第61話 雫
その頃、あのストーカー男は携帯電話を握り締めたまま
未だに歓喜溢れる表情をしてだらしなく突っ立っていた。
「やった……やったぞ、美衣子ちゃんと、約束した……」
ガッツポーズをとり、それから何かを思い出したかのように再び携帯電話を持ち直した。
アドレス帳に入っている番号を探し、そこから、とある人物に電話をかける。
呼び出し音が鳴っている間も男は妙にそわそわしていた。5回目のコールで、相手が出た。
『もしもし?』
ダルそうな、女性の声。酷く不機嫌そうな声だった。
その人物は喫茶店にでも居るらしく、電話の向こうは騒がしい。
「もしもし、今時間いいかな、雫ちゃん」
雫、と呼ばれた人物は、うん。と答えて高い笑い声をあげた。
『計画成功したの? それじゃ、これからいつもの場所に行くから。多分5分くらいで着くわ。そっちは?』
「10分もあれば行けると思うよ」
『分かったわ。それじゃ、待ってるから』
その人物はそう言って、通話を切った。
男はフィギュアでパンパンに膨れたリュックに携帯電話を押し込み、
汗を拭きながら、女性と話していた【いつもの場所】へ向かって歩き始めた。
いつもの場所、そこは小さな公園だった。そこのベンチに、高校生くらいの少女が座っている。そう、その人物こそが“雫ちゃん”なのだ。
「雫ちゃん、ごめん。少し遅れちゃった」
「あ、おじさん。やっと来たぁ。……遅いよ」
彼女はニヤニヤと怪しく笑った。
もしかするともうお気づきの方もいるかもしれないが、彼女の本当の名前は、葉山涙だ。
涙は、男に名前を聞かれた際に、「私は、海中雫よ」と嘘をついていたのだ。
美衣子に自分が首謀者だとバレるのを防ぐ為、そして、何らかのトラブルに巻き込まれた時の為。
偽名を使えば大体のトラブルは上手く処理する事が出来る。そう考えたのだ。
「ねぇ、おじさん。上手くいったんでしょ、この間の夜」
「うん。雫ちゃんの立てた計画のとおりにやったらバッチリだったよ! あれで僕の魅力が分かったらしい。さっきドライブの誘いをしたらokをくれたよ」
「…………え。ほんとに?」
雫……もとい涙は、本気で驚きの表情を見せた。まさか美衣子がokするとは思っていなかったのだ。
あまりの恐怖で再び言葉を発せなくなるか、自ら命を絶つかだと思っていたのに……。
まぁ、okしてしまったのならば仕方が無い。と涙は自分に言い聞かせた。
「そっか、良かったね」
それだけ言った涙は無表情になり、髪の毛を弄り枝毛を探し始めた。
男はそんな事を気にも留めず、にこにこと満面の笑みを浮かべている。
「うん、本当に嬉しいよ。これも雫ちゃんのお陰だよ! すごく感謝してるんだ。そじゃあ、少ないけど、これお礼だから」
そう言って、彼は茶封筒を涙に手渡した。
涙は笑顔をつくってそれを受け取り、早速中身を確認した。
「ありがと。3万5千円……か。今回は少なめだね」
「この間の夜、計画が成功したのが嬉しくて、ほとんどのお金を君に支払っちゃったから……今回はちょっと少なくなっちゃったけど、これからはもっと沢山あげるよ!」
「うん、わかった。次もちゃんとお金、用意しておいてね。そしたらまた美衣子の情報売ってあげるから」
「分かってるよ。次は沢山支払うから、楽しみにしてて」
「ええ。……それじゃあ、貰うものも貰ったし、あたし帰るね。おじさん、今晩はたっぷり楽しんできてねー」
涙は立ち上がり、笑顔で男に手を振った。
そしてそれからすぐ、夕暮れの街へ溶けていった。
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