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私は隣の田中です 作者:秋月 忍

第一章 異界渡り

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霊的魅力が高くなったそうです。

 朝。
 休日とはいえ、時計を見れば九時を過ぎていた。
「あれ? マイちゃん、起きたの?」
 ずるずるとベッドから起き上がり、洗面台に行って顔を洗っていると、壁から桔梗が現れた。
「どわっ」
 寝起きに『壁抜け美少女』は、心臓に悪い。いくら、昨日一晩お世話になった恩があるにしても、平常心で対応できるほど私の精神は図太くはない。
「もっと寝ていても良かったのに?」
 桔梗は驚愕した私を気にした様子もなく、ニッコリ笑った。
「昨日はずっとついていてくれてありがとう」
 私は素直に頭を下げた。
「いいのよ。私、人間じゃないから、別に睡眠とか要らないし」
「……この前、ベッドで寝ていなかった?」
「要らないけど、寝転ぶと休憩している気分になるのよね」
 桔梗は、そう言って笑った。
「如月さんはもう起きていらっしゃるの? 昨日、今日の午前中にご相談に乗っていただけるって話だったけど」
「ん? じゃあ、起こしてくるわ。なんか夜中まで起きていたみたいだから、放置しておくと、午前がなくなりそうだし」
 桔梗は、まるで世話焼きな女房のようなセリフを吐く。式神にしては、人間臭すぎる。
「さて。朝ごはん作るかな」
大きく伸びをしたところで、桔梗と目があった。なにか目が訴えているように見えた。
「ん? ホットケーキしかないけど、桔梗も食べたい?」
「マイちゃん!」
桔梗が私に抱き付いてきた。
「え?」
 ゆっくり、私から身を離すと、桔梗は本当に嬉しそうな顔をして笑った。
「料理を作ることはあっても、作ってもらえるなんて、夢みたい!」
 夢って。式神は夢を見るのだろうか。 まあ、アンドロイドさんでも電気羊さんの夢を見るかもしれませんので、式神さんだって、見るのかもね。
「いや、でも、ホントに、ホットケーキしかないよ?」
「ん? マイちゃんが作ってくれるなら、なんでもいいわ」
 にっこりと笑う桔梗。すごくかわいい。もう、うちを控室にしてくれてもいいや、って気分になってきた。
「あ、よかったら、ついでに悟さまにも作ってもらえるかな?」
「べ、別にいいけど、ホットケーキしかないよ?」
 私の言葉を聞いているのか聞いていないのか、「じゃあ、行ってくる」と、桔梗が壁を抜けていった。
 なかなかにシュールな光景である。しかし、だんだんと慣れていく自分が怖い。
「うーん。如月悟に食べてもらえるような料理では、ないと思うけどなあ」
 和風でも洋風でも構わないけど、小説に出てくるゲストヒロインたちなら、素晴らしく美味しそうな朝食を作るに違いない。
 手早く身支度を整えると、ホットケーキミックスを棚から引っ張り出す。
 冷蔵庫には、牛乳と卵。だけ、である。
 背景キャラが、珍しくも主人公さまに手料理を振る舞うという、ほぼ奇跡に近い瞬間なのに、オシャレ朝食を作る材料はどこにもなかった。さすが、私! と、つい思ってしまう。ようするに、身の程をわきまえた冷蔵庫なのだ。主人公の胃袋をゲットするような料理のもともとそんなものはないけれどを発揮するための、材料もないらしい。
「人間、高望みをしてはいけないってことよね」
 間違っても背景キャラの職分を越えてはいけないと、自分を戒めながら、私はホットケーキを焼くことに集中した。



 ピンポーン
「はーい」
 呼び鈴の音がしたので、私はパタパタと玄関のドアを開ける。
 てっきり如月だと思ったら、とてもきれいな女性が立っていた。
――誰だっけ?
 見覚えはあるような、ないような。ふんわりとウェーブのかかったセミロングの髪。少しきつめの目元。
 柔らかそうな唇。
「あの、私、702の雪野と申します。明日、引っ越すことになりましたのでご挨拶にあがりました」
「あ、はい。ご丁寧にありがとうございます」
 反射的に、頭を下げながら、私は混乱する。
――雪野って、雪野さやか? ゲストヒロイン様? 引っ越しってどういうこと?
「今までお世話になりました。明日はお騒がせしてご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いいたします」
 丁寧なあいさつとともに、差し出された菓子折りを私は受け取る。
「あ、いえ。こちらこそお世話になりました。あの。どちらへお引越しですか?」
 社交辞令で返しながら、私は動揺する自分を必死で抑える。
「隣の県へ行くことになりました……その、嫁ぐことになりまして」
「お、おめでとうございます!」
 もはや、何が何だかわからない。ひょっとして、雪野といっても別人さん?
「それでは」
 幸せオーラを醸し出しながら、女性は、頭を下げた。
 彼女が立ち去ろうとした時、ちょうど、隣りの部屋から出てきた如月が、やってきて。
 私の家の玄関前の通路で、二人は軽く会釈をしあった。
 私は思わず、息をのんで見守るが、雪野はそのまま階段方面へと歩いていき、如月は目で追うこともなく、私の顔を見て微笑した。
「おはようございます。朝食をいただけるって聞いて」
「え、ええ。何もありませんが、どうぞ」
 雪野さんのことがすっきりしないまま、私は如月を部屋に迎え入れた。
――如月と会ってもスルーしているようにみえたし、やっぱり、雪野さんは雪野さやかさんじゃなかったのかな?
 そもそも、このタイミングで隣県に嫁ぐって時点で、小説の雪野さやかではない。
「あ、そちらの部屋に座って下さい」
 食卓テーブルでは三人が座るには小さいので、折りたたみテーブルを出して、座布団に座ってもらう。
――座布団に座って、ホットケーキってどうよ?
 つっこみどころ満載だなあと、自分で呆れる。
「マイちゃん、お邪魔しますねー」
 如月は玄関から入ってきたが、桔梗はまた壁から部屋に入ってきた。
「飲み物は何にします?」
「悟さまはコーヒーよね? 私は番茶が良いな」
 リクエストに応えて、コーヒーと番茶を用意し、テーブルに並べる。
 いろいろ和洋混在で、意味不明状態である。
「メープルシロップとジャムを各種、それからバターを用意したので、好きなものをかけてください」
「これ、輸入品?」
 如月がメープルシロップを手に、そう言った。成分表に日本語表示がないからだろう。
「あ、それ、会社の人にカナダ土産にもらったものです」
「へえ、本場のやつだね」
 嬉しそうに、如月がホットケーキにメープルシロップを回しかける。
「このりんごジャム、美味しい!」
「あ、それ、長野土産にもらったの。美味しいよね」
 私がそう言うと、桔梗が苦笑した。
「マイちゃん、お土産は消えもの派?」
「別に私がリクエストしたわけじゃないけど、会社だと定番でしょ」
 会社の人間同士の土産の定番は消えものである。残るものは、相手の好みがわからないと難しいからだと思う。
「ああ、これ、本当に美味しい」
 如月がメープルシロップをドバドバにかけたホットケーキを幸せそうに噛みしめる。
 相当な甘党である。
私は、茫然とトロリと滴るシロップを見つめる。
 別段、甘党だろうが、辛党だろうが、如月の端正な顔に変化があるわけでもない。しかも味覚の好みは人それぞれ自由だ。
 しかし。今や同年齢とはいえ、私(鈴木)にとって、如月は十七のころから、見上げるように憧れていた『大人』の男性だ。
 如月が無邪気な様子でホットケーキを食べる姿は、想像もつかない姿であった。
「そんなにお気に召したのなら、それ、差し上げましょうか?」
 私がそう言うと、如月は目を丸くした。
「いいの? でも、お土産だよね?」
「半分は使っていますし……如月さんには助けていただきましたから」
 他人からもらったメープルシロップ(しかも開封済み)を、命を救ってもらったお礼に渡すなんて、いろんな意味で問題ありな気もしなくもないけれど。
「昨日のことなら気にしなくていいよ。俺の仕事だから」
 如月はニコリと笑った。
「ああいった異形の者を倒す、秘密機関の人間だから」
「……秘密機関って、そんなに簡単にバラしちゃダメでは?」
 つい、突っ込んでしまった。すると、如月は「平気さ」と微笑みながら
「田中さんは異形に好かれやすいから、これからもお付き合いありそうだし」
 不吉なことを確信ありげに断言する。
「昨日も仰っていたけど、それ、どういう意味ですか?」
 私は嫌な予感満載状態で、如月の顔を見た。
「田中さんは、もともと『霊的魅力が高い』ひとだ。さらに異界の酷似した魂と同化したことによって、さらに魅力が跳ね上がった」
 なんだ、その霊的魅力って。
「わかりやすく言うとね、マイちゃんは今、妖怪や幽霊から見たら『伝説クラスの美女』なの」
 桔梗が、横からそう説明してくれた。
 って。
 妖怪や幽霊限定って。そんな美しさ、欲しくないし、嬉しくもない。
 私は頭を振った。
「あの。私、どうやったら帰れますか?」
「君の場合、そもそも、魂の分離が難しそうだ」
 如月は私をじっと見ながらそう言った。
「普通は、二つの魂が重なった場合、どちらか一方が吸収してしまう。そうでない場合は、一方が身体から弾かれる」
 すっと、如月の手が私の額に伸びた。
 硬く暖かい手が、額に触れた。
「これほどまでに、双方の意識が同調しあう例は初めて見たよ。だからこそ、霊的魅力も霊力も跳ね上がった」
 如月は、ポンと軽く指で私の額を叩くようにして、手を離した。
「昨日より更に霊力が高まっている――同化が進行すればするほど力が跳ね上がっていくみたいだ」
 ふうっと、如月は息をついた。
「普通の人間が、異界を渡る方法は、異界渡りとともに超えるか、界弾きに巻き込まれるという方法しか、俺は知らない……どちらも、命の保証はできない」
 界弾き。
その言葉は、小説で読んで知っている。この世界と並行する他の世界をつないで吹き荒れる嵐のことだ。
 人の魂や、妖魔の類を、異界へ弾いたり、とりこんだりする。異界渡りの死霊の塊であるという説もあるが、原因も、いつおこるかも不明である。界弾きがおこると、ちまたでは原因不明の災害が起こりやすい。
『闇の慟哭』第五話では、大規模な界弾きがおこり、凶悪な妖魔が異界からやってくるのだ。(残念ながら、解決編で最終話である第六話は未読である)
「どちらもあまりうれしくないですね」
 私は首を振った。なんか、諦めたほうが良いような気もしてきた。待っている家族もいないし、恋人がいる訳でもないし。諦めて、こっちで背景キャラ、頑張ろうかな。帰るためになにか行動すると、あっさり死にそうな気がする。
「それにしても、異界から来た子? すごくこの世界、詳しいよね?」
 桔梗が私の方を見て、首を傾げた。
「私のこと、式神だってすぐにわかったし」
「えっと」
 小説のことって、話していいものだろうかと、ちょっと迷う。
 ただ、私の知っている世界と酷似しているだけで、実際は違うことも多そうだし、被害とかが小さくなるなら、そのほうが良いだろうと思い、違う可能性も示唆しながら、大まかに内容を説明した。
 ただし、人の名前と場所の名前は伏せた。変な先入観を植え付けてもよくない。
 あと、如月とゲストヒロインたちの恋愛の話も黙っておくことにした。色恋は自然の成り行きで本人たちの気持ちでなければ、うまくいかないだろう。もちろんファンとしてはガッツリ見守る(覗く?)つもりだ。
「それで、だいたいはわかったけど、その小説でマイちゃんは、どういう役なの?」
 桔梗が不思議そうに首を傾げる。説明に私の名が一切でてこなかったからだろう。
「私はただの隣人」
 正直に答えたのに、桔梗は不服そうに口をとがらす。
「こんなに霊的魅力あふれるマイちゃんが、隣人って、その作者、おかしいわ」
「いや、私、隣人で十分だけど」
 だいたい、妖魔にモテ女って役割、嬉しくない。
「私が作者なら、悟さまとマイちゃんがコンビを組んで、妖魔退治する話にするけどなあ」
「……誰も、そんな話、喜びません」
 ふーっと私はため息をつき、コーヒーを飲みほす。
「田中さんは、俺とコンビを組むのは嫌なの?」
 くすり、と如月が笑う。
「グ?!」
思わず、口にしたものを吹くかと思った。心臓がマンガみたいに跳ね上がりそうだ。
「そういう問題じゃないです! 私のような凡庸な人間をからかわないでください」
「マイちゃんは、凡庸じゃないって」
 桔梗が口をとがらす。そりゃあ、桔梗も「人外」だから。私が伝説級の人物に見えるのかもしれないけど。
「凡庸な人間は、咄嗟に九字を切ったりしない」
 ポツリ、と如月がそう言った。
「え? えーと。あれはできるとは思っていなかったのですけども……」
『闇の慟哭』の読者なら九字の切り方なんて常識です!  嘘です。ごめんなさい。ファンなんて生易しいものでなくて、私、マニアでしたから。
「とりあえず、田中さんは俺の業界でいう『一般人』ではない」
 如月はそう断言して、自分の携帯を取り出した。
「連絡先を教えておくから、何かあったら報告して」
 連絡、じゃなく、報告。なんとなく、自分の立ち位置が気になる言葉のチョイスだ。
「マイちゃん、今日はこの後どうするの?」
「美容院に行って、髪の毛切って、スーパーに買出し」
「遅くならないようにしないとダメだよ?」
 心配そうに桔梗がそう言う。
「そうだな……たぶん、異界渡りに目をつけられているだろうし」
 如月の言葉に、ドキリとする。
 いや、でも、だって、これ以上私がメインストーリーに登場するのは、どう考えてもオーバーワーク。
 荷が重すぎです。
「異界渡りさんだって、もっと美人を襲いたくなるかも?」
「だから、マイちゃんは(妖魔にとっては)絶世の美女なの!」
「その注釈つきの美人、全然、嬉しくない」
 私は大きくため息をついた。

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