第75話 悲劇
「美衣子ー! どこー?」
瑠夏たちの声は、凄まじい雨音に掻き消された。雨が3人の体を打ち、3人は既に濡れ鼠のようになっていた。
「美衣子、どこにいるの?」」
「美衣子、返事して!」
「美衣子さん!」
どこを見ても、人の気配は感じられない。……こんな天気だから、無理も無いだろう。
不安と、言い知れぬ恐怖が芽生え始める中、突然奈々が足を止めた。
霞む景色の向こうに、奈々の視線は止まったまま。
「奈々、どうしたの?」
奈々は京子の質問には答えず、まっすぐ前方を指差した。
奈々の指は小刻みに震えている。……2人はその指先を目で追った。
その先にあるのは、危険なので立ち入り禁止になっている、切り立った崖だった。
「……」
3人は顔を見合わせる。お互いの顔には不安の色が滲んでいた。
京子が蒼ざめた顔で、はは...と乾いた笑い声を上げる。
「冗談でしょ? 笑わせないでよ、奈々ってば」
そう言いながらも、京子の目は泳いでいた。
「念の為、ちょっと見てこようか」
瑠夏が真剣な声でそう言って、京子の手を引っ張った。しかし、京子はその手を振り払い大きく首を横に振った。
「嫌よ! あんなところにいるわけないでしょ? 念の為って、確認するまでも無いわ。あんなところにいるはずないじゃない!」
瑠夏は唇を引き結んで京子の腕を掴み直すと、力ずくで京子の体を引きずっていった。
「いや、いやあああ!」
“何か”に対しての恐怖で、京子の体は震え続けていた。
3人は崖の頂点に立ち、遥か下の海を見つめた。
雨の音と力強い波の音が混じり合って耳に届く。
雨が、水面に叩きつけられるようにして落ちていく。
……何もかも吸い込んでしまいそうな、大きな青黒い海。
3人の背中に、雨ではない、何か冷たい感覚が走り抜けていった。
海を見ていてこんな気持ちになったのは初めてだった。
このまま見ていたら何かに足を掴まれ引きずり込まれてしまいそうだ。
「い、いるわけないよ、こんな場所」
「ほ、ほら。だから言ったじゃん! 他の場所、捜しにいこ」
京子は瑠夏の腕にしがみついてガタガタと震えながら叫んだ。
そして、海に目を向ける事が出来ず、力一杯目を瞑っていた。
「一度帰ろうか。一旦戻って着替えてから……」
瑠夏はそう言って崖を後にしようとしたが、奈々は動かなかった。
海を見つめたまま、何かにとりつかれたように立ち尽くしている。
「奈々? どうしたの?」
「……」
奈々は何も答えず、自分の足元に視線を落とした。
瑠夏はその様子を心配し、奈々の方へ少し歩み寄った。
「……奈、」
その時 ふと瑠夏も奈々の視線の先を追ってみた。
そして、奈々が目を落としている草の生えた地面に、何か落ちている事に気がついた。
瑠夏は慌ててその場にしゃがみ込み、それを拾い上げて、両目を見開いた。
……それは、美衣子の携帯電話だった。雨に濡れてびしょびしょになっている。
画面を開き、更に瑠夏は驚愕した。画面は、メール作成画面のまま固まっていた。そしてそのメール作成画面には、こんな文字が残されていたのだ。
『瑠夏ちゃん、京子ちゃん、奈々ちゃん、今までありがとう。さようなら』
瑠夏が声に出してその文を読んだとき、京子の目が画面に釘付けになった。
京子はすっかり色が失せた青白い顔をして、首を左右に激しく振った。
「ち、違うよね……間違いだよね、瑠夏! こんなの、美衣子が打ったんじゃないよね」
「あ、当たり前でしょ? 誰かの悪戯よ!」
震えながら叫ぶ2人を片手で制し、奈々は広い大海原を指差した。
「瑠夏さん、京子さん……あ、あれ……」
「え?……」
「あそこに、何か浮いて……」
奈々はそれ以上言葉を発することが出来なくなったのか、ぬかるんだ地面に崩れ落ちた。
“あれ”がなんなのか気づいてしまったようだ。
「こんな、ことって……」
奈々はただ一言そう呟き、その場に倒れこんだ。
「な、奈々、大丈夫? しっかりして!」
瑠夏は奈々を抱き起こしながら、恐る恐る海の真ん中へ視線を振った。
黒く青い海の真ん中には、大きめな黒い物体が浮かんでいた。
……それが何なのか、瑠夏もすぐに理解してしまった。
京子も気がついてしまったらしく、この世のものとは思えない悲痛な叫び声を上げた。
「いやああああ! 美衣子ーっ!」
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