第1話 日常
あたしは葉山涙。
どこにでもいる、ごく普通の中学2年生だ。
今日もあたしは窓の外をうっとりと見つめて、大好きな雪山先輩を凝視している。
「あ〜! いつ見てもカッコよすぎ、雪山先輩!」
目が合ったわけでもないのに赤くなってしまう顔を、両手で覆う。
ごく普通の女子中学生なら、ごく普通に恋だってするよね?
あたしは両手で何度も机を叩きながら、雪山先輩の名前を繰り返し口に出した。
本当に大好き。もしも先輩と結ばれることができたら、どんなに幸せだろう。
「ねぇ、美衣子! 雪山先輩、今日もかっこいいよね〜」
隣に立って一緒に窓の外を見つめていた少女は、あたしがそう尋ねると、天使のように美しい笑顔を浮かべて小さく頷いた。
「う、うん。そうだね」
……この子は、あたしの小学校時代からの大親友である、春風美衣子だ。
美衣子は優しくて、可愛くて、まるで絵本に出てくるお姫様のような女の子。
そんな非の打ち所の無い女の子が親友だなんて、本当にあたしは幸せ者だと思う。
可愛い美衣子を暫く見つめた後、もう一度窓の外の先輩へと視線を移し、溜息混じりに呟いてみた。
「もうすぐバレンタインだし、雪山先輩に告白しちゃおうかなぁ」
……なんてね。いつも見つめてるだけのあたしにはそんなこと、無理に決まってるけど。
自分の意気地の無さを呪いつつ、あたしはなるべく明るい声をあげて、美衣子を見た。
「どう思う? 美衣子! そろそろ告白しちゃっても大丈夫かなぁ〜」
「……えっ」
その瞬間。……美衣子が、若干顔を強張らせたように見えた。
母親に叱られた子供みたいな顔をして、静かに俯く美衣子。
どうしたのだろう。眉を顰めながら、あたしは首を傾げて美衣子の顔を覗き込んだ。
「どうしたの? 美衣子」
すると、美衣子はハッとしたように顔をあげて、慌てて両手と首を左右に振った。
「な、なんでもない……」
弱々しく笑みを浮かべ、再び俯く美衣子。
あたしの気のせいだったのかな。
気を取り直し、美衣子の細くしなやかな両手を、自分の両手で包み込む。
「美衣子、今度、チョコ選び付き合ってね?」
「……」
俯いたままの美衣子は、そっと、あたしの手を振り払った。
急に神妙な顔つきになり、あたしの顔をじっと見つめてくる。
「あのね、るぅちゃん」
「……ん? 何?」
「るぅちゃんにね、言わなくちゃいけないことがあるんだけど……聞いてくれる?」
「うん……いいけど」
美衣子は何度かあたしの顔と床とを交互に見て、やがて、決意したように口を開きかけた。
しかし丁度そのタイミングで、あたしたちの親友である井上瑠夏が、話に割り込んできた。
「ねぇねぇ、るぅ!」
おおはしゃぎな様子の瑠夏に、あたしも思わずそちらに釘付けになる。
「瑠夏! どうしたの?」
「見て見て! この待ち受け、ウケるっしょ〜!」
瑠夏が大笑いしながら、自分の携帯電話を差し出してきた。
その待ち受け画面には今流行りの芸人の画像が映し出されている。
その芸人がお気に入りだったあたしは、思わず大笑いして瑠夏の背中を叩いた。
「何これ〜! 瑠夏、最高じゃん! あたしに送ってよ、これ。赤外線受信するから〜」
「うん、いいよー!」
早速画像を送信して貰い、あたしは上機嫌で美衣子の方を振り返った。
「美衣子もこの芸人好きだよねー! 送ってあげるから3人でおそろにしようよ!」
「あ……、う、うん」
美衣子は引きつった笑みを浮かべて、小さく頷いた。
結局この時、美衣子はあたしに“重要な話”をすることはできなかった。
この時、美衣子が何を話そうとしていたのか―――……それは少し後に、最悪なかたちで気づくことになる。
もしもあの時あたしが、あんな風に瑠夏と馬鹿騒ぎをしていなかったとしたら、あたし達は今でも変わらず親友でいられたかもしれない。
だけど……。
この日を境にあたしたちの運命は、大きく狂い始めることになった。
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