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あたしは悪くないもん
作:猫満月



第65話 人殺しの証


美衣子は、ただがむしゃらに走り続けた。とにかく、早く遠くへ逃げたかった。自分の犯した罪から目を背けたかった。
何度も何度も足がもつれて転び、ほとんど目を瞑って走っていたので数回大木にぶつかった。その度に膝を擦り剥き、そこから血が滲んだ。
それでも美衣子は足を止めなかった。男が血まみれになりながら自分を追ってきているような恐怖に苛まれて、狂ってしまいそうだった。

どこをどう走ったのだろうか。山をぬけて走り続けていた美衣子は、いつの間にか自分のマンションの前に立っていた。
一段一段踏みしめるようにして錆び付いた階段をのぼり、自分の部屋の前に立つ。血なまぐさい臭いを放っている服を握り締め、美衣子はドアノブを掴んだ。

部屋の中に入って扉を閉め、虚ろな瞳を部屋の中に向ける。薄暗い室内には、瑠夏、京子、奈々が寄り添うようにして眠っていた。
この3人は、美衣子が危ない目に遭いそうになったときにすぐ飛び出せるように、自分たちの両親を説得してまでここで待機してくれていたのだ。
無表情なままの美衣子の瞳から、涙が零れ落ちる。……どうして自分はあんなことをしてしまったんだろう。いくら悔やんでも、もう取り返しがつかない。

「ん……」

奈々が、小さく寝返りを打った。その瞬間、美衣子の肩がびくりと跳ねる。
暫く呼吸を止め、じっと奈々の様子を観察する。……どうやら、目を覚ましてはいないようだ。
ホッと胸を撫で下ろし、それから、唇を引き結んで立ち上がる。
3人が目を覚まして自分の姿を見た時、きっと3人は自分に対して恐れや軽蔑の感情を抱くだろう。

(もう、友達に嫌われるのは、いや……)

美衣子は音を立てないようにそっと立ち上がると、片方だけになってしまった靴を履き直し、血だらけの手を、ドアノブに向かって伸ばした。扉を開いて、外の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込む。
3人の姿をもう1度目に焼き付けておこうと振り返った美衣子は、ハッとして両目を見開いた。

「……み、……美衣子さん?」

奈々が目を覚ましたのだ。じっと美衣子の姿を凝視する奈々の瞳は、小刻みに震えている。
血だらけの衣服を身にまとった人間が目の前にいるのだ。……当たり前の反応だろう。
美衣子は両手を強く握り締め、ぎこちない笑みを浮かべて奈々の方に片手を伸ばした。

「な、奈々、ちゃん」

しかし、奈々は美衣子を見つめたまま、怯えた表情で2,3歩後ずさった。
その行動を見た美衣子は気づいた。奈々は、自分を拒んでいるのだ。
美衣子は奈々に伸ばしかけていた手を引っ込めて、寂しげに微笑んだ。

「ごめんね、奈々ちゃん。私、最低な事しちゃったんだ。人間として一番やっちゃいけないこと、しちゃったんだ。だからもうみんなには会えない。もう、一緒にいられない。……さよなら」

美衣子は早口でそう言って、玄関の方へ向き直った。ドアノブを掴み、再び外に出ようとしたその時、強い力で後ろに引っ張られた。
驚いて振り返る。……奈々が、血にまみれている美衣子の手を自分から掴んでいたのだ。
奈々は、何かを決意したような強い光を目に宿らせたまま、美衣子の手を再び強く引いた。

「美衣子さん、とりあえず手を洗って、それから、服も着替えて洗濯しましょう」
「え……奈々ちゃん、でも、でもあたし……」
「いいから、まずは手を洗いましょう!」

奈々が少し強い調子でそう言った時、京子と瑠夏も目を覚ました。2人は目を擦りながら起き上がり、2人の方へ視線を振った。

「……どうしたの、奈々?」
「ん、あれ……? 美衣子、帰っ……、……え?」

瑠夏と京子は、血にまみれた美衣子の姿に驚きを隠せない様子だった。
しかし、奈々はそんな2人には構わず、美衣子を洗面所へと引っ張って行った。

奈々が蛇口を捻ると、瞬時に無色透明の水が蛇口から流れ出てきた。
美衣子は流れ出る水に向かって両手を突き出し、片手でもう片方の手を必死に擦った。
すると美衣子の手に付着していた赤は、すぐに水に混ざって溶けていった。

「……っ、……う」

美衣子は突然泣き始めた。苦しそうに、何度も鼻をすすりながら。
奈々は何も言わずに美衣子の背中をさすり、手洗い用の石鹸で美衣子の手を洗うのを手伝った。












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