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あたしは悪くないもん
作:猫満月



第82話 美術


1限目は美術だった。

「今日は皆で絵を描きましょう。どんな絵でも良いから、あなたの描きたいものを自由に描いてください。素敵な絵を期待しています」

優しげに微笑んだ美術の先生はそれだけ言うと、みんなの絵を見学に回った。
瑠夏、京子、奈々は固まってせっせと絵を描いている。しかし、涙は1人ぽつんと席に座って、じっと真っ白なキャンパスを見つめていた。

(……何でも描いていいのよね。それなら……)

涙はにやりと笑い、キャンパスに筆をはしらせ始めた。


先生はにこやかに1人1人の絵を見て回り、一人ひとりと何か会話を交わしている。
そして、涙の絵を見た先生は、あら……と声を上げた。

「葉山さん、それは何?」

涙のキャンパスには、大きな掌の上で踊っている、小さな人形が描かれていた。

「……操り人形です」

涙は筆を止めることなく、淡々とそう答えた。先生は更に優しく微笑むと、涙の絵を覗き込んで褒めた。

「素敵な人形ね。とっても可愛らしいわ」

それを聞き、涙は一瞬筆を止めて先生の顔を見上げた。

「そうですか? 可愛らしくなんてないんですよ、この人形」
「あら、どうして?」

先生の不思議そうなその言葉に、涙は待ってましたとばかりに笑みを浮かべた。

「この人形は、すぐ壊れるんです。脆くて、とっても役立たずなんです」

そう言うが早いか、涙はベタリと人形の上に黒い絵の具を塗った。可愛らしく微笑んでいた人形の顔が潰される。醜く、汚く、黒く。
涙は更に黒の上から、原色の青い絵の具を重ね塗りし、迷う事無く筆洗い用の汚い水をキャンパスに浴びせかけた。
その瞬間先生は小さく悲鳴をあげ、口を押さえて両目を見開き、眉間に皺を寄せた。

「葉山さん、せっかく描いた絵なのに……どうしてこんなことを……」
「この絵はこれで完成なんです」
「で、でも……これじゃあ水浸しよ?」
「それでいいんです。この絵は水浸しがいいの。水に浸ってふやけて、どんどん汚くなるのが良いの。……あいつと同じように、ね」

くっくっく、と喉の奥から笑い声を上げ、涙は冷たい瞳で汚れた画用紙を見つめた。

その時、

「きゃっ!」

涙が大きな悲鳴をあげた。真っ赤な水が頭から浴びせられたのだ。

「ご、ごめん! 足が引っかかっちゃって……」

慌てた様子でハンカチを取り出し、涙の制服を必死に拭こうとしているのは……瑠夏だった。
涙は瑠夏を力一杯睨んだ。瑠夏はそれに気づいて笑みを浮かべ、小さな声で囁いた。

「……血の色、お似合いよ」

先生はおろおろと涙にタオルを手渡し、焦ったように両手で顔を包んだ。

「大変! 油性ポスターカラーだから、落ちないかもしれないわ……」

涙は先生の手を振り払うようにして立ち上がると、瑠夏たちの絵を盗み見た。
3人はそれぞれ違う画用紙に、全く同じような絵を描いていた。
黒く禍々しい背景に、助けを求めているような、今にも画用紙から飛び出してきそうな1人の少女が描かれている。そしてその少女の全身には赤い絵の具がべったりと塗りつけられていた。
……涙は気づいていた。この少女が自分をイメージした人物だという事に。
ふと気がつくと、周りで絵を描いているクラスメイト達の絵もそれと全く同じだった。
その恐ろしい絵に言いようの無い恐怖心を覚えた涙は、今日何度目かも分からない舌打ちをし、美術室を飛び出した。

「は、葉山さん! どうしたの!」

クラスメイトは誰1人として彼女を追いかけようとはしなかった。

京子が微笑みながら自分の描いた少女の絵に、ライターで火を点ける。焦げる匂いと共に少女の絵が焼かれていった。
それを見ていた1人の女子が、京子の方に手を伸ばした。

「京子、私にもライター貸して」

京子は、うん、と微笑むと、彼女にライターを手渡した。

「はい」
「ありがとう」

その女子もまた、自身で描いた絵にそのライターで火を点けた。
それを見ていた隣の女子も、ライターを借りて自分の絵を燃やす。
あちらでも、こちらでも火が点った。
美術室には紙の焦げる臭いが充満していく。

「ちょ、ちょっとみんな、何してるの!」

先生が慌てて止めに入ろうとしたが、誰もその行為をやめようとはしなかった。
瑠夏が振り向き、先生に向かって冷たく言い放った。

「止めないで下さい」
「え……っ?」
「だってね、先生。この絵は、」

……少しの間を置き、クラス全員が、声を揃えてこう言った。

「これで完成なんですよ」












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