第29話 恐怖
転がるように玄関内に入ってしっかりと鍵を掛け、玄関の扉にもたれ掛かり、呼吸を整えた。
ああ、怖かった。……助かって、良かった……。
大きく息を吐き出したその時だった。……背中に、大きな衝撃がはしった。
ドンッドンドンドンドン!
私は体を強張らせ、慌てて扉から離れた。すごい勢いで何度も何度も扉が叩かれ、ドアノブがまわされる。
扉が壊れてしまいそうだ。意を決して、鍵を再び確認し直してから、チェーンをしっかりかける。
呼吸を整えて、額ににじむ脂汗を手の甲でぬぐいながら、小さな覗き穴に右目を押し当てた。
「!」
私は瞬時に、その場から飛び退いた。……自分の荒い息遣いだけが聞こえる。
もし今声が出せたなら、私はこのとき聞いた事も無いような大声で悲鳴をあげただろう。
そう、この扉を強く叩いているのは、あの男だったのだ。
(どうして……?)
なぜ、こんな目に遭わなくちゃいけないの?
ポケットに入れた携帯電話から、着メロが流れた。その音にさえもびっくりしてしまい、思わず体がはねる。
震える手を必死に押さえながら、画面を開いてみる。……【新着メール受信 1件】
誰からのメールだろう? ……ううん。もう、誰でもいいから助けて!
それは見た事の無いメルアドだった。だけど、私は無我夢中でそれをクリックした。
しかし、そこに書かれている文章を見て、私の心と体は凍りついた。
《どうして逃げたりしたの? 僕は君に何もしないよ。早く出てきてよ。君の顔が見たいんだ。君の声を聞きたいんだ。……》
私はそこまで読んで、そのメールを削除した。体の震えが止まらない。歯がかちかちと音を立てる。
このメールは、十中八九あの男が送ってきたものだろう。でも、なんで私のアドレスがバレているの?
いやだ、こわい。こわいよ、だれか、だれかたすけて―――……。
震える手で、携帯電話を見つめる。……これを使えば、助けを求めることができる。
けど、……今誰かをここに呼んだら、その人までも危険にさらしてしまうかもしれない。
そう考えたら、どうしても助けを呼ぶ気にはなれず、私はただ泣きそうになりながら目をかたく閉じて恐怖に耐えた。
またもや、両手が握り締めている携帯電話から着メロが流れた。削除したい気持ちでいっぱいだったけど、それを堪えて、メールを開く。
やはりそのメールは、今扉の外にいる男からのものだった。
《なんで返事しないの? あんなに誘ってたでしょ? 早く出てきなよ。一緒に遊ぼうって言ったのそっちじゃないか》
……ちょ、ちょっと、待って……。なんなの、これ? 誘った? 一緒に遊びたい?
誰がいつ、そんなことを言ったというのだろう。この人は、狂っているのだろうか?
まだ1分も経っていないのに、追加でメールが届く。またもや同じアドレスだった。
私は、吐きそうになりながらもメールを開いた。開いてしまった。
《早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ早く返事しろ》
携帯電話を力一杯床に叩きつけた私は、泣きながら首を横に振った。
心の中が、“恐怖”という感情のみで埋め尽くされていく。
(誰か)
床の上に、涙が零れ落ちた。
(誰か……、助けて)
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