第59話 交番
京子は先程からずっと椅子の上で何度も足をブラつかせていた。
これは京子が苛立っているときの癖である。
京子が何故苛立っているのか―――、その理由は、この交番に居合わせた1人の警察官の態度にあった。
交番に駆け込んだ2人は、そこにいた警官にまず椅子をすすめられ、おとなしく椅子に腰掛けた。
その警官は若い男性だった。……20代前半くらいだろうか。警官は嬉しそうに2人の目の前に座り、陽気に話し始めた。
「今ちょうど暇してたんだよ。ま、良かったらお茶でも飲んでいきなよ」
「いえ、結構です。あの、それより話を……」
京子がそう断ったにも拘らず 警官はしつこかった。
強引に2人の言葉を遮り、お茶の用意を始めたのだ。
「遠慮せず飲んでいきなって!」
コップが3つあるという事は、自分も飲むつもりなのだろう。
その警官はお茶を淹れながら、聞きたくも無い身の上話を始めた。
自分は最近入ったばかりの新米だ、とか、まだあまり事件を解決していない、とか、挙句の果てには上司に対しての不満や愚痴も聞かされるハメとなった。
痺れを切らした京子は机を力一杯叩いて立ち上がった。
「あの、この子が、その……色々あって凄く困ってるんです!」
そう言いながら美衣子を警官の目の前に突き出すと、警官はちらりと横目で美衣子を見て、軽く頷き2杯目のお茶の用意を始めた。
「あぁ、うん。そうだったね。じゃ、話して」
そう言いながらも警官はお茶の用意を続けている。
真面目に話を聞こうとしない警官に、京子はだんだん苛ついてきた。
「あの、真面目に聞いてください! ほんとに困ってるんです」
必死にそう言うが、尚も警察官は呑気にお茶を淹れている。
「うんうん。何かあった? 痴漢? 引ったくり? 誘拐?」
あまりの軽さに、京子は呆れ果てた。
警察官に向かって、怒りのこもった溜息をワザとらしく吐く。
しかし、警官はその怒りにすらも気づいていないようだった。
「じゃあ、これから話してもらいますから、真面目に聞いてください」
京子はそう言って乱暴に椅子に腰掛け、美衣子に、全てを話すように促した。
美衣子は小さく頷き、大きく息を吸い込んで 小さな声で話し始めた。
今までの惨劇を―――……恐ろしかった自分の気持ちを、包み隠さず。
―――しかし。
話の途中で警官の携帯電話が鳴り始めた。
顔を見合わせる美衣子と京子の目の前で、警官はなんの躊躇いも無く電話に出て会話を始めた。
「はいもしもし、城嶋です。あ、木下先輩! ―――あ、はい。はい……今ですか? はい、……えぇ、了解しました! はい、すぐに伺いますので!」
電話を切った警官は、当然のように椅子から立ち上がった。
そして明らかに出かける準備をし始めたのだ。
これには流石の美衣子も信じられないというように彼を見つめた。
「ごめん、急用ができてさ、ほんとごめん。あ、お茶は飲んだら流しにおいといてくれれば良いから。そういうことだから、話の続きはまた今度聞くよ。それじゃあね」
そう言うが早いか、警官は交番を飛び出していった。
「な、なんなのあれ……!」
あっという間に消えてしまった警官。
警官が走っていった方向を見つめて、京子は呆然と呟いた。
美衣子は首を横に振って、小さく声をあげて泣きはじめた。
「み、美衣子、泣かないで……」
「だって……酷すぎるよ、こんなの……っ」
世の中は大分腐っているようね、と京子は心の中で毒づいた。
それから悔しさや哀しさ、虚しさを全て込めて、唇を噛み締めた。
「帰ろう、美衣子」
2人は寄り添うようにしながら、重い足取りでマンションへ向かった。
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