第六十三話−協力−
僕は、夢の世界で、再びオッズの店を尋ねた。 人物に探りをいれよう。 探りといっても、彼がどんな性格で、どういうことが好きなのかとか、要するによくある人物研究をするつもりだ。
そんなワケで、僕はオッズの店を訪れた。 カラスは何匹か見かけたが、不思議なことにカラスは襲ってこなかった。 オッズの店に着くと、彼は、にこやかに僕を迎えてくれた。
「また来てくれるとは思わなかったよ」
何処かしら、疲れているように見えたが、この人の笑顔は、ウィルとは大違いの素敵なものだった。 本当に優しそうな笑顔をしている。 僕は、そんなオッズが、好きだ。 時々、ミステリアスな面があるけど、そこは気にしちゃいけない。
彼は、僕を店の中へ通すと、前に来たときと同じように、紅茶とお菓子でもてなしてくれた。
「随分と冒険心のある子だね」
オッズは、そう言って話題を切り出した。
僕は、冒険心があると彼から誉められたので、つい嬉しくなった。
「しかし、危険だよ。 カラスには追われなかったのかい?」
「今日は大丈夫。 襲われなかった」
「なら、良いんだけど……」
オッズにはどうしても気がかりなことがあるようだ。
「どうして?」
「ボクのところに来てくれた事は嬉しい。 しかし、君のお師匠さんが、心配していると思ってね。 確かリトルだったかな」
僕は、ああとため息をつきながら彼のことを思い出した。
「彼は今、怪我をしていて上手く歩けないんだ。 だから、ウィルという人のところで治療を受けているよ」
「そうか。 大変なようだ。 そうなると、君は魔術師としての修行をする上で、保護してくれる人をどうするつもりなんだい?」
痛いところを突かれた。
「それは……」
言葉を濁していると、やがて二人の間に沈黙が訪れた。 僕は、彼に何かを聞こうとしている。 僕には保護者がいない。 そう、どうすれば良いのかということだ。 もっと具体的に言えば、カラスと付き合うためには、何をすれば良いのか……。
「なんだ、じゃあ君は代わりの保護者が必要なんじゃないか。 言っておくが、ボクはろくでもない大人だぞ?」
「きっと、そんなことないよ!」
オッズは苦笑した。
「ところで、君も魔術師だろう? 魔法名があるはずだ。 魔法名を教えて欲しいね」
突然、話題を変えられたので、僕は一瞬返答に困った。
「く、クローズです。 カラス使いという意味で……」
すると、彼は目を丸くして、「こりゃあ、おったまげた」と言わんばかりに僕を見つめた。
「おかしいな。 君、確か名前は」
「レンディ・クローズです」
やはり、ウィルの時と同じように突っ込まれた。
彼は大層驚いたらしく「へえ」と感歎して、笑気に満たされたかの如く笑う。
「へえ、変わった事があるものだ。 ……それで、カラス使いになるって?」
「それが……」
僕は、言い訳に詰まって、俯いた。
「フフ、わかるよ。 それが、問題なんだろ」
この人は、僕の言おうとしていることを察する。 こんなに僕の気持ちを良く分かってくれる人がいたなんて、嬉しい。 だけど……。
「どうしよう」
僕には疑問が残っている。 そう言うと、彼は、椅子にもたれかかって、頭の後ろで手を組んで、手枕を作った。
「カラスかあー……。 魔法名はな。 そう簡単に変えられるもんじゃない。 吸血鬼カーミラのお話を君は知っているかい?」
本のことなら、まかせて!
「うん、知っているよ。 カーミラという女吸血鬼が出てくるお話しでしょ。 初めて読んだときはドキドキしちゃった」
すると彼は、問題はそこじゃない、といって、苦笑いした。
「カーミラは元の身分に縛られていたね。 だから、名前をアナグラムで変えては、色々なところに出現したんだ」
彼は、姿勢をもとにもどした。
「だから、魔法名でも同じ事なんだよ。 アナグラムをしても中身は変えられない。 魔術師として昇格しないかぎりはどうしようも無いってワケだ」
僕は、しょんぼりと紅茶をかき混ぜた。
「じゃあ……魔術師として昇格するためにはどうすればいいの? やっぱり、カラス使いにならなきゃいけなくて……」
「その、カラス使いになることが、魔術師として昇格するためには必要なんだね。 カラス使いになるためには……」
僕は、カラス使いに頓着するオッズに嫌気が差して、机に頬杖をついた。
「僕、一生魔術として昇格できなくても構わないよ。 カラスと仲良くなるだなんて、嫌だもん」
すると彼は、僕の言葉を聞くなり、さっと真剣な表情をした。
「そりゃ、嫌な事のひとつやふたつはあるさ。 魔術師とて職業だ。 好きでやっているやつもいるだろうが、今は少し深刻な問題があってね」
彼はそこまで言うと、話題を変えた。
「とにかく、このままじゃあ、きっと危険だ。 魔術師であるのに、技の一つも身に付けられないでいるようでは、身が持たないよ。 君も魔術師なら知っているだろうけど、今は夢の世界に少々危険な輩がはびこっていてね……」
夢魔のことか。
「知ってる。 それって」
彼は、うむと頷いた。
「だがボクはね、夢魔が悪いと一点張りで攻めるつもりはないんだ。 彼らだって、何が事情があって、こんな事態を引き起こしている。 事件にはかならず真相というものがあるのさ。 それを突き止めない限りは、前へも後ろへも進めないだろう」
夢魔の起こしている事件がどんなものなのか、気になった。
「夢魔が事件を起こしているというけど、それは一体どんな事件なの?」
すると、彼は目を細める。
「人間のエーテルを奪うのさ」
リトルやケビンの言っていたことと、一致しているようだ。
「だが、それの原因がわからない。 普通は人が死ぬほどエーテルを奪ったりはしないだろう。 何か特別な事情があって、たくさんのエーテルを必要としているのか、それとも反乱か、狂気……」
そういうオッズの顔は、いつものやさしい顔とは違って、少し怖く見えた。 横を向いて爪を噛んでいる。
しばらくすると、彼はまた話し掛けてきた。
「どうしてもカラス使いになりたくなければ、魔術師を辞めるんだ。 そうすれば下の通りの暮らしができる。 ボクら魔術師のことなんて、気にしなくて良い」
しかし、僕は、何故だか諦めがつかなかった。 このまま、何もせずに、ただ日常に潜む死の恐怖におびえながら過ごしていて、それで良いのだろうか? 魔術師になってしまったからには、真相を確かめたいという、好奇心が湧き上がる。 それに、僕が何もしなかったせいで、ジェシーに危険が及んだら、それこそ大失態だ。 この前だって、ジェシーが死にそうになっていたところを助けたじゃないか。 あれは僕が直接戦いに挑んで助けたワケじゃないけど、僕の作ったマフラーが役に立った。 だから、きっと何かできることがあるんじゃないか……。
「いや」
僕は、オッズを正視した。
「僕は、魔術師をやめたりしないよ」
カラス使いになるという試練が目の前に横たわっているけど、ジェシーや他の仲間、家族のためを思うと、引き下がれない。 今の僕はとても弱いけど、いつかは強くなって、皆を夢魔から守らなきゃ。
「だから……」
しばらく彼のことを見つめていると、彼はこう言った。
「一緒に、君のお師匠さんのいるところへ言って、相談しよう。 少しでも君の役に立てるなら、ボクも協力したい。 仮の保護者になれるかも知れないと言い出したのはボクだからね。 最低限、自分の言ったことは、守らなくちゃ」
「それが、大人としての義務だ」と彼は付け加えた。
彼の一徹な態度に、僕は感動した。 オッズの年齢はリトルたちよりかずっと下なんだろうが、彼の方が、よっぽど大人らしい。 いつもからねじけて嘲弄したような態度でいるリトルたちとは大違いだ!
「いつかは、君も立派な魔術師になれるよ。 ところで、リトルはウィルの所にいると言っていたね。 そのウィルという人は何処にいるんだい?」
僕は、ここで初めて夢の世界の地図のことを思い出した。
「ああ、それは……」
ちゃんと夢の世界に夢の世界の地図が現れたのだろうか。 僕は、服の裏やポケットをさぐった。
すると、ズボンの後ろポケットのところに、地図の写しが挟み込まれていることを発見した。
よかった! 僕も捨てたもんじゃない。 ちゃんと夢の世界に地図が現れてくれたじゃないか! 夢枕にあるものはちゃんと夢に現れるんだ! きっとこれは才能に違いない。
僕が、地図をオッズに見せようとしていると、そこへカウルが入ってきた。
「よ! また来やがったな、へなちょこめ!」
彼は、ゲップをすると、相変わらずの罵詈雑言で僕をコケにしてきた。 さっきまでカウルが食べていたと思われる、食べ物の匂いがプンプンする。 僕は今までのムードを台無しにされた気分だったが、オッズは寛大に
「食事が終わったのかい。 ほら、ちゃんと挨拶をしなくちゃダメだろう。 難ならこれから出かけるところなんだが、一緒についてくるか?」
とカウルに問い掛けてなだめようとした。 しかし僕は、内心では彼が何か厄介事を引き起こしてしまうのではないかと、ハラハラしている。 彼とリトルが出会ったら、どうなるだろう……。
「行くって、何処へさ?」
オッズは、今から僕の保護者であるリトルのところへ向かうところだとカウルに伝えると、カウルは
「へえー。 興味がある」
といって、僕らに着いてくることになった。
僕らは、夢の世界の地図を見ながら、ウィルの療養院へと向かっていった。 |