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あたしは悪くないもん
作:猫満月



第39話 叱咤


ぱちん、という乾いた音が廊下中に響き渡った。雪山はたった今叩かれてじんじんする頬を押さえようともせず、じっと俯く。
雪山を殴った女性は涙目になっている。……この女性は、雪山の母親だった。雪山の母は、大声で息子を怒鳴りつけた。

「拓正! あなたがそんな子だとは思って無かったわ! どうしてこんなことをしたりしたの!」
「雪山さん、落ち着いてください」

校長が必死で雪山の母を宥める。それでも、雪山の母は息子に非難の言葉を浴びせ続けた。

「拓正、今まで私がどれだけ頑張って貴方を育てたと思ってるの? こんなことをするような子にだけは育って欲しくなかった……。それなのに、どうして!」

母親はハンカチ涙を拭いながら泣き喚いている。雪山は何も答えず、ただ床に視線を落としていた。

「どうしてよ……たくまさ……」

校長は泣きじゃくる雪山の母に、まるで小さな子を宥めるかのように、優しくこう言った。

「受験勉強でストレスが溜まってしまっていたんでしょう。本人にもきちんと言い聞かせてありますので、大丈夫ですよ」
「はい……、本当にすみませんでした。ご迷惑をおかけ致しました」

何度も何度も校長に頭を下げ、それから、雪山の母は、椅子に腰掛けている少女……葉山涙の傍へ歩み寄った。
涙は“被害者”なので、きちんとした説明を受けるため校長室こ こへ連れて来られていたのだ。

「葉山さん、本当にごめんなさい。うちの息子がとんでもない事をして……」

泣きながら深々と涙に頭を下げる母親の姿を見て、雪山は鋭く涙を睨みつけた。涙はそれに気づきながらも、しつこく“被害者”のフリを続ける。

「あ。いえ、大丈夫です。あたし、全然……気にしてません、から」
「ごめんなさい……っあなたはなんて優しい子なのかしら。きっと良い教育を受けてきたのね」

雪山の母は、自分の息子を涙の目の前に立たせて、頭を強く押し、涙に向かって頭を下げさせようとした。しかし、雪山は全力でそれを拒否しようとする。

「やめろよ! なんで俺がこいつに謝らなきゃいけないんだよ」
「まあ、なんてことを! あなた、まだ自分がやったことの重大さに気付いていないの? 葉山さんは、本当なら逮捕されても良いくらいの罪を犯したあなたを、転校だけで許して下さるとおっしゃってるのよ?」
「あ、あの! あたし平気ですから……だから、その……」

辛そうに目を伏せる涙。それを見た雪山の母が、慌ててもう1度、深々と涙に頭を下げる。

「ごめんなさい。もう二度とあなたの傍に近寄らせないから……。これは、ほんのお詫び。受け取ってね」

そう言って、雪山の母は涙に自身の財布を差し出した。驚いたように雪山の母を見上げる涙。雪山は、慌てて母の腕を掴んで声を荒げた。

「おい、やめろよ! 何考えてんだよ!」
「拓正、あなたは黙っていなさい!」

ヒステリックな大声を上げて息子の手を振り払い、涙の手に、半ば強引に財布を握らせる雪山の母。

「それじゃあ……さようなら。お元気で……」

雪山の母は涙に向かって丁寧に頭を下げ、それから周りの職員たちにも、同様にしっかりと頭を下げた。




職員室を出て、母は雪山の方を振り返りもせず出入り口に向かって歩き出した。雪山は母の後姿を必死に追いかける。
……きっと分かってくれる。仮にも自分の親なのだから。しっかりと話し合えば、きっと……。

「お袋、待てよ」

やっと追いつき、母親の肩を強く掴む。……すると雪山の母は勢い良く振り返り、強く息子を睨んだ。

「通わせて頂けるかどうかはわからないけど、新しく通う予定の中学校を見つけておいたわ。もし通わせて頂けるようであれば、来月からその中学校に通うのよ。いいわね?」
「は? 何言って……そんな勝手に、」
「勝手に、ですって? いい加減にしなさい、拓正! あなたが不祥事を起こさなければこんな事にはならなかったのよ!」
「だから……っ俺は何もやってねぇ!」
「いいこと、拓正? 普通犯罪者はね、何をやったって、自分から『やりました』なんて言わないものよ」

呆れたように呟いた母は再びゆっくりと歩き出し、途中で振り返って、雪山に自分の鞄を投げつけた。

「地図と小銭入れ、それからメモが入ってるから、今からその中学校を見てきなさい。場所をちゃんと覚えておかなくちゃいけないからね。隣の県だから、引越しもすることになるわ。それもきちんと頭に入れておきなさいね」

雪山に何も言う隙を与えずそうまくし立てた母は、ハイヒールをかつかつと鳴らしながら、雪山から遠ざかっていく。母の背中を恨めしそうに見つめ、小さく舌打ちをする雪山。

どうして、話すら聞いてくれないのだろう。大人は卑怯で意地汚い生き物だ。自分の言葉や考えだけを押し付けて、子供の言葉はひとつも聞いちゃくれない。

雪山は全てを諦めて、しぶしぶ鞄の中から地図を取り出して、下足場に向かった。一応親の言うとおりに、駅に向かわなければ。

……大丈夫。まだ大丈夫だ。最後まで諦めなければきっと誤解も解ける。そうしたらまた、きっとこの学校に戻って来れる。

雪山は、そう信じていた。これから自分を待ち受ける過酷な運命の事など知らず……。












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