第83話 少年
涙は屋上に来ていた。怒りのあまり、肩をぶるぶると震わせて。
赤く染まった制服は屋上の風で少し乾いているが、まだ若干湿っていて冷たかった。
「あいつら、どんどん調子に乗りやがって」
歯軋りをし、コンクリートで固められた地面を蹴りつける。
髪の毛を両手の指で掻き毟り、荒々しく溜息を吐いた。
「ふざけてんじゃないわよ……っ! おまえらだってあたしに賛同してたくせに! 一緒になって美衣子をいじめてたくせに! もう……っどうにかしてあいつら、全員黙らせなくちゃ」
苛立ちを言葉にして吐き捨てたその時、後ろから足音が聞こえた。
自分を追いかけてきたクラスの連中か、それとも、自殺だと勘違いした教師の連中か……。
どちらにしても面倒だ、と眉を顰めて勢いよく振り返る。
涙は目を丸くした。そこに立っていたのは、小柄な男子生徒だったのだ。
同じ学年の男子ではない。しかし、見覚えのある顔だった。何度も見たことがある気がするが、あまり良く覚えていない。
「……誰?」
涙は顔を顰め、少し強めな口調でそう訊いた。男子はその問いに対して、小さく俯いて答えた。
「お、俺……ええと、1年C組の、岸本棗です。……その……、一応、葉山先輩と同じ、保健委員なんですが……」
「……あー、そうだっけ? で、あたしに何か用があるの?」
棗は首を横に振ると、蚊の鳴くように細い声を出した。
「いえ、葉山先輩には特に用は無いんですけど、俺、体弱いから、1時間目の体育で気分悪くなっちゃったんです。だから、ここで少しだけ風にあたりたいなと思って……」
歯切れの悪い説明にさえも苛立ちを感じ、涙は口を尖らせて片手をひらひらと振って見せた。
「悪いけどあたしが先客だから帰って。ばいばーい」
「あ……。は、はい……」
悲しそうに項垂れて、棗はとぼとぼと入り口に向かって歩き出した。
(やっと静かになるわ)
しかし、そう思ったのも束の間、棗は涙から少し離れた場所で風にあたり始めてしまった。
涙は少し驚き、棗の方を向いて怒鳴った。
「ちょっ……、何で帰らないのよ!」
「え、あ、……すみません。やっぱり風にあたりたいから、ここにいさせてください。絶対先輩の邪魔はしませんから。あの、それでもダメ、ですか?」
当たり前でしょ、と言いかけたが、流石にそこまで後輩を邪険に扱うわけにもいかないと思った涙は、小さく溜息を吐いて頷いた。
「……好きにしなさいよ」
「は、はい……すみません、ありがとうございます」
心底嬉しそうなその表情に、涙は思わず顔を綻ばせた。
(変な子)
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