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あたしは悪くないもん
作:猫満月



第57話 喪失感


それから20分ほど経過したが、まだ涙は止まる気配が無かった。
泣き過ぎて胸が苦しい。息が出来ない。
しかし泣き続けて良かった事もあった。
……何故突然涙が出てきたのか、その理由が分かったのだ。

美衣子は雪山に逢いたくなったのだった。
無性に逢いたくなったが、それが叶わぬ願いだと知っているから悲しくなった。
今まで彼が死んでから何度もそんな感情に蝕まれそうになったが何とか耐え抜いてきた。
しかし、昨夜の辛い出来事と先程の瑠夏の優しさが絡み合って、美衣子の気持ちを繋ぎとめていた“何か”が剥がれ落ちてしまった。

どうしても彼に逢いたい。何としてでも逢いたい。
今じゃないとダメなのだ。今逢わないと意味が無いのだ。

その思いが美衣子の体を動かした。美衣子は台所の引き戸を開けて包丁を取り出した。
きらりと光る包丁の刃に、美衣子の疲れきった顔が浮かぶ。
美衣子は軽く微笑んだ。包丁の刃に映る美衣子も同じように微笑む。
そして声を出さず、口だけをこう動かした。

「雪ちゃん、逢いに行くからね……」

そのまま包丁を自分の心臓目掛けて突き刺そうとしたが、あと少しのところで手が止まってしまった。
どうしてなのか理解できなかった。自分の体なのに、言う事を聞いてくれない。
死にたいはずなのに、心の奥ではそれを否定しているとでも言うのだろうか?
死に対する恐怖? それとももっと別の理由があるのだろうか?
いくら考えても答えは浮かんでこなかった。ただ、美衣子の手は止まったままだった。

そのままの状態で、時間が流れていった。
何秒、何分、……いや、何時間かもしれない。
とても長い時間が過ぎたような、そんな気がしていた。

その時、部屋の扉がいきおいよく開いて、誰かが慌てた様子で駆け込んできた。
驚く美衣子。部屋へ入ってきたのは瑠夏と奈々と京子の3人だったのだ。

「3人ともどうしたの……? が、学校は?」
「電話の時、様子がおかしかったから……」
「っていうか、それどころじゃないでしょ! 何やってんのよ! 早く、それから手を離しなさいよ。ほら、こっちに渡して」

京子が諭すようにそう言いながら美衣子の方へと近寄った。
が、しかし美衣子は強く首を横に振ってそれを拒んだ。

「い、嫌だよ! もう、……耐えられない。このまま生きてたって、親友るぅちゃんにいじめられて、嫌な思いをする。もうだめなの! 耐えられない。死んで、雪ちゃんに逢いに行かせてよ!」

暫くその言葉を黙って聞いていた奈々が、突然美衣子の頬を強く打った。
乾いた音が部屋中に響き渡り、美衣子は一瞬両目を瞑って悲鳴を上げた。
それから奈々はいつものように小さな声で、淡々とこう言った。

「そうですか、それなら仕方がありませんよね。……いいでしょう。消えたいんだったら消えてください。さあ、今すぐに!」

奈々は美衣子の腕を掴み、包丁をしっかりと握り直させた。それから、再び強い口調で自害を促した。

「さあ、どうするんですか!」

両目を見開いたままの美衣子の瞳から、涙が零れ落ちていく。その雫はフローリングぱたぱたと落ちていった。
その瞬間……、美衣子は包丁を大きく振り上げた。












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