第15話 財布
いつもは瑠夏と美衣子との3人組で着替えてたけど、今日からは体育の度に、美衣子は一人ぼっち。
そう考えただけで、堪らなく嬉しくて、思わず口元まで笑いが込み上げた。
美衣子はどうやら鼻血が止まらなかったらしく、手洗い場のほうへ駆けて行った。
あたしたちはその後姿を無言で見送り、ハサミを取り出して笑みを浮かべた。コレを使って、更にあいつを窮地に追い込んでやる。
あたしたちは、机の脇に掛けてあった美衣子のスクールバッグを漁って、その中身を次々と取り出していった。
「あったあった、体操服!」
「切っちゃえ切っちゃえ」
瑠夏は躊躇う事無く、体操服にハサミを入れた。
一定のリズムを保って、ハサミが進んでいく。
京子と奈々はその様子を、息を潜めて見ていた。
あたしは瑠夏の手から体操服を奪い取り、何度も何度も体操服を切り裂いた。
あたしの脳内には、美衣子が助けを求めながらもあたしたち4人にナイフで切り刻まれる、とても生々しい映像が浮かんでいた。
何度も何度も美衣子は「助けて」とあたし達に懇願し、あたし達はニヤニヤ笑いながら顔を見合わせ、「いやだよ」と言って 美衣子を突き刺す。
美衣子の生暖かい血が飛び散って、あたしの頬に付着する……。
「最高」
あたしは無意識のうちに、そう呟いていた。
体操服は見るも無残な布の塊と化し、完璧に二度と着る事が出来ない状態になった。
しかし、幾ら待っても肝心の美衣子が戻ってこない。
「はぁ……あいつが帰ってくるまで、暇だなぁ」
そんな瑠夏の言葉に、奈々が素早く反応し、こう言った。
「……それなら、もっとやりましょう」
「え? ……もっと?」
「そう。どんどん、しちゃいましょう」
奈々は美衣子のスクールバッグを逆さにして、上下に激しく振った。中から、美衣子の持ち物が大量に降ってきた。
「この中にあるもの、全部再起不能にしてしまえば良いのです」
奈々はバッグを投げ捨てると、ハサミを構えて目ぼしい物を探し始めた。
あたしも、奈々と共にしゃがみ込んで、面白そうなものを探す。
鼻歌を歌いながら、色んな物を触る。リップ、鏡、ホッカイロ、飴の包み紙、MD、携帯電話、プリ帳らしきノート……。
色々な物が入っていたが、あたしが1番切り刻みたかったものは、いつも羨ましかったブランド物の長財布だった。
見せびらかすようにその財布からお金を出していた美衣子の姿が、鮮明に脳裏に浮かぶ。
あたしは湧き上がる怒りを抑えながら、そっと、その財布に手をかけた。
「……って、あれ? これ……、やだぁ! お金入ってるよ!」
あたしの声を聞きつけた瑠夏が、真っ先に両手を差し出してはしゃいだ。
「マジ? じゃあ、じゃあさ、勿体無いから中身は貰っちゃおうよ!」
あたしは、大きく頷いて、中に入っていたお札や小銭を出した。
「うん、それじゃあ、みんなで分けよ!」
中のお金を4人で分けてから、中身の無くなった財布を掲げて、あたしは椅子の上に立ち、大声を出した。
「じゃ、切ります! みんな、よく見といてね」
京子が目を輝かせて、あたしの手に握られた財布を見つめた。
「ひゃーっ! ドキドキする!」
「ああもう、勿体ないー!」
口々に悲鳴に近い叫び声をあげながら、財布にハサミを入れようとしたあたし。
……まさに、その瞬間だった。
「やめて……っやめてよぉ!」
教室に戻ってきた美衣子が、叫びながらあたしに飛び掛ってきた。
あたしは椅子から転げ落ち、尻餅をついてしまった。
その隙にあたしの手から財布を奪い取った美衣子は、震えながらその場に蹲って泣き出した。
「これは……やめて……! ほんとに、本当に大事なものなの……!」
美衣子は財布を強く抱き締めた。少しだけ苛立ったけど、良い考えが浮かんだので、財布を奪い返すのを止めることにした。
あたしは偉そうに腕組みをして、美衣子の傍に仁王立ちになり、笑みを浮かべて言い放った。
「それじゃ、その代わり、これからあたしたちに毎日100円ずつ払いなさい。4人全員に……勿論、毎日だよ、毎日。学校が無い日は、ちゃんと下駄箱に入れておくこと。それが守れるなら許してあげる。どう?」
毎日400円の出費は痛いだろう。
美衣子が蒼ざめて首を横に振る様を是非とも見てみたくて言った言葉だった。
しかし、美衣子は涙を流しながら頷いたのだ。
「わかった……約束、守るから……だから、これは切らないで……っ」
土下座して懇願する美衣子。あたしはそれを冷たく見下ろして、瑠夏、京子、奈々に声をかけた。
「みんな、体育、行こ」
何故か、すごく腹が立った。
理由はわからないけれど……やけに素直な美衣子に、腹が立った。
もっと泣き叫んでほしかったのに。蒼ざめて、泣きじゃくってほしかったのに。
とんだ期待はずれだ。 |