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私は隣の田中です 作者:秋月 忍

第三章 赤の絆

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少し短めです。
「如月さんのお兄さんは、どうして、そんなにお見合いが嫌なのですか?」
 私は、保冷剤を頭に当てた如月徹に訊ねた。如月悟の肘鉄がクリーンヒットしたらしい。
「徹でいい」
 初対面で名前呼びは、と言うと、「面倒なのは嫌だ」と彼は言った。
「わかりました、では、徹さん」
 私がそう呼ぶと、如月悟の片眉が器用に吊り上がったような気がした。馴れ馴れしいと思われたのかもしれない。
 いや、だけど、『お兄さん』呼びも変な気がするのは、それはそれで意識しすぎなのかな?
「それで、理由はなんなのですか?」
「オレは、恋愛結婚がしたい」
 複雑な事情があるかと思えば、乙女のような意見に私は驚く。
 恋愛なんて、しようと思えばいくらでもできように、と、思う。弟とはタイプが違うけれど、道を歩くだけで、いくらでも女なんて釣れそうである。
「えっと。それは……要するに、まだ、遊びたいと?」
 私の言葉に、徹はムッとした顔を浮かべた。
「オレはそんなに軽薄じゃない。愛する女を嫁さんにして、一生、嫁を愛でてくらしたいと思っているだけだ」
 如月悟とよく似た端正な顔で、真剣にそう言われると、自分のことじゃないのに、ムネキュンしてしまう。
 徹の声は、弟ほど甘くはないが、ちょっぴりウェットで、セクシーだ。
「徹さん、今時、お見合いって、出会いの一つのかたちでしかありません。会ってすぐ結婚が決まるものでもないですよ」
 私は、少し胸がドキドキしたことを悟られまいと、徹から顔を背けた。すると、如月悟の鋭い目とぶつかり、今度は別の意味で心臓が止まりそうになる。
「随分、お見合いに肯定的だね、マイちゃんは」
 気安いひとらしく、あっという間に私を名前呼びする。顔は似ているけど、弟とは性格が違うようだ。
「あ、いえ。例えば、お見合いパーティとかのコンカツって、合コンより真剣な相手に出会えるから、女性としては安心ですから」
 一般論を言っただけなのに、如月悟が冷やかに私を睨む。気温が下がったような錯覚さえ覚えた。
「お見合いパーティって何?」
 徹は興味津々で、私に聞いてくる。
「結婚式場をはじめとするブライダル関連の業者が主に行っている、集団お見合いです」
「へえ。合コンとどう違うの?」
「結婚を前提にした出会いを求めて集まるという点でしょうか?」
 徹はガンガン聞いてくるのだが、質問に答えると、そのたびに、如月悟の目が冷たくなる気がする。
「マイちゃん、それ、行ったことあるの?」
 桔梗が面白そうに聞いてきた。優秀な式神さんは、痛いところをつく。
「えっと。あると言えばあるけど……それは、あの、田中舞ではなくて」
 私は顔が赤くなる。齢二十七。地味女だって、コンカツぐらいしたっていいと思う。
「へー。麻衣ちゃんの方? すっごく、モテたでしょう?」
 桔梗がくすくすと笑う。彼女から見た私は霊的魅力補正がかかっているから、私を美女だと信じている。
「モテるわけないじゃん。誰に注目されることもなかったって」
「あれ?  君、よく見たら、ふたつの魂がひとつになっている。気が付かなかった」
 徹は、私をジロジロと眺めてそう言った。
 さすが、如月悟のお兄様である。そういうこともすぐわかるらしい。
「麻衣さんは、結婚願望があるの?」
 如月悟が射るような視線で私に聞いた。なんだか目が怖い。責められている気分になる。
「私も二十七です。どちらのマイも結婚願望くらいありますよ。モテない女だって、夢ぐらい見てもいいじゃないですか。」
 私は、首を振った。お見合いパーティには行っていないけど、田中舞だって、結婚を夢見ていないわけじゃない。
「私がコンカツするのって、そんなにおかしいですか?」
 私がそう言うと、徹はくっくっと笑った。
「あのね、弟は、おかしいと思っているのでなくて、してほしくないって思っているのだと思うよ」
「へ?」
 意味がわからず、私は戸惑う。私がコンカツすると、そんなに見苦しいのだろうか。痛々しく見えるのだろうか。
 如月悟は、やや顔を赤らめ、コホン、と咳をした。
「そもそも、兄貴の見合いの話だろ」
「んー。そうだった。なんか、今のマイちゃんの話を聞いていたら、してもいい気がしてきた」
 明るい顔で、如月徹は私に微笑みかける。
「そうか。見合いって、君みたいなマジメでキュートな子がするんだね」
 さすがに兄弟だけに徹の笑顔は眩しくて、私はドキリとした。
「観念したなら、さっさと帰れよ」
 如月悟がムッとした声で呟く。お兄さん相手だと、なんだかいつもと違い、態度が子供がえりしているみたいだ。
「冷たいなあ……帰したいなら、送ってくれ。まだ、酒、入ってないだろ?」
 徹はそう言って、卵焼きを口に頬張る。
「あのな……」
 呆れた如月悟を無視して、徹は私に向きなおる。
「そういえば、マイちゃんは、蛍、見たことある?」
「蛍?」
 唐突な徹の言葉に、私は戸惑う。
「いえ、ないです」
 私の言葉にニヤっと、徹が笑った。
「綺麗だよ。見たくない?」
「ええ。機会があれば」
 じゃあ、決まり、と、徹はそう言って、皿を片づけ始めた。
「近所の川で蛍祭りが始まってね……祭りっていっても、蛍を鑑賞するだけだけど。おいでよ」
「い、今からですか?」
 私は時計を見る。今は六時ぐらい。まだ、遅くはないけれど。
「蛍は、夜見るモノだぜ? 遅くなったら、うちに泊まればいい」
「兄貴!」
 如月悟がびっくりしたように声をあげる。
「二つの魂が重なった女の子なんて、親父も絶対、会いたがる」
「マイさんは、見世物じゃない」
 ムッとした声で、如月悟がそう言った。
 その言葉は、なんだか、ちょっと嬉しかった。大切にされているような気がして、胸に温かい火がともったような気持ちになった。
「かたいこと言うなって。蛍は季節ものだ。見せてやれよ」
 そう言うと、徹は弟の耳に何事かを囁く。如月悟の端正な顔が朱に染まり、「馬鹿を言うな」と小さく呟く。
「マイちゃんも、蛍、見たいでしょ?」
「え、はい。でも、その……おうちに泊めていただくのは、さすがに」
 ご迷惑ではと言いかけたのに。
「大丈夫。妹もいるし。悟もさすがに実家じゃ、夜這いはしないだろーから」
「え?」
 妹さん? それに、なぜ夜這いなんて言葉が出てくるの?
「奈津美、帰っているのか?」
「ああ、三日前に、フラッと帰ってきた」
 二人の話についていけず、私はキョトンとする。
「如月奈津美さんは……お元気なので?」
 私の言葉に、不思議そうに、如月兄弟は顔を見合わせた。
「ピンピンしているけど、妹がどうかしたの?」
 徹の言葉に、私は頭を抱えた。もはや、小説の世界は現実と似て非なるものだ。
「……失礼しました。あの、一つ聞きたいのですが、桔梗は奈津美さんと似ているのですか?」
 如月悟は、眉をよせた。
「マイさん……俺、式神を妹に似せるほど、シスコンじゃない」
「奈津美さまは、もっと活動的な方ですよ」
 クスクスと桔梗が笑う。
 私は、もう小説の話を口にするのは止そう、と心に決めた。



 結局。徹に強引に押し切られ、私は、如月家にやってきた。
「うわ、兄貴が女を連れてきた!」
 出迎えてくれたのは、如月奈津美。二十三歳の彼女は、とてもボーイッシュな美人だった。
 聞けば、彼女は現在、アメリカに留学中らしい。
 目元がなんとなく、如月兄弟に似ている。
「わお、どっち? どっちの?」
 挨拶をする前に、私の手を取って、面白そうに私を見た。
 この場合、この質問が「徹と悟のどちらの恋人か」という意味なのは、私にも理解できる。
 ただ、どちらでもないので、少し返答に困った。
「あの……悟さんの隣人の田中舞と申します。悟さんには、大変お世話になっております」
「悟兄ィの。ふうん。そりゃそうか。徹兄ィは見合いするんだから」
 彼女の言う「悟兄ィの」の、「の」が意味するところが、だいぶ違うと思ったのだが、如月悟は、それを訂正する気はないらしい。
「お前、わざわざアメリカから何しに帰ってきた?」
「何言っているの、徹兄ィが見合いするからに決まっているじゃん。うちは、母さんがいないからさ。薮内の奥さんにまかせっきりも悪いと思って」
 どうやら、今時珍しく、如月家の家でお見合いをするらしい。
「女手が足りないなら、ホテルとか料亭でお見合いすればいいのに……」
 私がポツリと呟くと
「そうか! どーして誰も気が付かないのよ!」
 奈津美は、地団駄を踏む。
「しょうがないだろ。誰も見合いなんかしたことないんだから」
 徹が首を振る。
「でも、今日、泊まってくれるってことは、舞さん、明日、手伝ってくれるのよね? よかったわー」
「はい?」
 意味がわからず、徹の方を見る。
「……ごめん。マイちゃん、そーゆーことだから」
 どういうことでしょう? いや、それならそうと、最初に言って下さい。台所の奥働きするなら、エプロンの一つも持ってきたよ? しなきゃならない義理は……如月は私の命の恩人だし、ないわけじゃない、と思う。
「兄貴!」
「蛍の話は本当だって。マイちゃん、絶対喜ぶと思うから。でも、悟。薮内さんは見合い写真の束を持ってお前も狙っているからな。マイちゃん、明日、見せといて損はないだろう?」
「……」
 私は、思わずため息をつく。
「要約すると、私は、お見合いにおける人手不足の解消と、如月さんの虫除けスプレーということで、ここに連れて来られたと、理解すればよいのでしょうか?」
「虫除け?」
 不思議そうな顔で奈津美が私を見る。
「悟……おめー、もうちょっと頑張る必要があるな」
 ポンと、徹は弟の肩に手を置いた。


その後。
当初の予定通り、蛍を見にいくことになり、如月に連れ出された
 夜、八時半。小さな川沿いの道に蛍を見に来る人は、思ったよりたくさんいた。
 息をひそめるような静寂の中、時折、人々の感嘆の声が流れてくる。
蛍の光を楽しむために、灯りは消され、うすぼんやりとしか風景はわからないから、人の歩みは、どうしても遅くなる。
私は如月の背にくっつきそうなくらいの距離で、彼の後ろについていった。
「マイさん、あれを」
如月の指先を追うと、淡い光を放ちながらたくさんの蛍が舞う景色に出会った。
「わあーっ」
 思わず、声が漏れる。
テレビや、写真で見たことはあったけれど、想像以上の美しさだ。
明滅する光は、やわらかで、ホタル観賞の人々の間をふわふわと渡っていく。暗い水面がぼんやりと光を反射し、草の葉が揺れると、光が見え隠れする。
 足元がおぼつかず、何度も如月の背にぶつかってしまったからだろうか?
不意に、硬い腕がのび、ぐいっと力強く腰を引かれ、私は如月にホールドされた。
 ドキっとして、見上げると「暗いから」と、如月はそう言った。
 確かに、暗い。
蛍を楽しむために、街灯はつけられておらず、こんなに間近な如月の表情すらはっきり見えない。
ほんの少しでも離れてしまったら、はぐれてしまうかもしれない。
――それにしたって、密着しすぎでは……
 私の身体はピッタリと如月の身体に引き寄せられ、歩きづらいくらいだ。
 暗くて、よく見えないだろうけど。たぶん私の顔は、今、熟れたトマトのように真っ赤だろう。
 如月の体温を感じているせいで、風景を楽しむ状態じゃなくなり、私の心臓は激しく動く。
 如月の足は、人の列から離れ、脇道へとむけられた。
「どこへ行くのですか?」
 如月に腰を抱かれたまま、如月に問う。
「見せたいものがある」
 如月はそういって、胸のポケットから小さなLEDライトを取り出し、山の上へと昇っていく石の階段へ私を誘導した。





いつもお読みいただき、ありがとうございます。

次回、プチホラー&糖度多め の予定です。
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