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あたしは悪くないもん
作:猫満月



第54話 忍び寄る影


月が高く昇った真夜中。マンションの階段をのぼる1つの影。無論、誰1人として異変に気づく者は居ない。
みんな寝静まってしまっていて、辺りにはただ青黒い闇が広がっているだけだった。
階段を1段上るにつれて、その人物の口元が緩んだ。鼻息荒げて、にやにやと笑う―――。……どうやら男性らしい。
その男は、あいつだった。そう、美衣子の家を燃やし雪山を殺害した、あのストーカー男だったのだ。

美衣子の部屋の前で立ち止まった男は何の躊躇いも無くドアノブを捻った。
先程からずっと部屋の前で張り込みし、……しっかりと見ていたのだ。
美衣子があの3人を見送った後、鍵をかけ忘れて部屋へと戻った所を……。

「本当は鍵、壊すつもりだったけど……、手間が省けちゃったな……。美衣子ちゃん、今夜……君と僕は結ばれるんだよ……ふふ、ふふふ……」

怪しい言葉を繰り返しながら、男は美衣子の部屋へ進入した。ドアを慎重に閉め、鍵を丁寧にかける。
そして、部屋の真ん中で眠るお姫様に、怪しく微笑みかけた。


「…………ゃん…………」

美衣子は夢と現実の狭間で、妙な声を聞いた気がした。

「…… ……ちゃん、……」

そしてその声は、はっきりと聞き取れるようになっていく。

「…………子ちゃん」

その辺りでハッとした美衣子は、勢い良く布団から跳ね起きた。

「っ!」

喉の奥から小さく悲鳴を上げ、美衣子は震える瞳を、暗闇の向こうへ向けた。……きらりと光る物体。
よくよく目を凝らしてみれば、それは鋭利なナイフだった。美衣子の方へナイフを向けたまま、ゆっくり近寄ってくる人物。
暗闇に目が慣れその顔を確認した時、美衣子は大声で悲鳴を上げそうになった。
公園で待ち伏せしていた男。家が火事になった時居た男。あの恐ろしいストーカーの男。
その男が今、美衣子の目の前に居る。男は美衣子の肩に手を回し、ナイフを首元に突きつけた。

「こ、……声をあげたら、刺すよ?」

耳元で発せられた低い声に、美衣子は震え上がった。
少しずつ身を捩り、何とか男から逃れようとする。
しかし、男の力は強く 振り解く事が出来なかった。

「や、やめ……離してください……っ! な、なんのつもり、ですか……?」

美衣子は震える声で、なるべく男を刺激しないように、小さな声で拒否をした。
が、しかし、狂気に満ちた男の瞳は更に輝きを増していった。

「今夜、僕と君は結ばれるんだ。……う、嬉しい、でしょ? 君が嫌ってたあいつも、僕が消してあげたよ。だから、ね? 僕と……」

美衣子は首を激しく横に振った。
一体、この人は何を言っているんだろう。
この男の言っている言葉の意味が全く分からない。
もしかして本格的に頭がおかしくなってしまったのではないだろうか?

「いや! 離して!」

美衣子は裏返った声でそう叫び、傍に置いてあった鞄を男に投げつけた。
男が一瞬怯んだ隙にその手から逃れ、大急ぎで玄関へと向かう。
鍵を開けようと必死になって弄るが、暗闇のせいでどこに鍵があるか分からない。

「……っはぁ、はぁ、やだ……鍵……っ」

涙声で扉を弄り、そこで、美衣子はハッとした。
ここはマンションだ。大声を上げればきっと誰かが来てくれる。
……しかし、思いついたのが遅すぎた。
男が飛びかかり、美衣子の口の中に布きれを押し込んで、その上からガムテープで蓋をしてしまった。これでは声が出ない。

美衣子は渾身の力を振り絞って必死でもがき暴れるが、男の力に敵うはずも無かった。
組み伏せられてしまった美衣子はテーブルの下に携帯電話があるのに気づき、それに手を伸ばして、慌てて瑠夏の電話番号をプッシュした。
しかし、それに気づいた男が携帯電話を遠い玄関先へと飛ばしてしまった。

壁際に追い詰められ、美衣子は涙目のまま首を横に振る。

「……う、うぅ……っうぅ〜〜〜!」

くぐもった声で叫び声をあげて身を捩る。
男の手が美衣子に伸びてきた。震える美衣子は両目を硬く閉じて首を横に振り続けた。
抵抗しながらも、少しずつ力が抜けていくのを感じた。












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