第70話 神様なんて、
数分後、美衣子は弾かれたようにトイレから飛び出した。
髪の毛を両手でぐしゃぐしゃと掻き回し、奇声を発しながらその場へ蹲る。
美衣子は心の中で神へ批判を浴びせていた。
神様なんていない。絶対に信じない。
仮にもし神がいるとしたら、存在している神はきっと死神だけなのだ。
そうでなければ自分をこんなに酷い目に遭わせるはずが無い。
美衣子はトイレの扉に頭をぶつけた。
何度も、何度も。鈍い音がして、額が赤くなっていく。
それでも自分の頭を扉に叩きつける。とうとう額が切れて、血が滲んだ。
これは嘘だ。夢だ。……有り得ない。
こんなことがあって良いわけが無い。
扉からずり落ち、美衣子はその場にへたり込んだ。
「お願い、夢なら早く醒めてよ……っ」
……春風美衣子、14歳、中2。検査結果は、……“陽性”だった。
彼女の胎にいる赤子は、言うまでもなくあいつの子供なのだろう。
美衣子に限り無い恐怖を与え、美衣子の全てを奪った、あの男の。
「……!」
憎らしい。恨めしい。死してなお、あの男は自分に苦痛を与え続けるのか。
しかし、あいつはもうこの世にいない。何故なら、自分自身の手で殺めてしまったのだから。
美衣子は握り拳をつくり、床を力一杯叩いた。
きっと下の階の人が迷惑そうな顔をしているだろう。
でも、そんなことどうだってよかった。
他人の痛みや苦しみなど、自分に比べればなんて事はない。
「うわあああん! あああああ!」
泣き叫び、更に床や壁を力一杯殴る。
5分ほどその状態で泣き続けていると、大家と隣人が部屋の扉を叩いて怒鳴り、注意してきた。
それでも美衣子は鍵を開けることはなく、ひたすら部屋の中で暴れ続けた。 |