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あたしは悪くないもん
作:猫満月



第13話 Crazy(気が狂う)


瑠夏が、あ! と大声を上げて窓から身を乗り出した。
あたしはその様子をみてほくそ笑む。……どうやら、ヒロインのご登場らしい。

「るぅ、来たよ! みい……」

突然瑠夏の顔が強張ったのを、あたしは見逃さなかった。首を傾げて、瑠夏の傍に近寄る。

「どしたの?」
「ちょっ……あの、ええっと……人違いだった! ごめん!」

乾いた笑い声を上げ、あたしに窓の外を見せまいと阻止してくる瑠夏。

「? 何、瑠夏ってば。変なの」

あたしは無理矢理瑠夏の脇をすり抜けて、笑いながら、身を乗り出して窓の外を見た。
その瞬間、あたしの笑顔は凍りついた。奈々と京子が首を傾げながらあたしと同じように窓の外を見て、ばつが悪そうな顔をする。

「……」

窓の外にいたのは、美衣子と……一緒に登校してきた(らしい)、雪山先輩。
美衣子が自分の下駄箱を開けた瞬間、泣きながら雪山先輩に抱きついた。
雪山先輩は美衣子を強く抱きしめた後、靴に入っていた大量の泥を払い、菊の花を引き千切って、ゴミ箱へ捨てた。
あたしは震える足を踏み締め、窓の外をじっと見つめ続ける。……雪山先輩の怒鳴り声が、2階にまで聞こえてきた。

「ふざけんなよ! マジ許せねぇ! 誰だよ、美衣子にこんな真似したの!」

通り過ぎていく他の生徒たちは不思議そうな顔をして2人を見ていたけれど、先輩が怒鳴るたびにあたしの心は、深く深く傷ついた。

雪山先輩、怒ってるの? あたしのした事に対して怒ってるの?

何故か涙がこみ上げてきて、物凄く悔しくなった。
先輩、先輩、先輩……。大好きな先輩。
あたしだっていっぱい傷ついたよ? だからそうやって、あたしの為に怒鳴ってよ。
美衣子を怒ってよ。泣かせてよ。苦しませてよ……。
そうやって美衣子ばかりをかばうなら、あたしは、もっと美衣子に嫉妬して、もっと美衣子を傷つけてやる。

「る、るぅ……」
「その……、」
「大丈夫、ですか……?」

瑠夏と京子、そして奈々が遠慮がちにあたしに尋ねてきた。
その時、あたしは悪魔のように目を光らせ、美衣子を鋭く睨みつけていた。

「3人とも、次の用意して。……あいつがくるよ」
「う、うん……」

返事を返したのは、瑠夏だけだった。その他の2人はまだ付き合いが浅いせいか、あたしの豹変ぶりに言葉を発せなかったらしい。

「やっぱりいじめっていえば、これでしょ」

あたしは立ちすくむ3人に、油性マジックを投げた。
3人はなぜそれを渡されたのかすぐ理解したらしく、戸惑いながら頷いて、美衣子の机に近寄った。

「まずはコレで出来るだけ精神を削ってやろう。その後は、美衣子をもっと傷つけられるような方法を考えなくちゃね」

あたしは薄く笑い、油性マジックのキャップを外し、机に中傷の文字を書き連ねた。それを見た瑠夏と京子、奈々もあたしの後に続く。

「……これでよし。あとは美衣子が来るのを待っておこう」

あたしたちは美衣子の机から離れた。あたしの机に移動して、普段通り雑談を始める。
無意識のうちに、ドアのほうに視線がいってしまう。……数分後、沈んだ美衣子の顔を瞳の端がとらえた。

「来たっ……!」

満面の笑みを浮かべて、思わず椅子から勢い良く立ち上がってしまった。
……しかし、次の瞬間あたしは口をポカンと開け、両目を大きく見開いた。

「る、るぅ……っ」
「あれって、もしかして……」
「……ヤバい、ですか?」

瑠夏、京子、奈々の3人の視線があたしに集まる。
あたしの心臓が、早鐘のように脈打ち始めた。てのひらに汗が滲んでいく。

美衣子の隣には、雪山先輩の姿があった。

先輩は美衣子に優しい言葉をかけながら、美衣子を支えるようにして教室の前にやってくる。
先輩が教室のドアを引いて、美衣子を席まで誘導する。美衣子は少し安心したような表情を浮かべていたが、机の上に書かれた文字を見て、悲鳴をあげて両目を瞑った。

「いやあああああああ!」

あたしはその悲鳴を聞いても、冷たい目でじっと2人の姿を凝視した。
泣きじゃくる美衣子を、必死に慰める雪山先輩。人目も気にせず、抱き合う2人……。
怒りが最高潮に達して、思わずあたしは2人のほうへ歩き出していた。
足音に気づいて此方を見る、美衣子と雪山先輩。美衣子の泣き顔の、なんと不細工なことか。
美衣子の机を一瞥し……あたしは、薄ら笑いを浮かべて、言った。

「うわぁ……かわいそー。美衣子ってば、どうしたの? これ」
「る、るぅちゃん……っこれ、誰かが……私に嫌がらせ、してるみたいで……っひっく、朝から、変なの……。靴も無かった……っ。 どうして? なんでなの? 私……なにか、したのかな……ひっく……っ助けて、るぅちゃん! 私、怖いよぉ……っ」

抱きついてこようとする美衣子の手を、あたしは思い切りはねつけた。
美衣子は涙を浮かべたまま、え? と小さく声を上げる。
あたしは、いかにも今知ったかのように、美衣子に向かって言い放った。

「ねぇ……美衣子さぁ、何で雪山先輩と一緒にいるわけ? まず、それを説明してくれない?」

美衣子はハッと息を呑み、それから制服のスカートを両手で握り締めて、途端に顔を蒼ざめた。

「こ……これはっ、あの、……その……言おうと、思って、たんだ、けど……」

……今更、言い訳なんて聞きたくも無い。 あたしは大きく笑い声を上げて、鋭い眼差しで美衣子を睨みつけた。

「あんた、裏切ったんだ? あたしの事」
「ち、違……違うの、るぅちゃん……!」
「もう、あんたなんて友達でもなんでもないわ! 絶交よ!」

あたしは美衣子に背を向けて歩き出した。途中で軽く振り返り、こう付け加える。

「いちゃいちゃするなら、外でやってくれる? 教室、暖房入りすぎて暑いくらいだから」

それから片手で、しっし、と2人を払う仕草をする。……うん、上出来だわ。
これで反吐が出るほど嫌だった、あいつとの仲良しごっこも終わる。

……そう、上出来、大成功のはずだった。

瑠夏たちの元へ駆け寄ろうとしたら、此方を見ていた瑠夏たちの表情が固まった。

「?」

あたしはそれを不審に思い、首を傾げた。……その時。襟首を、力一杯後ろから誰かに掴まれた。

「きゃあっ!」

その場に倒れ、振り返って後ろを強く睨みつける。そしてあたしは、ハッと目を見開いた。
あたしの襟首を掴んだのは……、雪山先輩だったのだ。
雪山先輩はあたしを乱暴に立たせると、あたしの肩を強く掴んで、大声で怒鳴った。

「お前か? 美衣子に嫌がらせしてた奴は!」
「……は?」

その言葉に、思わず反抗的な声が出る。

「今すぐこの机綺麗に拭けよ! 土下座して美衣子に謝れ! 俺の彼女に、何すんだよ」

美衣子が慌てて雪山先輩の腕を掴んで、甲高い声を上げた。

「雪ちゃん、ダメ! 違うよ、るぅちゃんのはずない! るぅちゃんじゃないの、るぅちゃんじゃないんだよ。だからお願い、そんな事言わないで。お願いだよ……っ! 私なの。私が全部悪いの。……ちゃんといえなくて、だから……っ」

うざい。……雪山拓正。お前も美衣子と同じくらいうざいよ。
今まであたしの思いに気づきもせずに。今まであたしの心に気づいてくれずに。
あたしは思わず、先輩に向かって片手を大きく振り上げていた。
先輩の頬を力一杯打ったその瞬間、乾いた音が教室内に響き渡った。
あたしの手には淡く痛みが残って、それが更にあたしの怒りと悲しみを煽った。

「……っ」

あたしは息を大きく吸い込み、涙をいっぱいためた瞳を先輩に向けて、叫んだ。

「先輩の馬鹿! どれだけあたしを傷つけたら気が済むのよ! あんたなんて大嫌い……っ。美衣子と一緒に死んじゃえば良いのよ!」

あたしは泣きながら教室を飛び出した。瑠夏、京子、奈々が、慌ててあたしを追いかけてくる。
あたしの心の中はボロボロで、どうしようもなく悲しくて悔しくて……死にたくなった。
どうしてあたしじゃだめなのよ。どうしてあいつを選んだのよ。
あんなやついなければよかったのに。そうしたら先輩はきっとあたしだけの人になったのに。
あたしの醜く歪んだ恋心は、“とどまる”ということを知らなかった。
だからこれからあたしはあんな酷い過ちをおかしてしまったんだ。
もしもこの時きちんと諦めることができたのなら……もしもこの時2人の幸せを祈ることが出来たのなら……。
このあとに待ち受ける悲しい運命は、少しだけでも、回避できたのかもしれない。



「るぅ、待って!」

瑠夏に腕をつかまれ、あたしは涙目のまま立ち止まって振り返った。

「るぅ……。大丈夫……?」

心配そうに、あたしの顔を覗き込む瑠夏。あたしは涙を拭って、平静を装った。

「……ん。大丈夫、だよ? もう、あんな男大嫌いだし。だけど、でも……あいつらは、どうしても許せない……」
「うん……わかる、わかるよ、るぅ……。あたしたち、味方だから。るぅの、味方だからね……」
「ありがとう……瑠夏、京子、奈々……。嬉しい……」

あたしはこのとき、強く誓ったんだ。
美衣子と雪山先輩を、地獄に突き落としてやるって……。












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