挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
私は隣の田中です 作者:秋月 忍

第一章 異界渡り

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

4/55

ヒロインはどこへ?

 私は、男を見据えたまま、じりじりと後退した。
 バッと反転し、マンションのほうへと、走り出す。
「おやおや、走ると危ないですよ」
 子供でもあやすかのような、男の声。
 ふわっ
 疾走しようとする私の前に、あの小鬼が舞い降りた。
 かっと、赤い口が開く。銀の眼が私の姿を捕えている。
 びくりとして、足の止まった私の背に、男の足音が迫る。
 頭が真っ白になる。恐怖で膝が鳴り始めた。
 ――どうして?
 ここが、『闇の慟哭』の世界だからといって、私は脇役の田中なのだ。田中にとって、この世界は鈴木の世界と同じで、化け物などいない、平和な日本のはずだ。
「とても、貴女が美味しそうなので。ぜひ、食べさせていただきたいのです」
 男はそう言って、私を背後から羽交い絞めにしようとした。
「いやっ!」
 私は、咄嗟に鞄を男に向かって投げつけた。
 バシッと音を立て、鞄が男の顔にぶつかる。
 後ろには得体のしれない男。前方には、小さな小鬼。
 ――魔物が見えるとしたら、ひょっとして。
 半ばやけくそで。私は、人差し指と中指を伸ばし、刀印を結んだ。
 正式な印の結び方はしらないが、小説で如月が多用した、早九字護身という格子を描く方法なら、なんとかわかる。

 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前

 最後の横線を引き終わったその時、宙に書いたはずの格子模様が淡い光を放ち、小鬼に向かってはしった。
 ぐわっ
 小鬼が苦痛の声をあげ、憎悪の視線を私に向けた。
「ほう、素晴らしい。霊力もお持ちなのですね」
 小鬼に気を取られた一瞬に、私は背中から抱き付かれた。首筋に、男の生暖かい息がかかる。
 逃げたいのに。
 あまりの恐怖に、私は動けない。
「臨・兵・闘・者」
 闇の中に、テノールの声が響く。まるでエコーがかかっているかのようだ。
「 皆・陣・列・在・前」
 白銀の光が宙を射るように線を描き、小鬼に突き刺さった。
 ぎゃおーぅ
 断末魔の叫びをあげ、小鬼が蒸発するかのように光とともに消えていった。
「なっ」
 男が、驚愕の声をあげる。
「その人を離しなさい」
 静かに男の声が告げる。闇の中からすらりとした男性の姿が浮かび上がった。
「如月さん?」
 暗闇に、彼が手にした独鈷杵が煌めいた。
 男は私を如月の進路をふさぐように突き飛ばす。
 ぎゃっ、と、全く可愛くない悲鳴を私は上げて、如月の胸に倒れこむ。
 ぐおん、と男のいた場所で、音がしたかと思うと、漆黒の闇が男にまとわりついて、男の姿が見えなくなった。
「……逃げられた」
 如月は、悔しそうに闇を見つめた。


「大丈夫?」
 優しい声で問いかけられ、私は我に返った。
 ふと見上げると、如月の長い睫に気付く。同じ人間とは思えない造形だな、と思う。
 そして、自分が完全に如月の胸に倒れこんでいるのに気が付いた。
「す、すみませんでした!」
 慌てて、身を起こそうとして、足に力が入らないことに気が付く。へなへなと倒れこみそうになるのを、如月に支えられた。
「どうした?」
「こ、腰が……抜けたみたいで……」
 私がそう言うと如月がニコリと笑いかけた。
「無理もないな。間に合ってよかったよ」
 すっと、如月の手が私のおでこにのび、前髪をかきあげた。
「あの……記憶、消すのですか?」
 額に載せられた手の感触に覚えがある。
「そうできればいいのだけど、無理だな」
 如月は苦笑した。
「君の魂は二つの魂が重なっている。記憶操作を試みたところで、どちらかの魂は必ず覚えている」
 言いながら、如月は私の身体を抱き上げた。お姫様だっこというやつだ。
 私は、自分のおかれた状況に気が付いて、顔が真っ赤になった。
「き、如月さん、お、降ろしてください」
 この状況はマズイ。
 如月親衛隊に殺される……って、それは鈴木の世界の話だけど。
 優秀なファンというのは、スターと距離を置いて、むやみに追いかけてはいけないのだ。
(た○らヅカファンを見よ!)
 程よい距離感を保ち、節度ある態度でスターの幸せを応援し、願う。それがファンのあるべき姿で。
「腰、抜けたのなら、歩けないだろ?」
「……申し訳ありません」
 先ほど、恐怖で凍りそうだった血液が、グラグラ沸騰しそうで、色っぽい状況じゃないことを理解しているのに胸がバクバクする。
 ――うーっ。これは、お隣さん特権? こんな場面、小説にはなかったはずなのに。
 そもそも、田中が魔物に襲われるのは、プロローグの一回だけのはずだ。
 それなのに、自分も魔物と戦ったり、如月に姫抱きにされたり、田中の出番増えすぎだ。オーバーワークである。
 ――それに、ヒロインはどうしたの? 如月がこんなところで私にかまっていたら、さやかさんは、大丈夫なのかしら? 
 第一話は、ヒロイン雪野さやかに執着したストーカーが、異界渡りの力を使い、何度も彼女を襲うのだ。
 凛とした大人の美しい女性である、さやかは高校時代からの私のアコガレであった。
 闇の慟哭シリーズ歴代ヒロインの中でも、彼女のファンは多い。私のせいで、彼女の身に何かあってはたいへんである。
 結局。
 お姫様抱っこのまま、私は自分の部屋の前まで送られてしまった。
「詳細は、明日、ゆっくり聞かせてもらうよ。今日は、とりあえず休んで」
 如月はそういうと、パチンと指を鳴らした。
 ふわりと壁から清楚な和服美人が抜け出てくる。
「桔梗、扉を開けろ」
「承知しました」
 桔梗は、もう一度壁に消え、我が家のドアの内鍵をあけて、私たちを迎え入れる。
 うちの防犯とかプライバシーとか、いろいろ気にはなったが、腰が抜けて歩けないので、如月に抱きかかえられたままの状態で、ベッドまで運ばれる。
「ゆっくり休んで」
 私をベッドに寝かすと、にこりと如月が笑った。
「桔梗、一晩、彼女についててやってくれ」
「言われなくても、マイちゃんのことは私が守るから安心してください」
 桔梗はそう言って私の傍らに腰かけた。
 彼女の優しい手が、私の顔をなでてくれると、心が不思議と落ち着いてきた。
 式神でもなんでも。誰かが付いていてくれる、そう思うと嬉しかった。
「汗かいちゃったね、マイちゃん、寝る前にお着替えできる?」
「そうね……そうするわ」
 桔梗に優しく微笑まれ、私は支えられながら身を起こし、ブラウスのボタンに手をかけた。
「……悟さま、いつまでここにいるつもりで?」
 桔梗がものすごい目で、まだベッドの傍らに立ったままだった如月を睨み付けた。
「へ?」
 とうに帰ったと思った如月の姿に、私はびっくりする。そう言えば、帰った様子はなかったけれど、長居する理由は彼には全くないわけで。
 顔を朱に染めた如月の視線が、無意識に外した私の胸元に向けられていたのに気が付いて、私は慌てて前を閉じた。
「ご、ごめん」
 少年のように戸惑った顔でそういうと、如月は慌てて帰っていった。
「油断も隙もない」
 桔梗はそう呟き、「スケベ男はどーしようもないわね」と、ため息をついた。

そう言えば、この小説、ジャンルは『恋愛』だったと、書いてて思い出しました。

少しだけ、それっぽくなったかな?

※ジャンル改正にともない、『恋愛』→『ローファンタジー』へお引越ししております。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ