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私は隣の田中です 作者:秋月 忍

外伝 花嫁衣裳は誰が着る

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ご神体

少し長めです。
「それで、菅さんの記憶はどうするのですか?」
私は、部屋に入る前に悟に問いかけた。
「まだ、原因がはっきりしない。下手に操作すると、解決する手段がなくなる」
悟は苦い顔をした。被害者の記憶というのは、事件解決へのたいせつな道しるべだ。
「映画は?」
 こんなことがあっても、撮影は続くのだろうか? どう考えても、危険に思える。
「たぶん、続行だな。そのへんは柳田たちに聞かないとわからないが、マスコミの連中っていうのは、こういった映画の時の怪現象は、宣伝になるくらいにしか思わないさ。あの、菅って女性も、せっかく手にした主役の座を逃したくはないだろうから、降りたりはしないだろう」
「贄姫の辞退とかは?」
「それもないな。彼女のブログを読んだが、アクセス数も相当数あって、彼女自身も、かなり贄姫にいれこんでいる。三十年に一度の巫女という触れ込みは、ちょっとしたミスコンなみの肩書になるからな」
「でも……」
 あんなに怖い思いをしたのだ。普通は、少しは考えるのではないだろうか?
「マイが思っているより、彼女は図太く、上昇志向が強い。芸能界でてっぺん狙うような人間は、普通じゃない」
 悟はそういって、扉を開く。私がいない間に、菅と何を話したのか。随分、突き放しているな、と思った。
 菅はだいぶ元気になったようで、布団を畳んで、座って携帯をいじっていた。
 確かに怖がったりはしていないようだ。可愛い顔をして、かなり図太いという悟の見解は正しいのかもしれない。
「お待たせいたしました」
 私は、彼女に話しかける。
「もう、起きても大丈夫ですか?」
 私の問いに、彼女は「はい」と頷いた。
 悟は、私から受け取ったアタッシュケースを開け、木札を一つ取り出した。
「ちょっとした怪異ならこれで防げます。肌身離さずに持っていてください」
「うわっ、なんかレトロですね。写真とかとってもいいです?」
 受け取った木札をしげしげと菅は眺める。その目に霊的なものへの畏怖はなく、純粋な好奇心に満ちている。ある意味、健全だけど。
「写真はやめてください。ご利益、薄れますから」
 私の言葉に、菅は不服そうな顔をした。あきらかに『何言ってンだ、このおばさん』という感じの表情だ。
私は、思わず苦笑する。実際、彼女よりずいぶん年上だし、ご利益なんて、時代錯誤だから、仕方ないなあとは思う。言葉に出さないだけ、彼女は育ちがよく、しかも芸能人というのが、客商売であることをきちんと意識しているのだろう。
「撮りたければ、贄姫を降りろ」
 いつになく、厳しい顔で悟が私の横から口を出す。
「やだな、如月さん。ちょっと、ブログとかに載せたら面白いなと思っただけですよ」
 彼女は慌てて微笑む。いたずらっぽく、とてもかわいい笑みだ。全てを水に流してしまいたくなるくらいの笑顔だ。
 実際、悟に睨まれると、とても怖い。
 それに、やっぱり、悟に好かれたいって思うのは、女子として自然だと思う。同性の私が、多少あざとく感じても、普通の男性なら許してしまうだろうなあと、思った。たぶん悟は普通じゃないけど。
「面白がっていたら、命を落とすぞ」
 悟はさらに脅しをかける。しかも霊力をにじませ、暗示をかけた。やりすぎかなあと、つい思う。
 悟は、仕事に関してクールである。それは、闇に生きるべき防魔調査室の正しいビジネススタイルなのだから、私の方が甘いのだと理解はしているけど。
「悟さん、それくらいで」
 私は、そういって、私の携帯の番号を教えてから、彼女に『帰っていいよ』と伝えた。
 悟でなく、『私』の連絡先を渡されたことに、菅はちょっとだけ不満そうだったが、異を唱えることはせずに、撮影スタッフたちのもとへと戻っていった。
「宮司の話を聞こう」
 悟がそう言うので、控室を片づけて、いっしょに事務室へと向かう。
 宮司の佐中元治さなかもとはるは、私たちの姿を認めると、にこやかに出迎えてくれた。
 それ程広くはない。小さな執務机と、応接セットと呼ぶにはちょっとチープな来賓用のソファとテーブルが置いてある。古めかしい祝詞のかかれた古文書の横に、パソコンが置かれていて、防犯用の監視カメラの映像が映るディスプレイまである。防魔調査室に勤めている私には珍しくはないが、一般参拝客的にとっては、あまりみたくないバックヤードという感じだろう。
 トラブルのせいで、順番が滅茶苦茶になったが、本来は、このひとの話を聞くのが一番最初でなければいけなかったはずである。
 佐中は、四十五才と聞いていたが、まだまだ、若々しい感じの人だった。
「防魔調査室の如月悟です」
「田中舞です」
 私たちが名乗ると、「おや」と、佐中は目を見開いた。
「如月って、ひょっとして、エリちゃんのだんなさんになる?」
「エリちゃん?」
 私は、思わず佐中の顔を見る。
「国城エリカさん?」
 私の問いに、佐中は頷いた。
「そうそう。エリちゃんは、私の姪っ子なんだよ」
 言われてみれば、少しだけ目元が似ていなくもない。
「エリカさんと結婚するのは、兄です。俺ではありません」
 悟の言葉に、佐中は「そうか、弟さんもいるって聞いていたな」と頷いた。
 しかし、弟さんもいい男だね、と、いいながら、茶器を用意する。
「まさか、うちの姪っ子が、如月家に嫁ぐとはね。光栄なことだ」
 にこにこと佐中が笑った。如月家は、名門である。そういえば、如月家の人間は、能力者同士で結婚させたいという話を、悟の兄、徹のお見合いの時に聞いた気がする。
 私の好きな人は、二枚目なだけでなく、血統書付きなのだ。そう考えると、ちょっと悟が遠く感じる。本人に言ったら、怒られそうだけど。
「どうぞ、家でとれた柿です」
 彼は、そういってお茶と皮をむいた綺麗な柿をお皿にのせて、私たちの座った小さなテーブルの前に置いてくれた。とても美味しそうだ。
「おや、ずいぶん、霊的魅力の眩しいお嬢さんだ」
 佐中は私の方を見て微笑む。
 どう答えてよいかわからずに、私は曖昧に微笑した。たぶん、褒め言葉だ。でも、私の外見に魅力がない事をなんとなく再確認してしまって、どうしても素直に喜べない。
「それで、怪異についてお伺いしたいのですが」
 悟は、挨拶もそこそこに、話を切り出した。佐中は腰を下ろしながら、陰鬱とした表情を浮かべた。
「まったく、もって。不可思議です」
 彼は息をついた。
「まず、今年の夏の終わりに、裏山に落雷がありました。そして、台風による土砂崩れ。まあ、それは、今回のこととは、直接関係はないかもしれませんが」
 天災というのは、多かれ少なかれ、毎年なにかしらあるものである。特に、昨年は『界弾き』があったため、各所であった。それに比べたら、それほど大きなものではない。
「明らかな異変を感じ始めたのは、十一月に入ってからですね」
 佐中は大きく息をついた。
「はじめに、石灯篭のひとつに、ひびが入りました」
 佐中が早朝、掃除中に気が付いたという。
「次に、先ほどの祠のまえの賽銭箱が割れました。そのほかにもいくつか備品が壊れております。あとは、『夢』と『神気』の変化ですね」
 佐中は、説明をするのをためらうように、頭を掻いた。
「贄姫がこの社に入ってから、この宮が山に飲まれる夢を何度も見るようになりました。そして、これは感覚でしかないのですが、特に本殿の大気がピリピリしはじめまして」
 佐中は軽く息を吐く。
「それで……防魔調査室のほうに念のため、ご連絡を」
「失礼ですけど、三十年前のお祭りの時は、こんなことはなかったのですね?」
 悟の問いに、佐中は頷いた。
「はい。もっとも私は当時、十五才。祭りを取り仕切っていたのは、私の父でしたが」
「贄姫が、気に入られていない、ということは考えられますか?」
 佐中は首を傾げた。
「どうでしょうか? 前回の祭りの贄姫は、私の妹でした。妹の、霊力、霊的魅力は、菅さんより上ではありますが、特に問題があるとは思えないのです。そもそも、私が知る限り、贄姫はもう『形式』だけのものです。私の父の話では、神が本当に欲しているのは、贄姫が捧げる音曲のほうであり、ご神体を宿すための新しい『器』だと」
「器ですか?」
「はい。三十年の大祭のとき、神の御霊を、新しき『器』にうつすのです。すなわち、星鈴ほしすずにね」
 この神社のご神体は星鈴。ぐるりと輪を描いた金具に五芒星の頂点を描くようにつけられた鈴だ。社務所では、お守りとして小さなレプリカが売られているらしい。
「新しい星鈴?」
「はい。これだけは、古来と変わらぬ意匠で作っております。そのことで、神が機嫌を損ねるなどと言うことはあり得ないかと」
「それは、今どこに?」
「本殿の方に納めてございます。まだ、神気はうつしていませんが、先の贄姫の拝殿と同時にお納めしております」
「見せていただけませんか?」
 悟の言葉に、佐中は頷いた。
 その時、ノックの音がして、疲れた顔で、杉野と柳田が入ってきた。
 どうやら、映画のスタッフの取り調べが終わったらしい。がやがやという人の声が外からしているところをみると、とりあえず解散ということになったようだ。
「今から、本殿の方へ行くが、どうする?」
 悟の言葉に、「ああ、行く」と柳田が頷いた。
 私たちは、社務所の戸締りをするという佐中より先に、社務所の外に出る。
 外はもう暗くなっていて、コートを羽織っていても寒さが身に沁みた。
「やあ、マイさん」
 まだ喫煙所に残っていた、沢渡が私に片手を上げた。バスに乗る前に一服、ということなのだろう。蛍族が数名残っていた。
 ぺこりと、頭をそちらにさげると、ぐいっと悟に引き寄せられた。そしてそのまま腰を抱かれた状態になる。見上げると、無言で悟は沢渡を睨んでいる。
 いや、その威圧、要らないと思う。彼は、ファンへのサービスをしているだけで、私とどうこうなりたいわけじゃないのだから。
「おい、勤務中だぞ」
 その様子を見ていた柳田が、呆れたようにぽつりと呟く。
「あれ? あの二枚目俳優とマイさん、知り合い?」
 杉野が面白そうに私を見る。明らかに、悟をけしかけている。
「さっき少し話しただけです。どちらかといえば、私が一方的に知っているだけですよ」
 私の言葉に、悟の腕にさらに力が入り、腰どころか背中に悟の身体が密着した。
 沢渡は驚いたようにこちらを見ている。あまりに茫然としているため、隣りにいた梨田廉也まで、こちらを向いた。
 正直、とても恥ずかしい。沢渡に悟の勘違いを謝りたい。
 不意に梨田がこちらに向かって手を上げた。
 え? と、思うと。
「やあ、おまたせしました。若いっていいですねえ」
 佐中が懐中電灯を持って出てきて、私と悟を見てニヤリと笑い、梨田に向かって、手を振り応えた。
 どうやら知り合いらしい。
 佐中の言葉で、ようやく悟は私から身体を離してくれたけど、腰は抱いたままだ。もはや、柳田も杉野も何も言わない。
 私も恥ずかしいとは思うものの、本音は嬉しいから、拒絶できない。
「梨田さんと、お知り合いですか?」
「ああ、学生時代の友人ですよ」
 佐中がそう答えると、梨田はこちらへ軽く頭を下げ、沢渡の肩をポンと叩き、背を向けた。ざくりざくりと足音が響く。沢渡もこちらに笑みを向けたあと、背を向け、そのあとに続いていった。
「ああ、それで、この神社で撮影を」
 柳田が納得したようにそう言った。
「え?」
 私が首を傾げると。
「ああ、マイさん知らなかった? 映画の原作の小説書いた『なしだこう』って、梨田廉也のペンネームなのよ」
「ええっ?! 梨田氏は、小説も書いていらっしゃるのですか?」
 なんて器用な。梨田は主役こそ張らないものの、そこら中の映画に引っ張りだこの名優さんなのだ。たぶん、『千年先も君が好き』という映画の中で、いちばんネームバリューが高いひとである。
「梨田は昔から、小説を書いていまして。劇団やっているやつらに頼まれて脚本かいているうちに、気が付いたら役者になったという変わり種ですよ」
 佐中がニコリと笑った。
「今回の話は、学生時代に私が梨田に神社の伝承なんかを話したのがもとになっているから」
「映画は、梨田が、監督に持ち込んだらしい」
 柳田が佐中の言葉に補足する。
「……たぶん、私が、贄姫の成り手がいないと、昨年の同窓会でなげいたからでしょうね」
 佐中はそう言った。だとしたら、梨田氏は、ずいぶんと、友達思いなのだな、と思う。
「そろそろ参りましょうか」
 佐中にうながされ、私達は本殿の方へと足を向ける。
 既に暗闇が深く、近くに街灯はないため、本殿は黒い闇に沈んでよく見えない。
「灯篭に灯を入れるのは、年に数回でして。申し訳ありませんが」
 昨今は、消防の関係もあって、石灯篭にろうそくの灯を灯すことは、めったにないそうだ。
「参道に、ソーラー式のLEDの灯篭をつけようか、と、家内と話しているのですよ」
 懐中電灯を灯しながら、佐中がくすりと笑った。火の用心、とはいえ。灯篭も時代に合わせて変化する時代なのかもしれない。
 じゃりじゃりと音を立てながら、私達は本殿へと向かった。
「拝殿には、電灯がありますから」
 そういって、佐中はそっと拝殿の扉を開く。
 シャリン
 大きな鈴の音がした。
 背筋をゾクリとしたものが走る。
「マイ」
 私は思わず、悟の身体にしがみついた。
 シン、と静まり返った社の中に、一瞬、大きな『気配』があった。ひとのものでない、『気配』だ。
「大丈夫。消えた」
 柳田が、闇に目を凝らし、そう言った。
 肌を刺すピリピリとした霊気は残っているが、先ほどの気配はどこにもない。
「明かりを」
 悟の声に応えて、佐中が電灯のスイッチを入れる。
 パッと照らされた部屋には、怪しいものは何もなかった。
まず、目に入ったのは、いくつかの供物だった。
 そして、50センチはあろうかという、星鈴がその奥に祀られていて、にぶく光っていた。
「こちらですね」
 佐中は、供物のひとつにかけられた、布をめくり上げた。
 美しい銀の色の光を宿した鈴は、くもり一つない。
「ふむ」
 柳田がじっとその鈴を見る。
「おかしい。いくら神気を吹き込む前とはいえ、あまりにも『無垢』だ」
「え? しかし、もう二週間はここにおいてありますよ」
 佐中が首を傾げた。
こういった術具は、霊気のあるところに置いておくと、少なからず『染まる』ものなのだ。
「刺激のある霊気の源は、このご神体じゃない。どこかわかるか、如月?」
 柳田の言葉に、悟は頷いた。そして、ご神体の前に胡坐をかき、眸を閉じる。
 ジリッと何かが音を立て、一瞬、電灯が消えた。
突然のことではあったが、全員が沈黙を保ったまま見守る。
「桔梗」
 暗闇の中、悟が言葉を発すると、燐光を放った和服の美少女が姿を現した。
 悟の式神の桔梗である。
「たどれ」
 ふっと、悟が胸元から取り出した紙きれが蝶のように舞い始め、すうぅと壁の向こうへと消えていくのを桔梗がおっていく。当然、桔梗も壁の向こうへ消えていった。
 数分の暗闇のあと、ぼんやりと電灯の明かりが戻ってくるとともに、桔梗が再び姿を現した。
「見つけたけど、やっかいですよ、悟さま」
 桔梗は、顔をしかめながらそう言った。
「この、床下に赤い星鈴が取り付けられているの。物理的にも、霊的にも強固にとりつけられていて、簡単にはがせそうもないみたい」
「赤い星鈴?」
 佐中の顔が青ざめた。身体がブルブルと震えはじめる。
「神気が変化した理由がわかりました。誰かが、荒魂あらたまを呼び覚まそうとしている」
 神の力は、荒魂あらたま和魂にきたまとされている。荒魂というのは、文字通り、荒ぶる力を意味していて、神社というのはたいてい、その『荒ぶる力』を『柔らかな力』に変えるために存在しているのだ。
「この地の神は、もともと荒ぶる神。血を欲し、贄を欲する。そのかわりに、絶大な『力』を与えた神です。映画で出てくる蛇神の話は、この宮の神をもとにしております」
 佐中は首をすくめた。
「あまりに貪欲に血や殺りくをもたらすために、この地に奉じられた、神なのです」
「つまり、誰かがわざわざ、そんな物騒な力を取り戻そうとしている?」
 私の問いに、残りの人間は無言だ。この無言は、『肯定』の意味だ。
「神気が既に変質をはじめているだけに……やっかいだな」
 柳田が大きくため息をついた。
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