第35話 陰謀
「ん……」
雪山が目を覚ますと、そこにはもう誰の姿も無かった。目に付いたのは埃の被ったカメラや印刷紙、古ぼけたプリンターにインク類。
(ここは……どこだ?)
立ち上がって、辺りを見回してみる。そこでやっと、此処がどこなのか理解した。
(あぁ、分かった。写真部の部室か)
部員が少なくインク等の出費が多くかかるため、今年の4月に廃部になった部、それが写真部だ。
(それにしても俺、なんでこんなとこにいるんだ?)
頭を人差し指で掻いたそのとき、後頭部がズキリと痛み、思わず顔をしかめる。
(いてて……。何があったんだっけ)
……いくら考えてみても、ぼんやりとしたことしか思い出せなかった。
(葉山と話して……それで……?)
涙と話し、彼女の肩を掴んで怒鳴ったところまでは憶えている。しかし、その後の記憶がどうもはっきりしない。
考えている間も痛みが増してゆく。雪山は小さく溜息を吐いて思い出すのを諦めると、後頭部を抑えながら部屋を出た。
(とりあえず、保健室に行くか)
廊下を歩きながら、雪山は、あの写真部で自分がずっと寝ていたことに気が付いた。
涙と話したのは下校時刻が過ぎた夕方だったのに、今は沢山の生徒がはしゃいでいる昼過ぎだったからだ。
保健室に辿り着いた雪山は、軽く扉をノックしてドアノブに手を掛けた。
「失礼しま……、あれ?」
扉には、鍵がかかっていた。
(あれ? 保健の先生、休みか?)
仕方が無い、鍵を借りに行こう。そう考えて、職員室の方に歩き始める。
それにしても何故か先生の姿が見当たらない。いつもだったら必ず1人は、廊下を歩いている先生に会うのだが……。
職員室は廊下の突き当たりにある。雪山は普段どおりに礼儀正しく頭を下げながら、職員室の扉を開けた。
「失礼します。保健室の鍵を借りにきました」
顔を上げ、ふと、その場の空気が気になった。みんな怪訝な顔をして雪山を見ている。
(……な、なんだ?)
空気が重い。
「あの、保健室の鍵を……」
もう1度言いかけた雪山のところに、担任の先生が近寄ってきた。その隣には、葉山涙が俯き加減で立っている。
眉を顰めて担任と涙を交互に見ている雪山の目の前に、担任が、1枚の写真を突き出した。
「これは、間違いなくお前だな? 雪山」
「は……?」
その写真に写っていたのは、紛れも無く雪山本人だった。
机の上で眠りこけている雪山の手には、ビールの缶が握られている。その隣には灰皿。まだ火のついた煙草が煙を上げていた。
そしてビールの缶を持っていないほうの手には、明らかに女物だと思われるピンク色の下着が握り締められていた。
「な、なんだこれ!」
悲鳴に近い大声を上げる雪山に対し、担任は冷たい声で淡々と説明する。
「2年生の葉山が、教えてくれたんだ」
涙は涙目で雪山を一瞬だけ見て、それからすぐに目を伏せた。雪山はハッと両目を見開く。
まさか、こいつが……。拳を握り締める雪山をもう1度見て、涙は泣きそうになりながら、話した。
「あの、あたし……1年生の時、写真部だったんです。ちょっと写真の整理がしたくて、その、無断で部室に入っちゃったんです。そしたら中に誰か居て……。びっくりして、それと同時に煙草の匂いとお酒の匂いがして、よく見たら、寝ていたのが生徒会長の雪山先輩だったから……。あ、あたし、気が動転しちゃって、部室のカメラ勝手に借りて写真撮っちゃって……」
涙の瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
「ごめんなさい! ほ、本当に、見るつもりは無かったんです! だけど、受験のある大事な時期にこんな事しちゃ、やっぱりいけないと思ったから……。勝手に写真撮っちゃって、本当にごめんなさい!」
大声を上げて、泣き出した涙。
……雪山だけは感づいていた。
彼女の涙が『偽の涙』だということに。その綺麗な涙の裏に、薄汚れた『悪意』が隠れていることに。
「ごめんなさい、じゃねぇだろ」
「え……?」
再び涙目で雪山を見つめる涙。苛立ちを隠せず、雪山は力一杯、拳で涙の頬を殴った。
「きゃあ!」
「な、何をやってるんだ! 雪山、止めなさい!」
担任の先生と体育の先生が、雪山を羽交い絞めにした。
「こら、暴れるな雪山! 落ち着きなさい!」
「くそっ……! なんだよ、これじゃあ……っ」
(これじゃあ、痴漢に仕立て上げられた時と同じじゃねぇか……!)
先生が慌てて涙に駆け寄り、赤くなった頬に氷袋をあてた。
涙は泣きじゃくりながらそれを受け取り、必死にその部分を冷やす。
「大丈夫か、葉山」
「は、はいっ……なんとか、大丈夫……です」
「今の雪山の行動で、お前の言ってることが真実だと分かったよ。大丈夫、あとは先生に任せて。葉山は教室へ帰りなさい。あとで保健室に寄って、冷えたタオルをもらうといい」
「はい……。し、失礼します……」
涙は先生に頭を下げ、雪山を怯えた目で一瞥すると、逃げるように職員室を出て行った。
……その間際、口の端を吊り上げて涙が笑ったのを、ただ1人雪山だけが目にして、大きく舌打ちをした。
「それじゃあ、雪山。お前はこっちに来い」
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