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星を掴まえて……。
作:零・ZA・音



 明かりのない夜。
 新月の闇夜は、夜空に輝く星達を際立きわだたせ、無数に光る星達は自分の存在を誇示するように煌く。

「お兄ちゃんは、星……好き?」
 控えめに聞こえる声は夜空を見ながら呟く。
「……好きだよ」
「そっか……。私も好きだよ」
 空を見ながら僕に答える留美るみはとても楽しそうに、笑みをこぼす。
「私は、あの星が好きなの」
「どれ……?」
 彼女は指をさしながら星の名前を教えてくれるが、沢山の星があって分からない。
「えっとね。アレとアレと……」
 彼女は、指を動かして教えてくれたのは――
「そっか……」
「うん。北斗七星って、虫取り網みたいだよね」
「虫取り網……?」
「お星様をいっぱい……いっぱい、掴まえられそうだもん」
 空を見上げて、大きく両手を広げる留美。
 確かに北斗七星は柄杓ひしゃくの形してるから、虫取り網に見えない事はない。
「うん。あの星で――ごほごほっ!」
「あっ! 留美っ」
「だい、じょ……ぶ。ごほっ……」
「部屋に戻ろう」
 僕は留美の車椅子を押して、屋上を後にした。

 僕の妹――留美は病気で、もう何年も入院している。それで、たまに今みたいな症状を起こす事がある。
 病状は、ゆっくりと、でも確実に進行している。留美の元気な姿を見る事は、もうできないのだろうか……。

「今日は、もう寝ようね」
「うん……わかった。ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだい? 留美」
「お星様……欲しい?」
 ベットに潜り、顔だけを出して留美が聞いてくる。
 お星様――星の事だろうけど、欲しいってどういう事だ?
「私が……プレゼン――」
「え……?」
「ううん、なんでもない」
 そう言って、布団で顔を隠した留美は、
「お兄ちゃん……おやすみ」
「ん、あぁ……おやすみ。留美」
 そのまま眠りについた。
 僕は留美の様子に少し疑問を持ったが、病室を後にする事にした。

 お休み、留美。また明日……。


 僕は今日も留美の病室へやってきた。
 今日も大丈夫そうだ。その顔は優しい微笑み。でも、この微笑みをいつまで見れるのだろう……。
「お兄ちゃん、今日はお星様……見れるかな」
「どうかな……」
 窓の外を見ながら悲しそうに目を伏せる留美。
 今日は少し曇っており、今にも雨が降りそうな天気だった。
「晴れないかな……」
「そうだね」
 残念そうに窓から眼を逸らし、ベットに潜り込む。
 その瞳は寂しそうな色を蓄えて揺らいでいく。
「お星様……捕まえたいな」
「……留美」
 そう囁く声に、僕はどう反応したらいいのだろうか。
「お兄ちゃん……」
「なんだい?」
 僕の目を見つめ、逸らす事なく何かを伝えようとしている留美の瞳。
 その瞳を見ているのが、何故だか分からないが辛い。
「私が……死んだら」
「っ! るみっ」
「お星様……捕まえられるかな」
 頬を伝い、流れ落ちていく涙は、留美の手を濡らしていく。涙は止まる事なく、次から次へと溢れては、またこぼれる。
 留美……なんで泣いているの? なんで、星を捕まえたいの? 僕にも分かるように教えて欲しい。

 そして今日は星が見えなかった……。

 
 僕は走っていた。父さんから一本の電話が入ったから。
 留美の容態が急変したと――。
「留美!」
 ただ、ひたすら走った。いつも通い慣れた病院までの道程が、やけに遠く感じていた。

 病院に飛び込み、看護師の注意する声も無視して、僕は病室へと走っていた。
 病室のドアには、『面会謝絶』のプレート。
 ドアを開け、僕の目に飛び込んで来たのは、妙に静かな光景だった。
「……留美」
 返事はない。僕の声だけが響く。
 周りには留美の担当医や看護師達――それに両親もいるのに。
 誰一人、口を開こうとはしない。皆、口を真一文字に結び、身体を震わしているばかり。
「……ご臨終です」
 腕時計を見ながら先生の無慈悲で無感情な声が聞こえた。
 なんて言った? 今……先生は、なんて言ったんだよ。
「留美……嘘だろ」
 返事してよ……留美。お願いだから、声を聞かせてよ。
「るみ? ……なぁ、るみっ」
 名前を呼んでも、何も返ってこない。いつもの「お兄ちゃん」って声すら返ってこない。
「声を聞かせてよ。なぁ、留美……嘘だよね? もう起きてよ。お兄ちゃんを騙すのはよくないぞ」
 だけど、留美からは返事はない。
 母さんの堪えきれない嗚咽が室内に響き、父さんの手が僕の肩に置かれた。
 嘘だ……嘘だよ。僕は認めない。こんな事、絶対に――
「るみぃー!」
 涙が自然と溢れてくる。認めたくないのに、どこかで認めている。
 一粒、一粒、星の煌きの如く流れ落ちていく涙。
 僕の声は、ただ虚しく室内に木霊していた。


 その後の手続きは事務的に淡々と進み、病室は綺麗に片付けられていた。
 留美のいた場所は、今はただの無機質な部屋。薬品の匂いだけが立ち込める普通の病室。
 ……もう、いないんだ。
 そう実感してしまうと、また頬を伝っていくものがある。
 帰り際、看護師の一人が僕に、「これ……預かっていたの」と一通の手紙を渡してくれた。
 その手紙は、留美からのものだった――。


 お兄ちゃんへ

 毎日、お見舞いに来てくれてありがとう。

 お兄ちゃんの声が聞ける事、お兄ちゃんに会える事がすごく嬉しかったよ。

 お兄ちゃんがいてくれたから、私は頑張ってこれた。

 苦しい時も、辛い時も、いつもそばにはお兄ちゃんがいてくれた。

 どれだけ感謝しても足りないくらい、感謝の気持ちでいっぱいだよ。

 だから、お返しがしたかったの。

 私の大好きなお星様を、大好きなお兄ちゃんにプレゼントしたいの。

 私が空に行って掴まえてくるね。

 空には大きな虫取り網があるから、掴まえてプレゼントするね。

 いっぱい、いっぱい掴まえて、お兄ちゃんにあげるね。

 お兄ちゃんが喜んでくれると嬉しいから。

 お星様掴まえて、お兄ちゃんにプレゼントしに来るから。

 それまで、ちょっとの間バイバイだよ。

 それじゃ、いってきます。


 手紙はそう書かれていた。
 読み終えた僕は、溢れてくる涙を止める事が出来なかった。
 留美の言っていた言葉――『星をプレゼント』の意味がようやく分かった。
 僕へのプレゼント……感謝の気持ちの表れ。
 そして、留美は自分の死を受け入れていた。残された僕が悲しまないように”約束”をくれたんだ。
 これは旅立ち――留美は空へ旅立った。星を掴まえに……。
 
 窓から見上げた空は、星が瞬き始めたばかりだった。


 今日も僕は空を見上げる。
 無数の星が瞬き、輝きを放つ夜空。
 優しい光りを蓄えた星が一つ流れ、輝きながら虫取り網の中へ入った。

 ─―お兄ちゃん、お星様捕まえたよ。














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