Quest[002]:青い髪の捨て犬
黒狼鳥、と別名を持つモンスターがいる。
モンスターは大きく分けて8つの種に分類される。獣人種、甲虫種、鳥竜種、飛竜種、魚竜種、甲殻種、牙獣種、古龍種。そのうち、古龍種に至ってはその生態は謎な物が多く、存在すらも伝説と変わらない物もいるが、その他は世界各地に生息している。強さ、形状、大きさ、生態については様々で、同じ種類のモンスターであっても、個体による差も激しい。
その中で最も恐れられるのは飛竜種であるが、鳥竜種も充分に恐れられる存在である。このテロス密林に多く生息する鳥竜種のランポスは、ハンターにとっては最も御しやすい部類に入るが、一般の人間にとってみれば充分すぎる脅威である。鋭い爪と牙、リーダーを中心とした集団行動の統率力、凶暴な性質などが理由として挙げられる。何しろ、その体躯も一般成人男性よりも大きいのだから、尚更。
そんな鳥竜種の中でも、最も凶暴で恐れられるのが、黒狼鳥と呼ばれるモンスター・イャンガルルガである。その攻撃性は、飛竜種であっても縄張り争いで敗れる事が多々ある事からも見て取れる。鋭く大きなクチバシと、発達した脚力、飛竜種と同等の炎ブレスを吐き、尻尾には毒性がある。更には、罠を回避したり、集団で行動するハンターの前には殆ど姿を見せないなどの狡猾さも兼ね備える。
熟練ハンターでも、単独での狩りを得意としていなければなかなか倒せる相手ではなく、集団で狩りをする事の多いミナガルデやドンドルマのハンターたちは苦手とする事が多い。
そんなイャンガルルガを途方もない数狩り続け、やがてはその別名と同じ称号で讃えられる事となったハンター。それが【黒狼】である。
黒い髪と紅い瞳。イャンガルルガの黒い鱗と、紅くギラつく目。それらを彷彿とさせるような外見の素顔を、ヘルムを取って晒した【黒狼】は、テロス密林におけるハンターの拠点となるベースキャンプの船に設置されたベッドに腰掛けていた。
先ほど彼女に助けられた少年は、その前に所在なさげに座り込んでいる。既に互いに自己紹介を済ませ、彼女はカノン、少年はルースと名乗った。
「‥‥だから、どうしても僕はイャンガルルガを倒せるハンターになりたいんです!」
ルースから唐突に弟子にしてくれと頼まれたカノンは、とりあえず、とベースキャンプに戻り話を聞いていたのである。レザーライトヘルムを外し、まるで頭上に広がる空を切り取ったかのような青い髪をしたルースは、素直にその理由を語った。
ミナガルデの近くにある小さな村で、ウォーミル麦を育てる農家の息子として生まれたルースは、両親と妹と共に平穏に暮らしていた。しかし、突如現れたイャンガルルガが、村を壊し、家を焼き、そしてルースの家族までも殺した。たまたま助かったルースは、故郷と家族をいっぺんに奪われた。そのイャンガルルガは、知らせを受けて急遽討伐に来た近くのココット村のハンターによって片目を潰されたが、傷付きながらも逃げ去った。
だから、ルースはハンターになろうと思った。ハンターになり、自分から故郷と家族を奪ったイャンガルルガを、この手で倒してやろうと。そして、ハンター修行の最中に【黒狼】の噂を聞き、いてもたってもいられず足取りを追い、このテロス密林までやって来たのだ。
「‥‥って事はキミ、依頼受けてないわけ?」
「あ、はい。そうなります」
そもそも、ハンター修行中という事は、ギルドに正式登録されたハンターでもない。依頼を受ける事もあるはずがない。
カノンは、大きくため息をついた。
「死にたいのか、キミは」
呆れとも取れる重い声に、きょとんとしたルースの表情が応じると、更に重いため息が宙に放られた。
「依頼も受けず!登録もせず! そんな状態で密林まで来るなんて、自分がギルド非公認のもぐりハンターですって言ってるようなもんだ! ギルドから取り締まられても、文句も言えない!」
半ば、いや殆ど怒鳴りつけるかのようにカノンがルースに説明する。
ハンター稼業は、金になる。依頼を受注して成功した暁に貰える報酬金もさる事ながら、現地にて採取や発掘をして得た素材、モンスターを剥ぎ取って得た素材などを売る事も出来るし、先ほどのカノンのように巷で重宝されるザザミソなどの珍味をギルドに高値で引き取ってもらう事も出来る。だが、それらは度を過ぎると乱獲になる。ハンターは、世界の調和を第一に考えなければならない。だから、ハンターギルドが存在しており、そういった度を過ぎた狩猟を禁じているのである。
ハンターはギルドに登録し、必ずギルド経由でクエストを受注し、狩りに出る。その経緯を、余程の事でもない限り省略する事は許されない。そうしていないハンターは、ギルドから取り締まられる。ギルドに登録していないハンターは、もぐりのハンターとして、やはり取り締まられるのだ。
「あ‥‥え‥‥えっと?」
事の重大さを理解していないルースに、もはや怒りは湧かない。湧くのは呆れぐらいだ。
「まぁ、今回の件はアタシが黙ってれば良いだけだから。知らなかった事にしとくけど。でも、キミを弟子にはしないから」
そう告げると、カノンは立ち上がって自分の道具袋の方へと向かう。狩猟完了の狼煙は上げたので迎えの馬車を待つだけだが、そろそろ夕暮れになる。迎えは明日の朝になりそうだから、食事の用意でもしようかと考えたのだ。
「ま‥‥待って下さい!」
ルースが、慌ててカノンの後を追う。その仕草や表情は、まさに飼い主に捨てられた子犬のようだ。
年は十代後半にようやく差し掛かったばかりなのだろうが、やけに子供っぽい少年だ。顔立ちが中性的なせいもあるだろうが、下手をすると女の子に間違われかねないだろう。
関係のない事を考えながら頭ひとつ分小さいルースに縋り付かれながら理由を請われたカノンは、とりあえず本日何度目かも忘れたため息をつき、夕飯の準備が終わってからな、と宥めるに留めた。
どうにも、厄介な捨て犬を拾った気分だった。
捨て犬です。もしくは、迷い犬。
イメージ的には、走ってくる際に尻尾がちぎれそうなぐらいの小型犬。
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