題は夜頑張ってますから。」
“親友の看病の方が大事です”
“親友の看病の方が大事です”
 奈々美ちゃんは私のことを親友だと思ってくれてる。こんな私を。
“ありがとう”
 私の心は奈々美ちゃんに対しての感謝の気持ちでいっぱいだった。そういえば、私も夏休みの宿題が山ほど残ってる。どうしよう。奈々美ちゃんにそのことを相談してみた。奈々美ちゃんは明るい声で、
「大丈夫。体調を整える方が大事だよ。環ちゃんの場合は場合が場合だから、私が先生になんとか言っとくよ。」と言ってくれた。
 今日は奈々美ちゃんが食事の面倒を見てくれた。
 そこまでやってくれるなんて私はどんな恩返しをすればいいだろう。
「さっ、リハビリに行くよ。作業療法。」
 お母さんの一声で私は我に返った。
リハビリ 作業療法
 私は今までリハビリを受けていたのか。驚きは少なかった。
 私は車いすに乗り換えると、作業療法室に向かった。そこではいつものように先生が待っていてくれていた。そこでは私はいつものように左手を利き手のように動かす練習をした。
だいぶ左手もよく動くようになった。
 窓から冷たい風が吹き抜ける。私のやる気をかき消すかのように。
 病室に戻るとお見舞いに来た人が来ていた。お見舞いに来てくれる人は初めてだ。
その人は事件が起きたプールのそのときの監視員だった。
 私は彼に言いたいことが山ほどあった。本当に昨日見た夢のようにあなたは私が溺れていてもすました顔で見ていたの?
 あなたはそれでも「渋谷区立プール」の監視員なの?
 しかし、昨日夢で見たことが正確だという保証はどこにもないし、私は事件に関する情報を持ってないから、そういうことを話すのはやめた。
彼は名刺を置いていった。
「安西 徹
渋谷区立プール監視員」
 その安西徹とおると名乗る男性は無言で立ち去った。その足音が妙に反響している。冷たい風が病院の長い廊下を吹き抜ける。
「ああ、何でこんなことになっちゃったかなあ。これじゃ俺加害者同然だよ。どうやって罪を償えばいいんだろう。俺の一生が台なしだ。社長に言われたことをしただけなのに。」
 安西徹は被害者である私に聞こえぬような小声で呟いた。
 私はため息をついた。病室の窓からは相変わらず一面の緑が見える。今日は雨だ。その緑が活気なく見える。毎日私は窓からその草原しか見ていない。同じ景色を見て、同じ時を毎日過ごしている私。昔に戻りたい、いつの日にか。
 しばらくすると、昼食をいつものおばさんが運んできてくれた。朝と同じように奈々美ちゃんが食事の面倒を見てくれた。食後、私はトイレに行きたくなった。お母さんが看護婦さんを呼んでトイレのやり方を聞くと、お母さんが車いすに乗り換えた私を押そうとした。
「私がやります。」
 そう言ったのは奈々美ちゃんだった。至れり尽くせりだと思った。きっと奈々美ちゃんは夏休み中しか、1日中面倒を見ることはできないから、今のうちにいろんなことをしてあげようと張り切っているのだろう。私はそう思った。奈々美ちゃんがあんな
事を言い出すとは知らずに私は奈々美ちゃんにトイレの面倒を見てもらい、私は病室に戻った。同級生なので少し恥ずかしかったが、やってもらってるんだし、友達なんだし、そこはあまり気にしなかった。
 その後、私は病室に戻り、また窓の外を漠然と見つめ始めた。見たいテレビ番組の時間は限られているのでそれしかすることがないのだ。
窓の外では雨が降り続いている。寒そうだ。けれど、寒くても外に出る方がこんな牢屋のような病室に閉じこもってるよりもずっと魅力があった。人はあの草の上を歩くのだろう。それぞれの逞しい足で。傘というものも差すのだろう。それぞれの立派な手で。私はそのどちらも持ち合わせていない。私は自分の性を嘆いた。ああ、どうして私だけ。
 テレビをつけるとフィギュアスケーター達が舞うように氷上を滑っている。その逞しい足で。
 しばらくすると、奈々美ちゃんが私をリハビリに連れていった。さっきもリハビリと言っていたから今度もリハビリだろうということは容易に予想がついた。
 リハビリは理学療法というらしい。奈々美ちゃんから聞いた。それは歩けるようになるためのリハビリだという。私はそれまで自分が歩けないということが分からなかったので驚いた。
単なる事故でそこまで怪我を負うものなの?
 私は理学療法室に連れていかれた。そこで私はまた先生にいろいろ体を触られて今日もそれで終わりとなった。
 こんなことばかりしてて本当に歩けるようになるのか。
 そのときの私の心情だった。
 晩ご飯が来た。私は晩ご飯を食べた。どうして、こんな何の変哲もない時間を過ごさねばならないのだろう。
何のために生きるのだろう。生きなければならないのだろうか。こんな風になっても。何もすることがない。ただ、食べて、寝て、そんな生活をいつまで繰り返せば良いのだろうか。それが人生というものなのだろうか。
 ただただ、時間を過ごす・・・。
 その日もプールの監視員の人が謝罪に来た。おわびのケーキを持って。私は言ってやった。『お前なんかからもらったものなんて食べたくないよ!』彼はどうしてもと言ってケーキを置いていった。私はそのケーキを奈々美ちゃんにあげることにした。
『毎日介抱してくれてありがとう』
もうすぐ夏休みが終わる。私は奈々美ちゃんに『宿題とかもあるし、大変だからもう私の看病はしなくてもいいよ。』と言ってみた。奈々美ちゃんは軽く首を振ると、『宿題より友達の方が大事でしょ』と言ってくれた。奈々美ちゃんはこんなになった私のことをまだ友達だと言ってくれている。お母さんも私のいないところで奈々美ちゃんに大変だからと言って、無理して看病を手伝わなくてもいいと言っているのだろうか。またその長い夜が来た。私は目を閉じてみた。しかし、なかなか眠れない。奈々美ちゃんが帰ってきた。奈々美ちゃんは眠れないで困ってる私を見て今日もまたいつもと変わらぬ声でいつもと同じ子守歌を歌ってくれた。私は妙に落ち着くことができた。心静かに私は眠りについた。奈々美ちゃんへの感謝の気持ちと共に。

4章

 私が朝起きると、いつもそこには奈々美ちゃんとお母さんがいてくれる。私はふいに思った。『私の友達は奈々美ちゃんだけじゃない。』『他にも沢山私の友達はいるんだ。小学校の友達、近所の友達、他にも私の友達は沢山いるんだ』私は奈々美ちゃんに聞いてみた。
「誠君はどうしてる?」
 奈々美ちゃんは快く答えてくれた。
「誠君も環ちゃんのことを心配してたよ。なんか、私が環ちゃんの看病してるのに対して誠君はこの事件の真相を調べてくれてるみたいだよ。」
私はこんなに大きな友情に囲まれて生活してるというのに何の恩返しもできない自分に腹が立った。『恩返しまでは求められてないかもしれない』『それなら早く回復したい』『きっとそれが求められてるんだ』私は全然回復できない自分がもどかしかっ
た。『奈々美ちゃんは私の親友なのだろうか』私はふいに思った。今までは私は友達だと思っていた奈々美ちゃんに自分が奈々美ちゃんの親友かどうか尋ねるのが怖かった。『否定されたらどうしよう』
 しかし今、これだけやってもらっている奈々美ちゃんのことを親友と呼ばない手はないんじゃないだろうか。きっと奈々美ちゃんも私のことを親友と思ってくれているからここまでやってくれてるんだ。もう時期が来た。私の中にはまだ否定されたらどう
しようという気持ちがある。しかし、もう大丈夫だろう。これを親友と呼ばずに何と呼ぶ。
「奈々美ちゃん、私は奈々美ちゃんの親友なのかな?」
一瞬沈黙が流れた。奈々美ちゃんはびっくりしたような顔で私を見ている。やがて奈々美ちゃんは口を開いた。
「何言ってるのよ。当たり前じゃん。」
 私は今までこのことを聞くことを恐れていた意味を問いたくなった。ここには紛れもない親友がいるじゃないか。それなら誠君はどうなんだろう。誠君も直接ではないけれど、間接的に私を心配してくれている。そんな誠君を親友と呼ばない手もない。どちらが果たして親友なのだろうか。2人が親友。それはない。だって、親友を英訳すると「best friend」このfriendは決して複数形にはならない。一人なのだ。しかも「best」という言葉は「一番」という意味を表している。奈々美ちゃんと誠君、どちらがその「best」に値するだろうか。そんなの決められるわけがない。だって2人とも大切な友達だから。こんなことを奈々美ちゃんやお母さんに聞くわけにはいかないだろう。お母さんは主に私の服を洗ってくれたりしているのでいつもは私は奈々美ちゃんと病室で2人きりでいる。こんなことを奈々美ちゃんに聞いたら奈々美ちゃんは何て言うだろうか。
 そんなことを思ってるうちにリハビリの時間が来た。リハビリが終わって病室に帰ると、机の上に病院食が置いてあった。いつも暇を持て余している私もこのときだけは忙しい。私は味気ない病院食を食べる。自分では物を食べることすらできない私は奈々美ちゃんにご飯を食べさせてもらう。私は単なる事故で身体障害まで患っていたのだ。お母さんは奈々美ちゃんが私にご飯を食べさせているところを見て言う。
「奈々美ちゃん、大変でしょ。もうすぐ夏休みも終わるし、奈々美ちゃんにも宿題とかあるでしょ。もう環の介護は私がやるから奈々美ちゃんは来なくてもいいよ。」
奈々美ちゃんは黙って私にご飯をあげ続けた。一瞬私は聞こえてないのかと思った。
お母さんは充分奈々美ちゃんにも聞こえるような声で言っていた。と思ったら、奈々美ちゃんが口を開いた。
「これが、私の友情です。お母さんの方こそもう来なくてもいいですよ。全て私にお任せください。下の世話から服の洗濯まで全部私がやります。」
私は心の中で『これが私の友情です』と言う言葉を反芻する。『私は何ていい友達を持ったんだろう。』やっぱり、親友は奈々美ちゃんなのかな。でも、誠君だって私の回復を遠いところから応援してくれてる。どちらが本当の親友なのだろう。そんなこ
とを思っていると、お母さんが口を開いた。
「それが奈々美ちゃんの友情でも、奈々美ちゃんは学校に行かなくちゃいけないし、宿題もあるでよ。無理しなくていいよ。」
「学校は何とかします。私にとっては何よりも環ちゃんが大切ですから。宿題はお母さんが心配することではありません。ちゃんと夜家に帰ってからやってますから。それに私が来なくなっても、来なくなったからといっても、何かしますよ私は。親友と
して。」
『親友』 この言葉の意味を私は考える。英訳して「best friend」必ず一人。ベストなのだから。
 そんなことを思ってるうちにリハビリの時間がやってきた。私は奈々美ちゃんに車いすを押してもらって理学療法室に行く。最近は私の身の回りのほとんどの介護を奈々美ちゃんにやってもらってる気がする。排泄の介護も入浴も食事も全て。そしてお母さんはそれを黙って見てる。本当は言葉で言い表せないほどの感謝の気持ちが胸の内にあるのだろう。
リハビリが始まった。毎日同じようなことを繰り返しているだけのような気がする。
そのリハビリの工程にも私の身体能力にも変化が感じられない。こんなことをいつまでも続けていて、歩けるようになるのかさえ分からなかった。リハビリが終わると、奈々美ちゃんが私の車椅子を病室まで押していった。私が病室に入ると私のベッドの上に一通の手紙が置いてあった。私はほとんど動かない手で封筒を破る。中には何度も消した跡がある便箋が入っていた。誠君からだった。
「環ちゃんへ 具合はどうですか?リハビリ頑張ってますか?僕は環ちゃんの事故についての真相を調べてます。僕だけ楽をするわけにはいかないからね。僕は環ちゃんと同じくらい真相究明の調査をがんばってるつもりだけどまだまだだよね。環ちゃんはすごくリハビリに積極的だって奈々美ちゃんから聞いたよ。僕ももっともっと調査をがんばるからね。だから環ちゃんももっともっとリハビリを頑張ってね。僕が調査をしてるなんてでたらめだとと思うかもしれないから今までの調査で解明したことについて、書いておきます。なんか環ちゃんの事故は事故じゃないみたいだよ。環ちゃんがプールに行ってた日のスライダーに乗ってた時間帯にあのプールの近くのもりで鳥の交尾の映像をビデオに撮ってた遠藤悟さんという人がいたんだ。彼のビデオを見ると環ちゃんがそのスライダーから落ちる瞬間が見られるんだ。環ちゃんの前にスライダーに乗った人の映像も見られるんだけど。それを見てると、明らかに事故ととらえるには不自然なところがあるんだ。環ちゃんの前に乗った人がスライダーを終えたときにはスライダーの1箇所がボロボロになってるんだ。もう一人の体重も支えきれないくらいに。案の定、環ちゃんはそこから落ちた。今、悟さんにそのビデオを借りてるから、それを一緒に見ようと思って持ってきたんだけど今は環ちゃんはリハビリ中みたいだね。僕と違って環ちゃんは忙しいんだね。そういえば、志織ちゃんは環ちゃんの生活に必要な物資を提供してくれてるみたいだよ。こんなに沢山の人が環ちゃんの回復を応援してるんだから早く回復してまた元気な顔を見せてね。また来るからね。   P・S僕と環ちゃんと奈々美ちゃんと志織ちゃんの皆で撮った写真を同封しとくね。落ち込んだときにはこのときの友情がまだ生きてると思って元気を出してね。 誠より」私は封筒の中から、その写真を取り出した。写ってる皆の笑顔が少し悲しげに見えた。私は写真を壁に張った『会いたかったな、誠君に』『伝えきれないほどの感謝の気持ちを私は伝えたい』その手紙は何度も消して書き直した跡があった。それは特に調査で解明したことが書かれている部分よりも最初の挨拶の部分に目立った。きっと誠君はこの手紙を書くのに何日も書けたのだろう。私に伝えたいことがうまく伝わるように一語一語を選んで書いてくれたんだろう。何度も消して書き直して。そう思うと私は嬉しくなって、知らず知らずのうちに私は涙を流していた。『ありがとう、奈々美ちゃん、誠君。』志織ちゃんも私の回復に協力してくれてるんだ。友達は大切だ。そこまで私は頑張ってないと思うけど、奈々美ちゃんが私のことを思って私はリハビリにも積極的だよって皆に伝えてくれてるのかな。ありがとう。ここにも友情がある。私は何て沢山の友情に囲まれて生きているのだろう。一つでも欠けたら私は生きていけない気がする。もっと頑張らなきゃ。私は誠君からの手紙を壁に張った。いつでも読めるように。私はずっと涙を流し続けた。涙は止めどなく流れ、溢れてきた。どれくらいの時が流れただろうか。私は自分の青春をベッドの上で過ごさなけれ
ばならないことを嘆いた。しかし、これは誰かがどうにかできる問題ではない。奈々美ちゃんはそこにいて、ただ黙って、私を見ていてくれた。
 そんなとき、主治医の要先生がドアを開けた。要先生と会うのは久しぶりだ。ずっと奈々美ちゃんといたのだから。私は要先生に挨拶をした。要先生は、挨拶を返すと、奈々美ちゃんの方を向いた。何を話しているのかまでは聞き取れなかった。要先生が部屋を出ようとすると丁度お母さんが洗濯を終えて帰ってきた。要先生とお母さんは挨拶を交わした。そして、要先生は私のことについて話し出した。話し終えると要先生は立ち去った。
私は何を話したのかお母さんに尋ねた。お母さんは奈々美ちゃんにも聞こえるような声量で言った。怒ってる雰囲気ではなかった。
「奈々美ちゃん、今までありがとうね。でもね、今先生からお話を受けたんだけど、このままじゃ、奈々美ちゃんがほとんどの介護をするようになっちゃって、私と先生が話をする時間がほとんど取れなくなっちゃうの。それに環の退院の時期を第三者に
よって決められるのは、ちょっと考えものだから、今までありがとう。来てくれてもいいんだけど、環の主たる介護は私がやるね。今までありがとう。」
黙って私を見ていた奈々美ちゃんは一瞬の間を置いて口を開いた。
「お母さんがそうおっしゃるなら、私一人で環ちゃんの介護を全てやらせていただきますよ。お母さんはずっと、この部屋にいればいい。いつでも先生とお話できるように。それに私はただ、この事故の関係者だからここに来てるわけじゃないんです。私だって、学生です。もう他の友達と夏休みを満喫したいですよ。こんな介護なんて面倒臭くっていつまでもやりたくないですよ。でも、私は環ちゃんとの友情を確かめるためにこうしているのです。実は環ちゃんとは昔から喧嘩ばかりでした。こんな中で培った友情はどんな友情よりも大きなものになるはずです。だから、あんなに仲の悪かった私達だって、今ではお互いを親友と呼びあえます。あのとき、プールに行ったのは今までの仲直りとこれから仲よくしようという約束を兼ねてのものだったんです。それなのにこんなことになっちゃって、こんな状況でこんなことになったというのに今の私に他の友達と残りの夏休みを満喫するなんて事はできるわけないです。だから、今まで通り、来させてください。」
 お母さんは困ったような顔をした。
「そこまで言うなら、環の介護の全てをやってもらおうかしら。大変だと思うけど。
奈々美ちゃんの言うとおり私はこの部屋にいるだけにするわ。明日からよろしくね。」と言って、お母さんは病室のソファーに座った。こうして私の奈々美ちゃんとの生活が始まった。

5章

 私は目覚めた。昨日は何故かよく眠れた。きっと奈々美ちゃんにそこまで迷惑を掛けたくないという気持ちからだろう。毎日同じ子守唄なんて赤ちゃんじゃないんだから歌ってもらうわけにはいかない。いつものように病室には奈々美ちゃんとお母さんがいた。奈々美ちゃんは私が起きたのに気づくと、おはようと声をかけてくれた。お母さんも声をかけてくれた。私も返事をした。
 しばらくすると、調理師のおばさんが朝御飯を持ってきてくれた。奈々美ちゃんはソファーから立ち上がり、私にご飯を食べさせ始めた。時々はやっぱりお母さんが手を貸してくれる。やっぱり同年代の介護なのだ。一人じゃ大変だろう。私は言ってみ
た。
「奈々美ちゃん、大変でしょ。私ならもういいから、私なんかに構わずに残り少ない夏休みを満喫して。」
 奈々美ちゃんはやっぱりしばらく黙っていた。
「私も環ちゃんと友達で良かったと思うよ。そりゃ、喧嘩もしたけど、あの頃だって、喧嘩するほど仲がいいって言うでしょ。あの頃だって、一応は友達だったんだよ。せっかく、環ちゃんと仲直りできて、お互いに親友と呼びあえるようになったっ
て言うのに、そんな親友を私は裏切れないよ。」私はその言葉に矛盾を感じた。奈々美ちゃんが私の介護を始めたからお互いに親友と呼びあえるようになったのだ。そんな理由なら初めから私の介護なんてしなければ良かったんじゃないのか。
「そんな理由なら、別に私の介護なんて無理してしなくてもいいよ。奈々美ちゃんが私の介護をし始めたからお互いに親友と呼びあえるようになったんだもん。」お母さんも私の意見に付け足すように「もう残りの夏休みを満喫して。」ということを言った。
 その言葉は奈々美ちゃんに少し悪く聞こえたかもしれない。私はその言葉を悪く聞こえるように言ったつもりはない。しかし、今までずっと介護をしてきてくれた人に対してそういうことを言うのはやはり、悪い印象を与えるものだろう。奈々美ちゃんは
ただそこにいて、微笑みをくれた。しばらくすると、奈々美ちゃんは「さあリハビリの時間だよ」と言って、私を車椅子に移動させて作業療法室へと私を連れていった。
お母さんもこれにはついてきた。作業療法室ではいつもと同じ人達がいつもと同じような方法でリハビリをしている。私の先生はいつもと同じ顔で私を待っていてくれた。何の変哲もない、いつもと何一つ変わらない毎日。リハビリを終えると、奈々美
ちゃんは私を部屋まで押していった。こんなに沢山の友情に囲まれて私の回復を皆が願ってくれている。なのに全然変化のない私。ああ情けない。こんな私に神が与えた使命とは一体なんなの?
 私が部屋に帰ると、病室には誠君と悟さんがいた。
「ああ、やっと会えた。」
「はじめまして。遠藤悟です。」
 私は悟さんに挨拶を返すと誠君への伝えきれない感謝の気持ちをどう伝えようか迷った。『今まで私にはあれほどの時間があったのにどうしてこれくらい考えておかなかったんだ。』私は思った。私はとりあえずこう言った。
「誠君、今までいろいろありがとう。私頑張るね。」
誠君はちょっと黙り込んでこう答えた。
「どういたしまして。頑張ってね。応援してるよ。一日でも早く学校に戻ってきてね。」
私と誠君とお母さんと悟さんと奈々美ちゃんは皆であのビデオを見た。私の前の人がスライダーを滑り終えた時には確かに一箇所がぼろぼろになっていた。案の定、私はそこから落ちた。私がそのスライダーから落ちる瞬間が鮮明に写っていて私は少し恐怖を覚えた。標高150メートルはあっただろうか。
 私と誠君はそれを見てしばらく黙り込んだ。私は初めて見たのでショックが大きいのだが、誠君はこのビデオは何度も見てるはずだ。私を気遣ってくれているのだろうか。しばらくしてから私が口を開いた。
「私って、本当にプールの事故に遭ったんだね。」
 もう既にそんなことは分かっているのに改めて見ると、ショックがあった。
「あ、ごめん。こんなの見せない方がよかったかな?」
誠君は気を使っている。
「ううん、そんなことないよ。大丈夫。でも、やっぱり誠君の言った通り、これを事故ととらえるには不自然な点があるね。毎日、スライダーの安全確認をしてるなんてことは当たり前のことだもの。」
「うん、そうなんだよ。ところで、環ちゃんのお父さんの佑さんって、どこで働いてるの?」
「えっ、うちのお父さんはね、水道会社だったと思うよ。」
「やっぱり、この事故を計画されたものと考えるためには何かあのプールと環ちゃんの間にいざこざがあったという仮説が必要だからね。それで、その水道会社とあのプールの間に最近何か接触はあった?」
「えー、そこまでは私は知らないよ。お父さんに聞いて。」
「やっぱり知らないか。じゃあ、お父さんに直接聞いてみるね。じゃあこれからもリハビリとかいろいろ頑張ってね。バイバイ。」誠君は病室から出ていった。私は思った。「頑張れ」ってどうやって。私はもう既にこんなにも頑張っているのに。口で言うのは簡単だ。ふざけるな。 私は訳もなく憤りを覚えた。
奈々美ちゃんが私に声をかけた。
「誠君もあんなに環ちゃんの回復を応援してくれてるんだからこれからもリハビリ頑張ろうね。」
 お前もかよ。その「頑張れ」という言葉を言うだけか。無責任すぎるだろ。
奈々美ちゃんは続けてこう言った。
「環ちゃんもだいぶ回復してきたんだからそろそろ外泊とかしてみたら。お母さんとも相談してみたよ。お母さんもいいって言ってたし。先生もそろそろそんな時期だろうって。」
私は外泊をしてみることにした。もう、毎日毎日同じ天井と睨めっこしてるのは嫌だ。

6章

 私はお母さんと奈々美ちゃんに連れられてあれ以来はじめて、家に帰った。その家はどことなく懐かしかった。家を見るとこの家を横目に奈々美ちゃんと遊んだ思い出が止めどなく溢れてくる。サッカーもやったよね、テニスもやったよね、お正月にははねつきもやったし、七夕にはこの木に短冊を飾ったりもした。門扉から玄関までは数段段差があった。私の家がバリアフリーになってるはずもない。『もうここは私の居場所じゃない』私は思った。奈々美ちゃんとお母さんになんとか運んでもらい、玄関をくぐった。中には家族がいた。そういえば、何でお母さんと奈々美ちゃん以外私の介護に来なかったんだろう。私にはまだ父親という家族がいる。忙しくて来られなかったのかな。それでもお見舞いくらい来てくれたっていいはず。私はそれを疑問に感じた。そういえばこの土日で長かった夏休みも終わりだ。奈々美ちゃんはもう少しで来られなくなる。今のうちに奈々美ちゃんと一緒に過ごせる時を満喫しておこう。
自分の部屋に入ると、懐かしい空気が私を包み込んだ。誠君の話を聞く限りは私の事故は事故ではなく事件だ。しかし、どうやって、誰が意図して、そして、誰が私に怪我を負わせたのだろうか。懐かしい空気が私に語りかけた。そんな気がした。『お父さんとの会社の関係で、お父さんへの仕返しのためにプール職員が・・・」
 ふと窓の外を見ると誠君が顔をのぞかせていた。

(完)


 どうも、作者です。はっきり言ってこれはあまり、自分でも満足のいく作品ではない
です。だけど、読者のほんの一部の方だけでも「こんな友情は素晴らしいなあ」と共感してもらえたら嬉しいです。
 今日は少し歯茎の話をしたいです。私は小さい頃から歯の質がとても良くて全然虫歯とは縁のないような人間でした。なので私はそれで安心しきって歯磨きを全然といっていいほどしませんでした。一回歯を磨くのは30秒くらいでした(笑)今もそうな
んですけど。
 つい先日、歯茎が痛くなりまして、「歯肉炎」にかかったのかと思い、それを治そうと毎日一生懸命に磨いたのですが血が出るばかりで一向に治りませんでした。
痛くてたまらなかったので、僕は遂に歯医者へ行きました。診察を受けると、ただ歯茎を怪我してるだけというのでがっくりしました。「歯肉炎じゃなかったのか・・
・。」私は「歯肉炎」だと過信していたのです。そして一生懸命に磨きすぎてその傷を悪化させていたのです。私は消毒をしてもらいました。
このようにどんなに「この人は信じられる友達だ」と思ってもその人を過信するのはどうかと思います。友達だと思って親しくしていても実は違って、かえって、人間関係が悪くなってしまう可能性だって否定できません。こんな作品を書いたくせに言うのは少しおかしいかもしれませんが。本当は友達じゃないかも知れません。「歯肉炎」ではなかったように。そして、治そうと思ってやっていたことが返って傷を悪化させてしまったように。
私はうがい薬をもらって家に帰りました。

平成19年9月24日 自宅にて













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