第8話 開始
京子たちに美衣子いじめの作戦を話していると、不意に誰かに肩を叩かれた。
振り返ると、そこにはあいつが居た。……そう、美衣子だ。
「ねぇ、るぅちゃん。ちょっと良いかな?」
京子がすぐさまあたしの代わりに、優しい笑みを浮かべて美衣子に尋ねた。
「あ、美衣子じゃん! どうかしたの?」
京子のその問いかけに、美衣子は一瞬、戸惑いの色を見せた。
仕方の無いことだろう。あたしや瑠夏が他の子と仲良くしたことなんて、今まで一度も無かったから。
「え、えっと……」
美衣子は暫くもじもじしていたが、やがて顔をあげて、こう言った。
「消しゴム忘れちゃったみたいなの。良かったら、貸してもらえないかなぁ……」
その瞬間、グループ全員の声が止まった。しんと張り詰めた空気―――。
重苦しい空気の中、瑠夏があたしの耳元で囁いた。
「今、メールで協力頼んだんだけど、みんな協力してくれるってさ」
その言葉に驚き、慌てて教室内をぐるりと見回す。
あたしと目が合った女子たちが、みんな笑みを浮かべて小さくVサインを出した。
そうか。……あたしは理解した。クラスの女子全員が、あたしの味方になったのだ。
それを理解した瞬間、あたしの口元には、自然と笑みが浮かんだ。
「あの、るぅちゃん……お願い、消しゴム……」
遠慮がちに話しかけてくる美衣子。折角いい気分だったのに、その耳障りな声を聞いただけで再び怒りが湧いてくる。
「分かってるって。……ちょっと待って」
一応美衣子にそう言って笑いかけて、あたしはもう一度自分の席へ向かった。机から筆箱を取り出し、消しゴムを取り出す。
猫のキャラクターが印刷されている、あたしのお気に入りの消しゴム。ちょっと勿体無いけど、このさい仕方が無い。
あたしは覚悟を決めて、その消しゴムを構え、にやりと笑った。
「美衣子、それじゃあこれ貸してあげる! 投げるから、ちゃんと受け取ってよね!」
あたしが強い力で投げたその消しゴムは、美衣子の体に勢い良くぶつかった。
びしっという鈍い音に、美衣子の驚いたような悲鳴が重なる。
その瞬間、まったく別の方向から、またしても美衣子めがけて消しゴムが飛んできた。
それは美衣子の頬に当たった。流石に痛かったのか、美衣子はぎゅっと目を瞑って慌てて頬を押さえた。
美衣子にその消しゴムを投げたのは瑠夏だった。瑠夏は静かに美衣子の傍へ歩み寄り、にっこりと微笑んだ。
「あたしのも貸してあげるから、使ってね」
「……あ……う、うん……瑠夏ちゃん、ありがと……」
急いで床に散らばった2つの消しゴムを拾い上げようとする美衣子。
それを待っていたかのように、京子が自分の消しゴムを美衣子の背中に投げつけて、言った。
「あたしのも貸してあげるね、美衣子」
あたしたちの行動を見て、クラスの女子がいっせいに筆箱を漁り、自分の消しゴムを美衣子に投げつけ始めた。
「それじゃああたしのも貸す〜!」
「あたしもー!」
「あたしのも使っていいよ!」
これは誰の目から見ても、確実な“イジメ”だった。
普通ならば、誰かがイジメに遭っていたら助けるなんていうヒーローがクラス内に必ずいるはずだが、あたしたちのクラスは酷く現実的だった。
男子達は普段どおり好きな漫画やゲームの話をしてはしゃいでいるだけで、此方には見向きもしなかった。いや、気づいているのかもしれないが、誰も助けはしなかった。
美衣子を虐めるあたしたちにとっては、この環境はとても適していた。
更に調子に乗ったあたし達は、美衣子をもっと傷つけようと躍起になった。
「ねぇ、美衣子」
「誰の消しゴム使うの〜?」
「あたしの、使わなかったら殺すからね!」
「私のも使ってよ? あんたなんかに貸してるんだから!」
「あたしのもちゃんと使ってよね!」
クラスの女子全員から理不尽な罵声を浴び、美衣子は涙目になって震えている。
あたしと瑠夏と京子は美衣子の側へと歩み寄り、黒い笑みを浮かべた。
「ねぇ、美衣子。どの消しゴム使うの?」
「る、るぅちゃん……瑠夏ちゃん……京子、ちゃん……? どうしたの……? なんか、こわいよぉ……」
「折角貸したんだから、全部使い切ってよ? もし捨てたり無くしたりしたら、あたしたち全員、あんたと縁切るからね!」
美衣子はとうとう泣き出した。泣きながら、何度も首を縦に振る。
「それじゃ、がんばってねー」
美衣子は泣きじゃくりながら、大量の消しゴムを拾い集め始めた。
あたしたちは全員で美衣子を取り囲み、その姿を嘲笑った。
いい気味だ、そう思った。
もっと傷つけばいいんだ。そして、死んでしまえばいい……。
罪悪感なんて、あたしには欠片も芽生えなかった。
|