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作:忍足香輔


「ぼくは考えた」
 それは雨が降ってきた夜のこと。ぼくは部屋に一人で机に向かっている。家族はみんな帰ってきているが、物音一つすることはない。時計はもうすぐ明日になろうとしていた。
 雨が降っていると、ぼくは檻に閉じ込められたような気分になる。外に出ようとしても、なんとなく気が乗らない。体が濡れてしまうからだろうか? でもぼくは体が濡れても気にしない。むしろ気持ちがいいくらいだ。今もぼくの体は濡れている。
「じゃあ何故だろう? ぼくは何故外に出ようとしないのだろう? 外が暗いからだろうか?でもぼくは、どちらかというと夜型の人間だ。夜に行動するのが大好きだ。それに、昼間の雨でもぼくは同じ感覚を味わう」
 ぼくは後ろを振り返った。そこには姉が寝ている。音も立てずに、仰向けで寝ている。 
「姉さんはどう思う?」
 ぼくの問いかけに答えない。姉は何も答えずに、ただ雨の音が部屋の中に鳴り響いている。
「姉さん、ちょっと起きてくれよ」
 それでも姉は目を覚まさない。ぼくは姉にまたがった。そして姉の胸を思いっきり鷲掴みにする。
「なんで起きてくれないんだよ? ぼくの話を聞いてくれないんだよ?」
 姉の胸の弾力は失われていた。ぼくの力に合わせて返された弾力はもう無い。やわらかく、あたたかかったはずの姉の胸は、いびつによじれ、冷たい。
 姉の喉には無骨としか表現しようのない出っ張りがある。ぼくはそれを引き抜いた。
「姉さんはぼくが嫌いになっちゃったのかな? そんなことないよね。ぼくは姉さんが大好きだもん。すごいすんごい大好きだもん。ぼくが大好きなんだがら、姉さんだってぼくのこと大好きでしょう? だって、ぼくは姉さんに包まれているんだから。姉さんがくれたプレゼントに、ぼくは包まれているんだから」
 ぼくは何度も何度もナイフを振り下ろした。
「もっとぼくを姉さんで包んで。ぼくは外に出たくないんだよ。雨の日は外に出たくないんだよ。姉さんに包まれるだけで、ぼくは幸せなんだ。はじめて会った夜に言ってくれたじゃないか。ぼくのことが大好きだって。ぼくの言うことを聞いて、くれたじゃないか。叫ぶぐらい必死に、ぼくにお願いしたじゃないか。ぼくに愛して欲しいって」
 ぼくは何度も何度もナイフを振り下ろした。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。そしたら、姉はぼくにすべてを見せてくれた。今まで隠していたものを全部見せてくれた。やっと、ぼくにすべてを見せてくれた。
「ああ、姉さん。やっぱり答えてくれた」
 ぼくはそれらを抱きしめた。姉が隠していたそれらは、ぼくの全身を姉さんで染めてくれる。ぼくを包み込むのに、十分な量があった。でも………。
「姉さん、なんでこんな冷たいの? 冷たすぎるよ。まるで雨みたいだ。それに黒いよ。ぼくの好きな色は赤なのに。なんでこんなに黒くなっちゃったの? なんでみんな最後はぼくに冷たくするの?」
 ぼくは必死で姉に聞いた。目が熱くなり、いくつもいくつも涙がこぼれた。姉はそんなぼくをじっと見つめている。何も言わずにただ見つめるだけ。
 姉の顔はきれいで、ぼくは大好きだ。頬をなでると、姉は目からいくつも涙を流して、ぼくに大好きと言ってくれた。何度も繰り返し、ぼくに大好きと言ってくれた。
 でも、もう何も言ってくれない。頬をなでても、姉はただぼんやりとぼくを見るだけ。
「もう、駄目だな」
 ぼくはそう呟いた。悲しかった。ぼくは心底悲しかった。
 ぼくは隣の部屋に姉を運んだ。姉は見かけによらず重く、力の弱いぼくには重労働だ。だからぼくは何回かに分けて運んだ。今までそうしてきたように。何度も往復しないといけなかったが、さすがにもう慣れてきた。
 ぼくは姉が寂しくないように、みんなと同じ部屋に運んであげた。一人ぼっちは寂しいだろうから。
 ぼくは最後に姉の頭を運んであげた。その頭を、ぼくは本棚に並べる。ぼくの姉さんたちが、ぼくを見ていた。
「ぼくの新しい姉さんだよ。仲良くしてあげてね」
 ぼくはそう言って、みんなの頬をなでてあげた。髪を櫛で梳かしてあげた。姉さんたちはいろんな化粧をするから困っている。ぼくはそのままが一番なのに、そう言っているけど、姉さんたちは化粧を止めようとしない。ぼくでも知っている。きっとおしろいをつけているんだね。みんなどんどん顔を白く染めたがる。きっと流行っているんだなとぼくは思う。だって、みんな同じ化粧をするんだから。きっとこの姉も、みんなに影響されちゃうだろうな。少しづつ、少しづつ白く染めていくのだろう。
 ぼくは姉さんたちの髪を梳き終わると、ゆっくりと扉を閉めた。
「じゃあぼくは行くね。また新しい姉さんを連れてくるよ。新しい姉さんとも仲良くして欲しいな。きっとここに連れてくるから」
 ぼくは玄関に行き、靴を履いた。相変わらず、外は雨が降っている。ぼくは雨が嫌いなのに………。
 
「そうか」

 ぼくは気付いた。なんでぼくは雨の日に外に出たくないのかが。
「姉さんが流れ落ちてしまうからだね。せっかく姉さんに包まれても、雨がぼくと姉さんを引き剥がすんだ」
 ぼくは暗い道を歩き始めた。冷たい雨が頭から、顔から、手から、足から姉さんを引き剥がす。
 姉さん、姉さん、姉さん・・・・・・・・・・・・
 ぼくに、雨は容赦なく降り続く。
 いつまでも、いつまでも

 

















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