第87話 真実
涙が口を開くよりも早く、両端の物陰から沢山の人影が現れた。
振り返ると、後ろにも。涙は沢山の人間に取り囲まれたのだ。
涙を囲む人物たちは、彼女が良く知っている顔ばかりだった。
・・・瑠夏、京子、奈々をはじめとする涙のクラスメイト全員が
恐ろしい目をして、涙を睨み付けている。
流石の涙も足がすくんでしまった。助けを求めるように、棗に視線を振る。
「・・・なつ、め・・・?」
棗の瞳には、目の前にいるクラスメイトたちと同じ
殺意と怒りと憎しみが、くっきりと浮かび上がっていた。
「・・・先輩、すみません」
俯いたままで両足を引き摺るようにして一歩前に出た棗は
震える涙を目の前にして、いきおいよく顔を上げた。
「さよなら」
突き出された棗の両手は涙の肩を押し出した。
その瞬間、涙の体は強く重力に引っ張られた。
「きゃああああああ!」
両手を振り回し、涙は辛うじて地面を掴む。
脂汗と恐怖で、今にも手が滑りそうだ。
下を向き、涙は恐怖に震え上がった。
ここから転落したら・・・確実に、死が待っている。
「やだ・・・、死にたくない! 助けて、棗!」
必死に助けを求めるが、棗は冷たい瞳を涙に向けるだけだった。
「棗・・・どうして……?」
涙声で棗の方をじっと見つめる涙。
棗は、俯いたままで・・・こう呟いた。
「美衣子先輩・・・」
その名前を聞いた瞬間、涙の体が強張った。
「みい、こ・・・?」
どうして、その名前が棗の口から?
涙は戸惑いを隠せず、困惑した表情を浮かべている。
棗の瞳から大粒の涙が零れた。棗は涙を袖で拭いながら、涙を睨みつける。
「俺、美衣子先輩の事が好きだったんです。
小学生の時から・・・美衣子先輩は、俺の憧れの人でした。
でも、今年の初めに雪山先輩とお付き合いされ始めたって聞いて、
俺、正直ショックだったけど・・・でも心の底から2人の幸せを願ってました。
それなのに・・・2人とも、もう逢う事の出来ない所へ逝っちゃいました。
明らかにおかしいと思ったんです。同じような時期に、2人一緒に死んじゃうなんて。
美衣子さんは強い人だったから、後追い自殺なんてするはずないし・・・。
どうしても真相を知りたくて、瑠夏さんにあなたの存在を聞いたんです」
涙は我が耳を疑った。
・・・棗が美衣子を好きだった?
ウソだ。だって、だって棗は何度も自分に笑いかけてくれた。
すごく優しくしてくれた。愚痴だって沢山聞いてくれた。
縋るような涙と目を合わせようともせず、棗は怒りのこもった口調で叫んだ。
「・・・2人の幸せを奪ったのは、他でもない貴女です。
俺は・・・俺は自分の手で、貴女を地獄に落とさなければ気が済みません。
もし貴女が自分の罪を認めて謝ってくれたなら、こんなことまでしなくても良かったのに」
熱を帯びた棗の涙が、ぽつぽつと涙の手の甲に落ちていく。
棗は、ゆっくりと足を振り上げ、涙の指先を力一杯蹴りつけた。
「っ!」
痛みに耐え切れず、涙は滑り落ちた。
涙の体は、そのままコンクリートの地面に吸い込まれていく。
落ちていくまでの間、涙の脳内には棗の顔だけが浮かんで消えていった。
―――傷ついた心を癒してくれたあの笑顔も、楽しかったあの会話も、
全てが仕組まれていたのだ。全てが……偽りだったのだ。
最初から棗は、涙を殺すためだけに彼女に近づいてたのだ。
そんなこと、信じたくなかった。
涙は遠くなっていく棗に向かって、必死に両手を伸ばした。
「いやあああああああああああ!」
涙が叫び声をあげていたのは、ほんの数秒だった。
涙が地面に体を叩きつけられた瞬間、そこにはまた静けさだけが残った。
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